6,ベンチ
「あれ、今日総和ベンチ?」
夏海が言った。
「それって欠席のこと……?」
奈菜の問いに夏海は頷く。
「珍しいよね」
「やっぱり、昨日連れていかれた先で何かあったのかな……」
奈菜は不安そうに呟く。
「北田昭裕はいるか?」
突然教室にやってきた男たちが言った。
「いねーよ」
悟が答えた。
「どこにいる」
「欠席」
「欠席?何でだ」
男は眉間に皺を寄せる。
「知らねーよ」
一方の悟も苛立った様子でそう返す。
「それより、昭裕に何の用だ?」
「……それは、ここでは言えない」
「はァ?」
悟は不機嫌そうな声を出す。
「いいから言えよ」
「……」
男たちは沈黙する。
「答えられないと思いますよ」
教室に入ってきて言ったのは綾香だった。
「やっぱりお前が一枚噛んでんだな?」
悟が呆れた様子で息を吐く。
「私はただの『きっかけ』ですよ」
綾香はすまして言う。
「何をしたの……?」
奈菜が訊いた。
「あなたが昭裕先輩のこと好きだってみんなに『教えてあげた』んです」
「な……!」
奈菜の顔が青ざめる。
「え、それ初耳ボイス」
夏海が言う。
「んなわけあるかッ!」
悟が叫ぶ。
「北田昭裕の方も奈菜ちゃんが好きだって聞いたぞ」
他のクラスの男子が言う。
「それで昭裕先輩を潰そうって話になったんですねー」
綾香が他人事のように言う。
「じゃあ昨日連れていかれた北田君は……」
奈菜の顔は真っ青である。
「おい、それデマだぞ」
悟が言う。
「何言ってんだ、騙されねえぞ!」
男たちが叫ぶ。
「いや、騙されてんのお前らだから!」
悟が言っても、男たちは聞かない。
「小林君の言ってることは本当ですっ!」
奈菜も必死に訴える。
「私は……」
「いや、ホントのこと言えないのは分かってるから」
しかし男たちは奈菜の言葉でさえ、信じない。
「もはや何が『ホント』なのか分かんなくなってきましたねー」
綾香が愉快そうに言う。
「お前のせいだろうが」
悟がやや強い口調で言う。
「いやでも、私が言ったことが嘘だとも言い切れませんよ」
綾香は奈菜を見る。
「2人の心の中を見てみない限りは」
「どうしよう……どうしよう……!」
奈菜は顔を真っ青にしてうろたえる。彼女の頭をよぎるのは、過去に起きた事件。
(私のせいで、また人を傷つけた……!)
「シンガーカ!」
突然、夏海が叫んだ。
「は……?」
他のクラスの男たちは呆気にとられている。当然だろう。
「多分、『待て』」
悟が訳を入れる。
「総和は逆行列のこと好きなんじゃないぞっ!」
ポカンとしたままの男たち。
「『総和』は昭裕で、『逆行列』は奈菜さんのことだな」
悟が再び解説する。
「てか、すげー面倒くさいんだけどこれ」
「お前、何か知ってるのか?」
男の1人が夏海に訊いた。
「知ってる」
夏海は自信たっぷりに答える。
「総和は、」
彼女はそこで一旦深呼吸した。
「総和は私のこと好きなんだァ!」
一瞬、教室が静まり返った。
「……ええっ」
奈菜が口元を両手で覆う。
「マジで?」
悟も呆気にとられている。
「確かにこの頃、昭裕お前とずっと一緒にいるような気するけど……」
「……」
他のクラスから来た男たちも、互いに顔を見合わせている。
「分かったら帰れっ」
顔を真っ赤にして叫ぶ夏海に圧倒され、男たちは黙ったまま教室を出ていった。
「なんとか、なったのか……?」
悟がまだ呆けた様子で呟く。
「って、そうだ!おい綾香……」
ようやく正気に戻った彼が辺りを見まわした時には既に、彼女の姿はなかった。
「ニーターさん、」
奈菜が夏海の制服の袖を引いた。
「んっ?」
まだ顔を火照らせている彼女が振り返る。
「ありがとう」
奈菜はほっとしたようにへにゃっと笑いながら言った。
「……逆行列、可愛いね」
「えっ!?そ、そんなこと……」
顔を真っ赤にして否定する奈菜を、夏海は優しい笑みを浮かべて見つめていた。