4,チビい
その後も綾香は度々教室に現れては、夏海に無茶振りを繰り返した。このままずっとこの状態が続くかと昭裕は思ったのだが、彼の予想に反して、綾香の攻撃は早くに止むことになった。
端的に言えば、「ニーターパン」の人気は物凄かったのだ。つまり、夏海がイジられていることを聞いた彼女のファンたちが動いたのである。
またまた別の日の昼休み、いつも通り教室にやってきた綾香の前に立ちふさがったのは、学校の中でいわゆる「不良」の部類に入る生徒たちだった。
「てめェ、何が目的だ?」
不良グループの1人が綾香に訊いた。
「目的?何でそんなこと訊くんです?」
綾香はきょとんとして問い返す。
「どうしてもニーターをおもちゃにしなくちゃいけない理由があるなら、許してやってもいいって言ってんだよ」
男はイライラした様子で言う。ニーターはこんな連中まで味方につけているのだ。
「あー、なるほど。理由ならありますよ」
綾香はにっこりと笑った。
「面白いからです」
「は?」
「面白くて面白くて、どーしてもニーターパンの喜劇見なくちゃいられないからですよ」
綾香の笑顔が氷のように冷たくなった。
「てめェッ!」
男は綾香の胸倉を掴んだ。
「あー、そうやって女の子に手をあげるんですかァ?」
綾香は全く意にも返さずに言う。
「ちょっとみんなー、助けてよー」
彼女の声に、彼女お付きの男子たちはびくりと肩を震わせる。綾香を助けようにも、相手は2年の先輩であり、しかも喧嘩馴れしているような連中である。
「すいません!」
言うが早いか、お付きの男子たちは逃げていった。
「……さて、どうする?」
不良グループの男が問う。
「ちぇっ、使えねーな」
綾香は吐き捨てるように言った。とことん性悪な少女である。
「……じゃあ、私も帰りまーす」
「そう簡単に帰られるとでも……」
言いかけた男の股間に、綾香は思い切り蹴りを入れた。
「〜〜〜!」
「また今度遊びましょう」
彼女を囲む不良グループの間をするりと抜けると、綾香はそう言って教室を出ていった。
「畜生、待てっ……」
しかしここで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、教師がやってきた。
「おい、早く席つけー」
男たちはやむなく着席した。
♦ ♦ ♦
「……うーん、あいつら諦めてないなぁ」
悟が呟いた。
放課後。例のグループが鞄を教室に置いたまま、部屋を出ていったのである。
「確かに。怪しいね」
昭裕も呟く。
「助けなきゃ」
そう言ったのは、夏海だった。
「別に、放っておいてもいいと思うけど?」
悟が言う。
「あいつのせいでお前嫌な目に遭ったんだから」
「いや、ダメ」
夏海は首を横に振った。
「今ここであの子助けなかったら、私器のチビい人になっちゃうもん」
エマ語は混じっているが、夏海は真剣だった。
「……しゃあねえな」
悟が席を立った。
「じゃ、ドSのお嬢サマお助けするとしますか」