3,全手動洗濯機
中間試験が終わった。この「終わった」が「最後」を意味するのか、或いは「最期」を意味するのかは人によるわけだが、とにかく「終わった」のだ。
「山に行きませんかっ」
夏休みが近づいたある日、奈菜が唐突に言った。
「えっ?」
未だ昭裕に例のことを訊けずにいた夏海は顔を上げる。
「何で」
悟が言った。
「あの、私今まで例の病気のせいで、あまり友達とどこかに遊びに行くこととかなかったから……」
「病気?」
昭裕が首を捻る。
「『魔症』だよ」
夏海がノートにそれを書いて説明する。
「あぁ、マショウ、ね……」
昭裕は曖昧に頷いた。
「字違うよ、ほら」
風音が電子辞書を見せながら言う。
「わざとだぞ、それ」
悟が指摘する。
「え、そーなの!?」
「てか、俺が訊きたかったのはそういうことじゃなくて」
悟は身を乗り出した。
「何で海じゃないの?」
「そこかよっ!」
昭裕が突っ込む。
「どーせ、悟は女子の水着姿見たいだけなんでしょ?やらしい」
風音が呆れ顔で言った。
「否定はしない!」
悟は胸を張って言い返す。
「しろよ」
昭裕が冷ややかなツッコミ。
「……が、起伏に乏しい奴にキョーミはない!」
悟は続けて言った。
「なッ!?」
風音は顔を真っ赤にする。
「わっ……私は着やせするタイプなのっ!」
「お前のこととは言ってませんけど?」
「~ッ!」
悟の指摘に、風音の顔はますます煮上がった。
「……埋めてェッ!」
夏海に飛びついて風音は叫ぶ。
「穴に入るだけじゃ足りないのっ!埋めてぇっ!」
「はーい」
「いやいやいや……ちょっ、ストップ!」
昭裕が、どこからかスコップを取り出した夏海を羽交い締めにする。
「あの、海は、その……」
奈菜が控えめに言う。
「すごく目立っちゃうから……」
「だろうね」
昭裕が納得したように頷く。
「安藤さんに水着は危険すぎるよ」
「でも、山って不便だろ?料理とか、洗濯とか……」
悟は食い下がる。
「いや、料理は分かるけど、洗濯はいいだろ」
昭裕が指摘する。
「洗濯なら、洗濯機使えば少しは楽になるんじゃない?」
夏海が言った。
「おま、洗濯機担いで行く気かよ……」
昭裕が呆れ顔で言う。
「全手動洗濯機なら大丈夫だよ」
「それ洗濯板だろ!」
昭裕が素早く突っ込んだ。
「でも、他にも風呂とか寝るとことか……あ!」
言いかけて悟は何かを思いついたように声を上げた。
「あーやっぱり山でもいいかな、俺」
「何考えてんのっ!」
風音が悟の頭を教科書で殴った。