第19話:夏の日
明日香が入院してから二日ほどたった昼下がり、ふらふらとした足取りで三千代が現れた。
「…………どう…………変わりはない?」
そう言って力つきたのか三千代は、ベッドの横の椅子に座り込んでしまった。
「どうしたの?」
明日香はボロボロになった三千代の姿に驚き、声をかけた。
「…………しゅ、出国ラッシュが…………」
「出国ラッシュ?」
「お盆だから…………」
「そうなんだ」
三千代のあまりにも疲労困憊した姿に、明日香は自分も近い将来こんな風になるのかとかなり不安になってしまった。
「あれから、何かあった?」
「うーん、別に。検査も終わったし明日には退院よ?」
明日香の言葉に数日前、円から聞いた言葉が頭をよぎる。
「彼女は、知っていたのよ。この夏の検査で自分が死ぬことを。」
(…………聞くのはやめよう)
三千代はそう決めると話を違う話題にふることにした。
「有希子や悟は? 見舞いに来た?」
「うん? 来たよ。ちょうどあなたと入れ違いだけどね」
「そうなんだ…………じゃあ、あの……」
「あの?」
「ううん、何でも無い。撮影はどうだって?」
「ああ、この間終了したって。あとは編集作業だって言ってたよ」
「ふぅん、じゃあとりあえずあんたの心残りは終わり?」
「半分はね。あとはあの二人をくっつけて、あとは…………」
「あとは?」
尋ねると明日香は、ふふっと笑うとこう言った。
「な・い・しょ!」
「はぁ?」
「後で分るわよ、後でね…………」
三千代が再度問い詰めようとした時、ガラリと病室のドアが開いた。そこにいたのは明日香の母親であった。
「あら? お友だちかしら?」
「そうよ、短大の子で三千代。今回、映画の手伝いをしてくれてるの」
「まぁ、そうなの。はじめまして」
「はじめまして」
三千代は立ち上がり、明日香の母親に向かい頭を下げると笑いながら言った。
「礼儀正しいのね。ちょっと我がままな子だけど仲良くしてあげてね」
「はい、もちろん」
三千代の即答に明日香の母親はますます嬉しそうに笑った。
「明日香。お母さん、今日は帰るわね? 明日の朝、迎えにくるから」
「うん。分った」
そう言うと明日香の母親は荷物を手にとり病室から去って行った。
「優しそうな人ね」
「うん、優しいよ。とってもね…………。悪いけど、愚痴に付き合ってよ。……実を言うと以前死んだ時ね、自分が長くないことはこの夏の検査で知ってたの。その時はそんなの絶対認めたくなくて荒れに荒れてね。両親には、ひどくあたったの。死ぬ頃には一言も口を聞いてなかったっけ。だから、今回はいい思い出を作ってあげたくて」
「そうなんだ」
「うん、後はあることをするだけなんだけどね」
「あること?」
「ここからは内緒。あっ、そうだ。下の売店で何か冷たいもの買ってきてくれない?」
「は? 何であたしが!」
突然の明日香のお願いに反射的にそう答えた。
「ふふ、下の売店にはあんたの大好きなアイスがたくさんあるわよ。」
明日香の思わせぶりな言葉に三千代は、思わず舌なめずりしてしまう。
「しょ、しょうがないわね。買ってきてあげる」
三千代は、そう言うと明日香の財布を受け取り病室から出て行った。そんな三千代の後ろ姿に明日香はこう呟いた。
「よし。出て行ったわね。あと、二分ぐらいかな」
時計を見て明日香は確かめた。そうわざと三千代を病室から遠ざけたのだ。この後に来る人物と会わせたくなかったから。
コンコン。ドアを叩く音がした。
「はい、どうぞ?」
明日香が声をかけるとその人物は病室に入って来た。
「こんにちわ、明日香ちゃん」
「こんにちわ、先輩?」
そう病室に入って来たのは、あの男・高杉だった。