第15話:契約とその代償
今回は少しばかり長めになっています。
切のよい所まで頑張って一気に書きました。
一方、狭間の館では落ちこんでいる三千代の姿があった。そして三千代の前には、明日香と自分の本が置かれていた。
(……答えは出たけど、何か気分が悪い)
答えが出てから一時間程、三千代は考えあぐねていた。そのせいか、円が部屋に入ってきたのにも気が付かなかった。
「どうしたの? 元気がないようね?」
円は、三千代の正面の椅子に座り問い掛けた。
「……先輩。……先輩は知ってたんですか?」
「何? 何のこと?」
円がのん気に首を傾げるのを見て三千代は少し苛立ちながら言った。
「何のことって、あの子のことです」
円は、三千代の真剣な表情を見てとって態度を改めた。
「あの子?……明日香さんのことね。どうやら、答えが出たようね? せっかくだし、今聞こうかしら。あなたが出した答えを」
三千代は、最初ためらっていたようだが覚悟を決めたのか円の目を見つめ答えを出した。
「答えは、あの子は確かに死人です。でも、ただの死人じゃない、上と契約を結んだ死人です。あたし達と同じ」
円は、パチパチと拍手をした。
「正解よ。つまりあの子は、上と契約を結び、本の書き換えを行う資格を得た死人です。そしてあの子は、書き換えがすめば私達と同じく役所で働くことになる。書き換えを行った出来事に対する分だけ」
三千代は、明日香の本に視線を移し、じっと見つめている。
「確かにそうそうある出来事ではないですよね。この仕事に就く人間はまれであると課長に教わりましたから。あたしがこの役所に入ってから初めての新人になるわけですね」
「…………そうね。この仕事に就くということは、死後もこちらとあちらに側の狭間でただようということだもの。そして、親しい者の死を幾つも迎えあちらに送る。一緒に行くこともできず、いつあちらに行けるのかも分らない」
「それが契約の代償。何時終わるのかも分らない仕事。それをあの子は選択したんですね?」
三千代は、年若い明日香の選択に胸につまるものがあった。
「私達と同じくね。…………あなたは後悔しているのかしら?」
円の言葉に三千代はあの日の光景が脳裏に浮かぶ。そして大きく首を振ると笑顔と共に答えた。
「いいえ。契約のおかげであたしの家族は生き延び、その生を真っ当しました。そして、家族をあちらに送ることができた。確かに、何時終わるのか分らない契約ですけど後悔したことはありません」
「ええ、わたしも。あの時、選択をせまられそして契約をした。その結果、わたしの心残りは無くなりました。だから、後悔はない」
「そう、我らは自分で選択をしたのだ」
「課長!?」
突然聞こえた声に、円と三千代は立ち上がった。そして、円は自分より背の低い幼い少女のような上司に迫った。
「課長、どちらにいらっしゃったんですか? 会議の知らせが行っているはずですが?」
課長は、懐から扇子を取り出し広げると悪びれも無く言った。
「会議など、どうせいつものくだらない暇つぶしであろう。それよりも、我には契約を見届ける仕事のほうが重要だ」
そんな課長の言葉に驚いたのは三千代だった。
「課長が見届けるのであれば、うちの課に来ることで決定ですか?」
「そう、なかなかの逸材だ。そこで、三千代には新たな任を与える」
「はい」
「あの者の側で、一緒に書き換えを手伝って来い」
「それは人に化けてということですか?」
「ああ、記憶の処理はこちらでする。思う存分手伝ってかまわん。あの者は、意志の力が強い、だから書き換えを行う事で迷いはないだろう。しかし、体のほうが持たないかもしれない。そのサポートをせよ。よいな?」
「はい。では早速」
三千代は、一礼すると部屋から飛び出して行く。その姿を見た円は、眉をひそめながら課長に問いかけた。
「いいのですか?」
「何がだ?」
「こちら側の人間に書き換えを手伝わせるのは規律違反では?」
「しかたなかろう? あの明日香という娘、あの娘の一番の心残りは映画のことではない。その願いを叶える為には相当体に負担をかけることになる。書き換え前でさえ、叶わなかった願い。今でも相当つらいはずだからな」
そんな課長の言葉に円は驚きを隠せない。
「彼女の願い、それは映画と残される友人達のことだと思っていましたが」
「そうだな、それも願いではあった。しかし、それはあくまでも他人の為の願いであって自分の為の願いではない。どんなによくできた人間でも、最後の願いというのは己の為の願いさ」
「…………一応、私も補佐として監視につきます」
「そんなに心配せずとも大丈夫だと思うぞ? あの二人、なかなか良いコンビになりそうだと思わぬか?」
「念の為の保険です。では…………」
「最後の願いか…………」
そう呟くと課長は姿を消した。