第21話:花火の夜
次の日、明日香は退院した。それを見届けた三千代は館へと帰って行った。今度は入国業務らしい。無事に帰ってくるといいと明日香は、その後ろ姿を見て思う。
(明日はわが身ってか?)
明日香は、退院してからは時々大学に顔出す程度であとは机に向かい何かを書き綴っているか、家族と過ごすかのどちらかだった。
そして週末のある日、地元では恒例の花火大会が行われることになっていた。
明日香は朝から母親と連れ立ち注文していた浴衣を受け取り、髪をセットすると浴衣を着付けてもらう。
「どう? 似合う?」
「うん。とっても。今年は、有希子ちゃん達と一緒に行かないの?」
「行かないよ。いい加減、二人で行けっての。人をだしにしないで欲しいわ」
明日香のおどけた姿に母親は苦笑した。
「じゃあ、どうするの? ばっちり浴衣まで着て」
「ふふん。あたしにだって一緒に行く人います!」
「まぁ。じゃあ、お父さんには黙っててあげるわ。泣いちゃうから」
母親の言葉に明日香はこらえきれず、噴出してしまう。
「じゃあ、行ってきます」
明日香は、巾着を手に持ち近所の川辺へとカラコロと下駄の音をさせながら向かって行く。その姿を見て思わず涙がこぼれてしまう母だった。明日香は、はやる気持ちと早くなる足を抑えながら待ち合わせ場所へと向かう。
(やばい、緊張してきた)
橋の近くの公園で待ち合わせをしていた。公園に近づくにつれ早鐘のように打ち付ける鼓動を感じつつ、高杉の姿を探し目を泳がせる。すると、公園の入口の車止めのフェンスに腰かけ、時間を確認する姿を発見した。
(よし!行くぞ)
「先輩!お待たせしました」
「僕も今来たところだから。あっ、浴衣よく似合うね」
「へへっ、ありがとうございます」
高杉の言葉に明日香は頬をかすかに赤らめた。それを悟られないように明日香は話す。
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ」
そして二人は出店が並ぶ通りへと二人並んで歩いて行く。その二人の後ろ姿を見ている人間に気付かずに。
「何、あれ?」
見ていた人間というのは、有希子と悟だった。例年通り、三人で花火を見るつもりが直前になり明日香にキャンセルされたのだ。悟は、明日香の自分に対する無言のプレッシャーだと思い、さすがにこれ以上先伸ばしは出来ないと意を決して誘ったのだ。そして、二人で歩いていたときに明日香と高杉の連れ立ち歩く姿を発見したのである。
「何なの、あの男!!」
有希子は怒りに顔を紅くし二人を呼び止めよとした。それを悟が寸前で腕を掴み止めた。
「よせって」
「は? あんたあんな二股男と二人にしていいと思ってるわけ?」
「いや、二股じゃないって。先輩、すぐに別れたはずだし」
「だからって!」
「いや、明日香もそれ知ってるし」
「は?」
「いや、お前は絶対知ったらこうなるって分ってたから…………」
「二人で黙ってたってわけ。…………ああそう。あたし、一人だけ道化ですか、もういいわよ!」
有希子はそう叫ぶと悟の手を振り切って駆け出し行く。悟は、頭を抱えると舌打ちをして有希子を追いかけた。
一方、明日香は高杉と通りに並ぶ出店を楽しそうに回っていた。
「先輩、あそこ空いてます」
明日香は、少し高台になった広場のベンチを指差してそこへ二人並んで座った。それを見計らったように花火が夜空へと上がっていった。しばらく、無言でその花火を見上げていた。
「…………本当にこれが最後の花火になるのかな?」
高杉の言葉に明日香は、穏やかに微笑んで返す。
「これが…………最後ですよ」
その明日香の言葉に高杉の目から涙が一つ、二つと零れ落ちる。それを見て明日香は無言で高杉の手を握った。そうして、二人寄りそいながら最後まで花火を見た。
その帰り道、ずっと手を握りながら歩き最初の公園まで来ると明日香は手を離し高杉に告げた。
「ありがとうございます、最後の我がまま聞いてくれて。これでさよならです」
「…………うん。さよなら」
高杉は、そう明日香に告げると一瞬明日香を強く抱き寄せた。そして触れるか触れないかの一瞬のキスをすると駆け出して行った。
「ありがとう、先輩」
その場に残った明日香の目からは大粒の涙が零れていた。