2,鎖クラス
転校生……奈菜がやってきてから3日が経過した。……いや、3日しか経過していない。それなのに3組の教室は、早くも大きく変化していた。
「僕は君が来てから2日目の朝に、昇降口で挨拶を交わした者です」
「は、はぁ……」
別のクラスの男子が熱心に話しかけているのは、奈菜である。
「一目見て、すぐにあなたの魅力に気づきましたっ」
「あ、ありがとう……」
「あなたともっと話がしたいんです!だから今度お茶でも……」
「いや、でも私忙しいので……」
「10分でいいから!」
男は食い下がる。
「でも、あの」
「3分!」
「あの、あのっ」
「はい!」
「……やっぱり無理です……」
「……」
男はがっくりと肩を落とすと、教室を出ていった。
「大変だねー」
夏海が声をかけた。
「あ、うん……。あっ、でも、みんなの気持ちは嬉しくて……」
奈菜は何やらもごもご言いながら下を向く。
驚くなかれ、彼女はこの3日間で20人近くの男子に告白されているのである。クラスの男子も大半がアタックをかけ、そして撃沈した。
「無理に1人1人会うことないんじゃね?」
昭裕が少し離れたところから言う。彼は奈菜のどこか化け物じみた魅力に気付いていた。真面目な彼はそれに引き込まれないように、距離をおいているのだ。
「でも……」
「会わなくていいって!言ってくれれば俺らクラスに誰も入れなくしてやる!」
悟がさらに遠くから、半分自棄になって叫ぶ。彼の場合は、また別の理由で近づけなかったりする。
「鎖クラスだねっ!」
夏海が言う。
「サクラス?」
悟は首を傾げる。
「なんかカッコいいな、それ。怪獣?」
「いや、『鎖国』の『国』が『クラス』に変わっただけだから」
昭裕が解説を入れる。
「てか、また変な造語作るのやめろよ」
ついでに夏海に呆れ顔で言う。
「あっ、ううん、そこまでしてもらわなくても……」
「そこまでするさ!」
悟は一歩踏み出す。
「クラスメイト困って……」
「あれ、一歩進んだかなァ?」
悟の背後で言ったのは綾香である。笑顔だが、目は笑っていない。
「お……俺がどう動こうと勝手だろ?」
「うん?私悪いとは言ってませんけど?」
「……」
悟はすごすごと一歩戻る。
「なんか、この頃正弦イライラしてない?」
夏海が言う。因みに正弦=綾香である。あー面倒くさい。
「してませんよ」
綾香は相変わらずの笑顔で答える。
「そりゃあ、いつも自分にちやほやしてくれてた男たちがみんな奈菜ちゃんとこ行っちゃったから……」
悟は口にしてから、しまったという顔をした。
「あー!でも綾香美人だからな!フラれた奴らがまた戻ってーーーー!」
すぐにフォローするも、時既に遅し。今日も特大ホームラン。
「逆行列って、ずっとそんな感じなの?」
夏海が奈菜に訊いた。
「そんな感じって……?」
奈菜は目を逸らしながら問い返す。
「えーと、つまり……アレな感じ」
「アレ?」
「説明になってねーよ」
昭裕が指摘する。
「じゃあ総和、よろしく」
「何で俺が説明すんだよ。お前がちゃんと説明しろよ」
「さっぱりピーマン」
「何で発言した本人が分かんないんだよ!」
「……ニーターさんと北田君、仲いいんだね」
奈菜は何故か少し寂しそうに言った。
「え、いや……今の状況、そういう風には見えないと思うけど……」
「うーん、……」
夏海は言いながら首を捻ると、
「……」
一瞬、学園祭の時のあの表情を見せた。しかしそれは本当に一瞬で、彼女はすぐにいつもの「ニーターパン」に戻って
「……もう少しかなぁ」
と呟いた。
「え、何が……?」
昭裕は気になって問うが、
「さっぱりパプリカっ」
やはり夏海は答えなかった。