1,古トモ
「大丈夫だよ」
少女が言う。彼女のポニーテールが軽やかに弾んだ。
「……」
少年は何も言わずに俯いている。
「辛いのは分かるよ。私も辛い時あるもん。でも、そういう時でも、アキがいるから……」
「……」
「ね、頑張ろ!そのうち絶対上手くいくようになるよ」
「……ごめん」
少年は呟いた。
◆ ◆ ◆
「……どうしたんだよ、昭裕」
登校途中の道すがら、悟は訊く。今朝会ってからずっと、昭裕が放心状態なのである。
「……いや」
昭裕はそう呟くだけである。
「あ!もしかしてあれか、お前ニーターのこと……」
「あー、そんな話あったなー……」
昭裕はボーっとしたまま呟く。
「違うのかよ……。じゃあ何でお前はそんなんなってんだ?」
悟は腕組みしながら昭裕を見る。
「ああ……」
昭裕は空を仰いだ。
「ちょっと夢見たんだ、中学ン時の」
「……あー、そういうことね」
悟はそれを訊くと、もうそれ以上詮索することはしなかった。
「よし、ホームルームを始める」
着席する生徒たちを見ながら、智次が言った。
「……前に、そこのお嬢さんには出て行ってもらおう」
もちろんその「お嬢さん」とは、綾香のことである。
「えー、いいじゃないですかぁ」
綾香は食い下がる。
「よくないですぅ」
悟が言う。彼は着席する綾香の真後ろに立っている。
「やだ、後ろに立ってるとか、ストーカー?」
「誰がストーカーだっ!そこは俺の席なの!」
悟が叫ぶ。
「じゃあ、交換しましょう、私の席と」
「何で俺が落第しなきゃなんねーんだよ」
「どーせ、頭よくないんでしょう?もう1回1年生やっといた方がいいんじゃないですかー?」
「こいつ……ちょっとは可愛げ出てきたかと思ったら」
と、突然バットでぶん殴られる。
「やだなー、可愛いなんて、元からじゃないですかー」
照れ笑いを浮かべながら、綾香は言う。
「で。何で今俺ぶたれた?」
「愛情表現❤」
悟をがしがし踏みつけながら綾香は答える。
「痛いっておい!痛いって……愛が重いィッ!」
悟の悲鳴が教室にこだます。
「……まあ、冗談はさておき、」
綾香は教室の後方に目をやる。
「え、冗談?……それはそれで悲しいような」
悟が呟く。
「席なら、空いてますよ」
「え」
またも、教室には空席があった。
「あれ、今日誰か休み……って、この件前もやったな……」
昭裕が言う。
「ああ、学園モノじゃ定番の転校生だ」
智次が言った。
「だから。そういうもの言いは不穏なんでやめてくださいって」
昭裕が冷ややかに突っ込む。
「先生、」
悟が挙手した。
「うちのクラスにばっか転校生来るのはどうしてですか?」
「作者の都合だ」
智次は真顔で答える。
「おいィッ!」
昭裕が叫ぶ。いや、間違ってはいないんだけどね。
「それはともかく、転校生だ」
智次は無視して、淡々と話を続ける。
「またお前らのせいで時間がかかった。どっかの教師にナンパされてるかもしれないな」
奈菜が顔を真っ赤にして下を向いた。
「よし、入ってこい、熊谷」
「熊谷?」
昭裕と悟が同時にオウム返しした。
「は……、初めまして」
緊張気味に教室に入ってきたのは、黒髪ポニーテールの女子生徒だった。背が高く非常に細く見える。
「熊谷風音です。不束者ですが……」
「不束者?」
智次が怪訝そうに言う。
「え、あれ?違ったっけ??……えーと、とにかくよろしくお願いしますっ」
風音は深々とお辞儀をした。深すぎてもはや前屈運動にしか見えないが。
「よう、風音。やっぱお前か」
悟が声をかけた。
「え、あっ、悟!?」
風音の表情が柔らかくなる。
「久しぶりー、えっと、御無沙汰?」
「……相変わらずみたいだな」
悟は呆れ顔で言う。
「知り合いですか?」
綾香が悟の頬を引っ張る。
「いだだッ!おいッ、そういうの普通、袖を引くとこだろ!てか帰れよ教室にっ!」
「幼馴染なの、小学校からの」
風音が説明した。
「あれ、『小学生からの』かな?」
「見ての通り、ちょっと抜けてるやつなんだよ」
悟が言った。
「誰が老けてるのよ!」
風音が言い返す。
「ほら。……なぁ、昭裕?」
悟の突然の振りに、昭裕はびくりと肩を震わせる。
「え、昭裕……?」
風音は悟の視線を追って―――昭裕を見つけた。
「昭……!」
「……おう」
昭裕は苦笑しながら、小さく手を挙げた。
「あっ、総和も2人の古トモなの?」
夏海が問う。「古トモ」とは、幼馴染のことだろう。
「うん……」
昭裕は、何故か居心地悪そうにしながら頷いた。この時はツッコミもなかった。