第16話:頑張れ、三千代
タイトルが思い浮かばずこんなタイトルに。
でも、まぁ頑張れって思うのでこれにします。
明日香が契約を思いだしてから数日がたった。そして暇を見つけては何か一心不乱にノートに書き綴っている。明日香は、熱中していたせいか三千代が声を掛けるまでその存在に気付くことはなかった。
「何やってるの?」
「わっ! びっくりしたー。急に入って来ないでよね」
「一応、ノックしたけど。誰かさんは、全然気付かずに何やらしていた様でね。本当、この忙しいときに何やっているんでしょうね!」
三千代は、うらめしさを前面にだして皮肉った。
「何か、ふくみがある物言い何ですけど……」
「ええ、ふくみはたっぷりありますよ、たっぷりとね。確かに、あたしは課長からの命令であなたの手伝いをして来なさいと言われたけど。その肝心の誰かさんは何もせずに何やらしていらっしゃるようで!!」
明日香は、そんな三千代の言葉に動じずあっけらかんと言った。
「だって、手伝ってくれるって言ったじゃない。あたしは、この映画が成功するまで死ぬ気はないし、でも今のあたしの体だと無理するとうっかりぽっくりいってしまいそうだから。そのサポートをしてもらいたい、そう言ったはずだけど」
今さら何を言うのだと言わんばかりの堂々とした態度に三千代は再度きれた。
「だからって、あたしは雑用係になるとは言ってない!あくまであんたのサポートが仕事。なのに何時の間にやら制作のパシリだし」
三千代がジトリと睨むと明日香は目を泳がせた。
「それは、ねぇ…………文句は有希子に言ってよね。あっ、それにあの時有希子に見つかったのは自分のせいじゃん」
そう、あれは数日前のことだった。明日香が部室で事務作業をしている時、三千代がすごい勢いで駆け込んできたのだ。
「はぁ、はぁ」
「どうしたの?」
三千代のただならぬ様子に明日香は思わず座っていた椅子から腰を浮かせた。
「みっ」
「み?」
「水ちょうだい」
「ああ。はい、どうぞ」
明日香は、飲んでいたペットボトルの水を三千代に差し出した。すると三千代はあっという間に全部飲み干してしまった。
「ゴクゴクゴク。はーーーーーーーーーーーーーーーっ、生き返った」
「生き返ったって、あなた死んでるじゃないよ」
何を寝ぼけたことを言うのかと思わずつっこむ明日香である。
「今は実体よ」
「実体? ということは他の人にも見えちゃうわけ?」
「そうよ。課長からの命令で実体であんたの書き換えのサポートしろって」
「へーーーーーーーーーっ、実体にもなれちゃんだ。すごいね」
そう言うと明日香は、三千代の体をぺたぺたと触り始める。
「本当だー、ちゃんと触れるし。前は触っても微妙に感触が違ったのよね……」
三千代は、くすぐったさに身をよじる。
「ちょっと、触らないでくれる? くすぐったいでしょ…………」
「へーーーーっ、くすぐったさも感じるんだ。もっと触っちゃえ」
明日香は三千代の反応がおもしろいのかどんどん触り続ける。
「やめなさいよーー」
そこには女子二名がじゃれあう奇妙な光景が出来上がっていた。そして、二人は新たな人物が部屋に来たことにも気が付かなかった。
「あのー、お楽しみの所恐縮なんですが」
「誰が楽しんでるかーー!!」
「あーっ、有希子だ。おはよー」
明日香は三千代の体から手を離しパタパタと手を振る。そんな姿を見て軽くため息をつくと有希子は二人に近づいてきた。
「はいはい、おはよう。…………で、いきなりで悪いけどこの子誰?」
「しまった……」
隣で固まった三千代を横目でチラリと身ながら有希子に紹介した。
「この子は、三千代。友だち?」
「へーーーーっ、でも見ない子ね? はじめまして、三千代ちゃん?」
「はっ、はじめまして」
思わず声が裏返ってしまう三千代だった。
「大丈夫?えーっと、うちの学生よね?」
「えっとですね……」
自分のことをどう説明しようか悩み答えが詰まってしまった三千代の変わりに明日香が答えた。
「そうそう、短大の子なの。この間、貧血おこした時に助けてもらったんだ。今まで授業が忙しくてサークルに入る機会が無かったらしいの。今回、撮影は夏休みだし、誘ってみたの。ね?」
「そうなんです。明日香から話を聞いておもしろそうだからぜひ参加させてもらえないかって話してて、今日都合が良かったので顔を出させてもらったんです」
「そうなんだ。じゃあ、改めて自己紹介ね。わたしは、中里 有希子。一応このサークルの会長です」
「吉岡 三千代です。よろしくお願いします。」
三千代はぺコリと頭を下げた。
「三千代ちゃんは、以前にも映画制作とかかわった事ってある?」
「いえ、まったくの素人です。…………素人ってやっぱりまずいですか?」
「ううん、そんなことないよ。スタッフの半数以上は、大学から始めたばかりだから。実を言うと今回は人手が足りなかったの」
「そうそう、特に有希子は主役と制作をかねてるから忙しいの。だから有希子の助手でもしてもらえればなって」
「そうなの?じゃあ、お願いできる?大丈夫、分らないことがあればすぐ聞いてもらえればいいし」
「はい」
「本当? 助かるわー。じゃあ、早速で悪いけど一緒に来てもらえるかな?他の制作スタッフにも顔合わせしたいし。やることが山積み状態なのよ。ね!」
「はい」
がぜんやる気が出てきた有希子に押されて思わず返事をしていた。
「じゃあ、行きましょう!さあさあ…………」
半ば呆然としている三千代の手首をがっちりとつかむと強引に引きずるようにして部屋から出て行った。
「頑張ってねー」
というのが数日前の出来事だ。
「こうよ! あたしの意志じゃないでしょ? どう見たってあんたが雑用係に押し込んだじゃない。気付いたらコピーやら何やらの雑用。こんなの役所での仕事とそう変わらないって。円先輩の助手として働くかどっちがいいかと問われたら迷うけど!! でもあたしはこんな事をしに来たんじゃない!」
後半はまったくの愚痴というか本音が吐露してしまった三千代である。しかし、その後半の言葉から自分の真後ろに円が立っているのには気付かなかった。明日香は、気付いていたけれど。
「そう? すごく生き生きして見えるのは私の間違いかしら?」
ガバッと後ろを振り返るとそこにはにこやかに笑顔をうかべている円がいた。しかし、目が笑っていない、絶対に。
「円先輩? どうしてここへ?」
「一応、あなた達のフォローに回る為に待機していたのだけれど。そう、そんなに私の助手は辛かったのね?」
三千代は冷や汗をかきながら必死に弁明する。
「いいえ、そんな事はありません。先輩はあたしの為に指導をしてくださってるわけですから。辛いなんてそんな罰当たりな……」
「そうよね…………。これは指導期間延長かしら」
円が最後にぼそりと呟いた言葉に三千代は話をずらそうと明日香に話を振った。
「そうだ!明日香、有希子が撮影の進行は順調だから、会場の機材の手配とポスター張りを頼むって」
「うん。機材の手配は無事終了。ポスターも刷り上ったから、このリストに書いてあるお店とかに配ってくれる?」
「はぁ?あたしが?」
「うん、よろしくお願いします。制作助手様」
「うーわー、なんかその言い方腹立つんですけど!!」
「やだなー。そんなことないよ。真剣にお願いしているんだよ?」
「はいはい。じゃあ先輩、申し訳ないんですけど、明日香のフォローをお願いします」
「気をつけていってらっしゃいな、制作助手様?」
「先輩まで、最悪です」
そう言うと三千代はポスターを抱え部屋から出て行った。しかし、その足取りは軽くどこか嬉しそうでもある。そんな三千代の姿を見送ると円は明日香に向き直り真剣な顔を浮かべ忠告した。
「という事であまり無理はしては駄目よ。あなたの体の限界が近いのだから」
「分ってます。だんだん調子が悪くなっている気がするし。でも、どうしてもこれだけはやりとげたいんです」
「そう、無理しないでね」
そう言うと円は姿を消した。この場から去ったのではなく、明日香の作業の邪魔をしないためにわざと消したのだ。そして、明日香は再びペンを取る、自らの最後の願いを叶えるために。