1,ニーターパン
北田昭裕は、今日から西青浜高校の2年生になる。
新しい環境にワクワクしながら過ごした高1の1年間は……、まあ、良く言えば「平和」、悪く言えば「平凡」だった。
定期テストで首席を取った!
とかいうこともなく。
部活の大会で優勝!
とかいうこともなく。
こと恋愛に至っては、美少女と急接近!どころか、女子と話すことあったかなー、てなもんである。
ひょろ長いだけで、ルックスから勉強、運動と普通尽くめの人間の運命である。
ぶっちゃけ、昭裕という人間は、特徴がないことこそが特徴なのだ。
「まあまあ、元気だせって。今日は始業式だぜ?クラス替えだぜっ!?」
己のしょーもなさにヘコんでいる昭裕に、彼の隣を歩く男子生徒は言う。
この男……小林悟と昭裕とは、中学の時からの腐れ縁……もとい、親友である。高校に入ってからも、クラスは違ったが、登下校は共にしている。
特徴は背が低いこと……だが、本人が必要以上に気にしているので(どの位気にしているかというと、毎日牛乳を飲み過ぎて腹を下し欠席したことがあった位、と言えば伝わるだろうか?)、口には出せない。
最近はワックスを塗りたくって髪を立たせていたりする。「高校デビュー」だか何だか知らないが、昭裕からはサイヤ人の失敗作にしか見えない。
「お前、クラス替え舐めんなよ!?下手したら、クラス替わるだけでお前の人生360度変わるかもしれないぞ!」
(変わんねえじゃん……)
昭裕は溜息をつく。もう突っ込むのも面倒臭い。
(3年間ずっとこのままなんじゃねえか……!?)
♦ ♦ ♦
2人は校門をくぐると、そのすぐ側に立てられている掲示板を確認する。
「あっ、私たち同じクラスだよー!」
「やった!よろしくー!」
その辺りは新しいクラスを確認しにきた生徒たちでごった返しており、お祭り騒ぎになっていた。
「おい昭裕!今回は俺ら同じクラスだぞ!」
悟も周りと同じようにはしゃぐ。
「おっ、それに……。こりゃあ、ホントに2π変わるかもだぞ、昭裕」
悟は何を見つけたのか、無気味な笑みを浮かべて言った。
(そろそろ訂正した方がいいかな……)
思いつつ、昭裕は悟に続いて校舎に入る。
2年3組。それが昭裕たちの新しいクラスだった。因みに、昭裕の1年の時のクラスは2組。3年は4組だな……と、彼は心底どうでもいいことを思う。……このくだりが必要だったかどうだったかはさておき。
「あ、いたぞ。昭裕、あいつ。あいつは面白いぜー?」
悟が教室にいる1人を指差して言った。
「……?」
彼が示したのは席で本を読んでいる女子生徒のようである。見た感じ変わったところはないが、しかし確かに、何人かの生徒が彼女を見て笑っている。
「俺あいつと1年の時同じクラスだったんだ。……な、お前さ、あいつに話しかけてみ?」
「え、何で……」
しかし悟はその理由を話さず、いいからいいからと昭裕をその女子の前に押し出した。
「……分かったよ」
昭裕は観念して、その子に話しかけることにした。
「あの、さ」
「?」
彼女は昭裕を見る。
美少女……とまではいかないが、目がぱっちりとしていて可愛い感じの子だ。おそらく地毛であろう、茶がかった髪は肩にかかるほど。癖っ毛なのか、横のところが少しはね上がっている。
「えーと……。俺は北田昭裕っていうんだけど……、君は?」
昭裕が挙動不審な自己紹介をすると、彼女はにっこりと微笑んだ。
「私はニーターパンだよ」
「……は?」
昭裕は首を捻る。聞き間違いだろうか?
「あ……、ごめん。もう1回教えてくれる?」
「ニーターパン」
彼女は笑顔で同じ言葉を繰り返す。
「えーと、……にーたー、ぱん?」
「そう!」
ニーターパンは大きく頷いた。
(何だそれっ!?)
昭裕は内心シャウトする。
(いや待てっ、落ち着け俺!外国からの留学生なら、別に変じゃないだろっ)
昭裕は思い直して自分を納得させた。……見た目は完全に日本人だが。
「あの、ニーターさん……いやパンさん?は、どこ出身なの?」
昭裕が訊くとニーターパンは
「エマーランド!」
と快活に答えた。
「え……えまー、らんど……?」
「そう!」
聞き覚えのない国である。
「ええと……、ごめん、その国はどの辺にあるの?」
「それは秘密」
ニーターパンは人差し指を口の前で立てた。
「ああ……そなの……」
もう何が何だか、わけが分からない。
「じゃあ、よろしくね、総和」
その一言が、トドメだった。
「え……、えっ!?」
昭裕が混乱している間に、彼女は再び読書を始めた。
「なっ、面白いだろ?」
半ば放心状態の昭裕に悟は言った。
「な……、何なの、あの人……」
昭裕はやっとのことでそう口にする。
「本名は新田夏海。まあ、見ての通り『電波さん』だ」
「いや電波さんって……」
「何でああなのかは俺も知らねえけど、今やちょっとした有名人だぜ?」
悟は何故か得意顔。
「そりゃあ、有名にもなるだろ……」
昭裕はそう言いつつ、一抹の不安を覚える。何か、とんでもなく大きな変化が起ころうとしているのではないかと。
ああ平凡な日常の方が良かったと嘆いても、昭裕はもう、その底なし沼に足を踏み入れてしまったのだ……。