4,魔症
昭裕たちが教室で途方に暮れている頃、夏海は廊下をとぼとぼ歩く奈菜を見つけていた。
「待って、待って……」
息を切らしながら夏海は言う。
「新田さん……?」
「ニーター!」
息を切らしていても、夏海は訂正を入れる。
「えっと、ニーターさん、何で……?」
「心配だったからっ!」
夏海は叫んだ。
「そう……ありがとう」
奈菜は申し訳なさそうに言った。
「どうして恋愛しちゃいけないの?」
夏海は問う。
「……」
奈菜は迷っているような素振りを見せていたが、しばらくして夏海の手を引いた。
「んっ?」
「ちょっと……、場所変えない?」
奈菜は夏海を校舎裏に連れていった。
「おぉう、なんかむっちゃヤバイ感じ……」
夏海は身を竦ませながら言う。
「あっ、あ、ごめんね、別にそういう怖いことはないからっ……」
奈菜はペコペコと頭を下げた。
「それで……ここでなら話せるの?」
夏海はマイペースに話を進める。
「う、うん……」
奈菜はそこで一旦深呼吸した。
「……私、マショウみたいなの」
「魔獣?」
「魔性!」
「あー……ハーレム体質のことだよね?」
夏海は首を傾げながら言う。
「そう。……人によっては嬉しい体質なのかもしれないけど」
「だって、人気者になれるよ?」
不思議そうに夏海は問う。
「そんな単純な話じゃないの」
奈菜は溜息をつく。
「私が特定の誰か1人に特別な想いを抱いたりすれば、必ずその人は酷い目に遭うんだよ……」
「何で?呪い?」
夏海は小首を傾げる。
「ある意味、呪いだよ……」
奈菜は俯く。
「私を好きになってくれるたくさんの人たちの中には、怖い人もいるの」
「その怖い人たちが、逆行列の好きな人を虐めるんだね?」
夏海の問いに、奈菜は頷く。
「前に一度、そういうことがあって……だから」
奈菜は目元を拭った。
「だから私にとってこの体質は、生まれてからずっと私を苦しめる……病気みたいなものなの」
「魔症ってわけだね?」
夏海は地面に漢字でそう書いた。茶化しているのではない。彼女は大真面目である。
「あは、」
奈菜は思わず目に涙を浮かべながら吹き出す。
「そうだね。私、魔症患者なんだ」
◆ ◆ ◆
「あー、つまんない」
綾香は、昭裕たちの教室を出た。
このところ彼女は、男を奈菜に奪われてオモチャがない状態なのである。
「おい、」
そんな彼女に、声をかける者があった。
「ん」
顔を上げると、1人の男子生徒が綾香を見ている。体型、態度から察するに3年であろう。
「何です?」
「奈菜ちゃんは教室にいるか?」
どうやら、奈菜の教室から出てきた綾香を、彼女のクラスメイトだと勘違いしているらしい。
「ああ、奈菜チャン……」
綾香は不機嫌そうに呟く。その名はもう聞き飽きた。
「いるか?」
「いませんよ……あ!」
いいことを思いついた。無論、彼女の思いつきが「良いこと」なわけない。
「なんだ?」
男は怪訝そうに綾香を見る。
「っていうか、もう奈菜先輩は諦めた方がいいですよ」
「何?」
「だって奈菜先輩、『昭裕君が好き』って言ってましたから」
綾香は不気味な笑みを浮かべて言った。