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泥臭く咲く~ケチくさい?とんだ甘ちゃんですね。

作者: 花庫
掲載日:2026/10/02

卒業式の日の午後、王都の華やかさとは程遠い我が家の食卓で、溜め息が一つ落ちた。


「また日照りで秋の収穫が減りそうなんだ……。領民の税を半減してあげないと、みんな越冬できないよ」

「まあ、あなたったら本当にお優しいのね。我が家の夕食のスープはお湯に塩を垂らしただけのものになりますけれど、領民の笑顔が見られるなら本望ですわ」


……ほのぼのと微笑み合うお父様とお母様を、私は虚無の目で見つめた。

我がバルト伯爵家は、土地の相次ぐ自然災害と、両親の「人が良すぎる病」によって、破産寸前の火の車である。

貴族として裕福な家で育ってきた、ある意味非常にポジティブな楽天家で金勘定の甘い二人は、貧乏を雅(みやび)だとすら勘違いし始めている節があった。


「あのね、お父様、お母様。弟のクリスの来年の学費、あと金貨五十枚足りないのけれど」

「大丈夫だよリディ、神様は見捨てないさ!」

「ええ、きっと裏庭の木に金貨が実りますわ。リディアもそんなお金お金ケチくさいことを言っていてはだめよ。」


ケチくさい?とんだ甘ちゃんだわ。ダメだ。この人たちに任せていたら我が家は路頭に迷う。

私——リディア・バルト(十八歳)は、学園を卒業したその足で、密かに心へ決意を固めた。


「私、王都で出稼ぎに行ってきます」


身分を隠し、王都でもトップクラスの裕福さを誇る貴族家へ、平民の侍女として潜り込むことにしたのだ。



◇


「姉様、本当に王都へいってしまわれるんですか?」


その夜、部屋に訪ねてきた5歳下の弟ルイス。

ルイスは姉の私が言うのもなんだが、非常に賢い。

あの両親に育てられたとは思えないほど、考え方もしっかり育ってくれた。

そして、何より可愛い。唯一無二の私の癒しである。

そんな弟が目に涙を溜めながら言った。


「やっと姉様とまた暮らせると思ったのに、こんなにすぐに王都へ戻ってしまわれるなんて…僕は心細いです。」

「ごめんなさいね。私も本当はルイスとまだまだ一緒にいたいわ。でもね、このままでは伯爵家は潰れてしまうし、何よりこんなに才能があるルイスを学園へやれなくなってしまう。それは姉様としては絶対に許せないのよ。」

ルイスを抱きしめ、トントンと背をたたきながら伝える。

「姉様。僕も一緒に頑張ります。伯爵家は僕が守ります。絶対に!」

「その言葉だけでも嬉しいわ。無理せず、あなたは来年の入学に向けてしっかり勉学に励みなさい。お金のことは姉様に任せて」

目を見てそう伝えれば、少し寂しげにうつむいて、ジャケットのポケットから封筒を出すルイス。

「姉様。ならば、この紹介状をお持ちになってください。伯爵家からの正式な紹介状として準備しました。」

差し出されたのは、伯爵家としてルイスが準備してくれた働き先への紹介状だった。

「本当に、ルイスは優秀ね。それでこそ私の弟よ。」

もう一度ルイスを強く抱きしめた。


(姉様…大好きな姉様。あんな両親のせいであなたが幸せになれないなんて、絶対にあってはならないのです。ですから、僕は姉様を送り出します。

大丈夫です。僕が姉様の留守中、あの能天気な両親を徹底的に飼い慣らし、領地の無駄金を一滴残らず締め上げておきますから。姉様は王都で、思いっきり羽を伸ばして(無駄を削ぎ落として)きてくださいね!)



リディアは知らなかった。リディアが思っているよりもずっとルイスは貴族らしく優秀で腹黒い。既に伯爵家の裏の実権を握っている。両親に対してはどこまでも子供らしい姿しか見せず、裏ではなんとか伯爵家を立て直そうとリディアが学園へ行っている間も藻掻いてきた。お金があると思えば、更に甘さを見せるあの両親には絶対に悟られず、領民へ物理的な支援もしていた。王都の貴族たちとの交流も学園入学に向けて(本音は学園生活を送る姉様を守るため)広げてきた。いや、交流と言えば聞こえはいいが、あれは諜報活動に等しいもの。全ては姉のため。伯爵家のため。



◇


「——で、伯爵の紹介の新しい侍女があなたね。私は副侍女長のマーサです」


私の新しい職場は、王国屈指の権力者にして『氷の侯爵』と恐れられる、ヴォルフラム・ヴァルハイト侯爵の邸宅だった。

絶対零度のメンタルと圧倒的な魔法力を持ち、寄ってくる令嬢たちを冷徹に切り捨てることで有名な若き当主。


(……実は、学園時代に一度だけ話したことがあるけれど)


学園の庭園で、難解な魔法陣の本を読んでいた彼に、私が「それ、第三節の記述が間違ってますよ」と一言こえをかけてしまったのが唯一の接点だ。

あの冷酷な侯爵様が、一言交わしただけの貧乏伯爵令嬢の顔なんて覚えているはずもない。

バレる訳にはいかないし、その方が好都合だ。


私の目標はただ一つ。しっかり給金をもらい、屋敷の経費を削減してインセンティブ(特別手当)をむしり取ること!


賢い弟のため。

可愛い弟が来年、王都の学園へ入学するためのお金をなんとか間に合わせなければ。というミッションを胸に節約魔法で実力行使!インセンティブを稼ぎまくります!



「リディア、まずは食堂の掃除と、明日の晩餐会の準備補助を頼むよ」

「お任せください!」


私の泥臭い戦いが始まった。


◇


「ちょっとリディア! 魔法で窓を拭くのはいいけれど、そんなにピカピカに……って、魔力の消費量が尋常じゃないんじゃないの!?」

「いいえ、マーサさん。水魔法と風魔法を微細に振動させて摩擦係数をゼロに近づけているので、魔力消費はろうそく一本分です。しかもこれ、洗剤いらずで水代が八割カットできます!」

「は!?」


私の特技は、貧乏生活で極限まで鍛え上げられた『超効率化節約魔法』である。


実家でやっていたのと同様に、魔導具のランプは無駄に魔力を食う魔石を外し、自分の微弱な余剰魔力をチャージする回路を自作して電気代(魔石代)ゼロ化。


高級食材の端材厨房で捨てられそうになっていた野菜のくずや肉の端肉を、生活魔法の低温調理で極上スープに昇華。

などなど貧乏伯爵家で培った節約魔法を次から次へ…



「リディアちゃん……君が来てから厨房の予算が三割余ってるんだけど、魔法使いなの?」

「いいえ、ただのケチです!」


最初は「変な新人が来た」と遠巻きにしていた使用人たちも、私の徹底的な節約術と、それによって浮いた予算が自分たちのボーナスに還元されるシステム(私が副侍女長に提案して採用された)を知ると、一気に態度を変えた。


「リディアさん! 今日の晩餐会の生け花、予算オーバーしそうなの!」

「任せてください。庭園の剪定で出た枝と、野に咲く頑丈な高山植物を組み合わせ、洗練された『引き算の美』で生けます。花代は八割削減です!」

「ついていきます、リディア姉さん!」


こうして私は、わずか一ヶ月で屋敷の使用人たちの「裏の指導者」として絶大な信頼を得るに至ったのだった。


◇


しかし、一つだけ想定外のことがあった。


(……なんか、視線を感じるのよね)


廊下を雑巾がけしている時。

厨房で廃棄野菜の漬物を仕込んでいる時。

執務室の書類を整頓している時。


ふと振り返ると、あの『氷の侯爵』ヴォルフラム様が、物陰や廊下の曲がり角、時には庭の木の陰から、じーっとこちらを見つめているのだ。


絶対零度と評される青い瞳。感情を一切表に出さない能面のような美貌。

……正直、めちゃくちゃ怖い。


(な、なに……? 私の節約術がケチくさくて、侯爵家の品位を損ねていると怒っているの……?)


ある日、ついに廊下で鉢合わせてしまった。逃げ場はない。

私は慌てて頭を下げ、侍女の礼をとった。


「も、申し訳ございません、ヴォルフラム様。通行の邪魔を……」

「……リディア」


低い、氷を溶かすような声で名前を呼ばれ、私の背中に冷や汗が流れる。

やっぱりバレている? 身分を偽って働いていることが!?


「……お前の、その仕事ぶりだが」

「は、はい! ケチくさいとお思いでしょうが、すべてデータに基づいたコストカットでありまして……!」

「……え? ケチくさい? 誰かに言われたのか?誰に言われた?そんなこと言うヤツの方がとんだ甘ちゃんだ。」


「へ?」


思わず顔を上げると、ヴォルフラム様はフッと冷たい笑みを……浮かべているかと思いきや、耳の尖端を真っ赤に染めていた。


「私が言いたいのはそんなことではない。お前が……その、毎日泥まみれになりながら、楽しそうに屋敷を走り回っている姿が……」

「はあ……」

「……非常に、愛くるしいということだ」


「……はい?」


氷の侯爵様は、気まずそうに視線を泳がせながら、ボソボソと早口で続けられた。


「学園の庭園で声をかけられた時から、私はお前のことが忘れられなかった。卒業後、急に姿を消したと思ったら、急に紹介状をもって現れた。我が家で楽しそうに雑草(※ハーブです)を摘んでいるお前を見たとき、私がどれほど歓喜したか分かるか? バレないように必死で気配を消しながら見守っていたというのに……」

「えっ、あれはストーキング……いえ、見守ってくださっていたのですか!?」

「弟君からの文で、身分を隠して働きたいらしいと言われ仕方なくそれに合わせていたが、もう限界だ。リディア・バルト伯爵令嬢。弟の学費なら私が全額出す。だからお願いだ、私の妻になってくれ」


あまりの急展開に、私の脳内電卓がフリーズした。


「い、いやいや待ってください! 私はただの出稼ぎ侍女で、しかもバルト家は超絶貧乏で……!」

「構わない。我が家の財産はすべてお前に預ける。好きに節約し、浮いた金で領地を立て直せばいい。お前のその泥臭く、逞しく咲く姿が大好きなんだ」


そう言って、絶対零度の男は、見たこともないような熱い眼差しで私の手を握りしめてきた。


(……ちょっと待って。侯爵家の全財産の管理権……!?)


目の前に突如として現れた、巨額の予算と『究極の節約・運用フィールド』。

私のドケチ魂……もとい、節約スピリッツが激しく鳴り響いた。


「……ヴォルフラム様。私、帳簿の無駄を省くの、すごく得意ですけれど……本当に後悔しませんか?」

「ああ。君の好きなように、泥臭く我が家を染め上げてくれ」


こうして、身分を隠して働くはずだった貧乏伯爵令嬢は、氷の侯爵の愛を一身に受けながら、王国最強の「ドケチ侯爵夫人」への道を歩み始めるかと思えた。


◇


侍女として働き始めて数ヶ月。

『超効率化節約魔法』で屋敷の使用人たちを掌握し、氷の侯爵ヴォルフラム様からの熱烈すぎるプロポーズ(兼・全財産の管理権移譲)をいただいたその夜。


私はクリスに「大変なことになった」と秘密の定期報告の手紙を書こうとしていた。

すると、自室の窓をコンコンと叩く音がする。


開けてみると、そこには伝書鳩……ではなく、闇夜に紛れた暗部のような装いの少年が立っていた。


「クリス!?」

「お姉様! 迎えに来ました!」


伯爵領にいるはずの弟が、なぜかプロの隠密すら顔負けの身軽さで窓から侵入してきたのだ。


「ちょっと、どうしてここに!? っていうか、その格好は何!?」

「バルト家の裏業務(情報収集と資金洗浄……コホン、裏の財務処理)用の装いです。それよりお姉様、昼間、あの『氷の男』がお姉様に不埒なプロポーズをしたと聞き及び、急いで王都へ駆けつけました」


「な、なんでそれを知ってるの……?」

「この屋敷の使用人の三分の一は、僕が事前に買収……あ、手配しておいた者たちですので。全く…こんな早く手を出そうとするなんて予想外です。陰から見ていることしか出来ない腰抜けストーカーだと思ったから、ある意味ここが一番安全だと思っていたのに。」


思わず引きつった笑みが漏れる。

私が「自分の力で屋敷を攻略した」と思っていた裏で、弟の手のひらの上で転がされていたとは。

そして誰だ?こんな毒舌な弟は知らない。


「お姉様、あんな表情筋の凍りついた男の提案に乗る必要はありません。我が家の金策なら、僕が裏の闇オークションと領地の鉱山利権をちょちょいと弄って、あと三年で全額返済できるように手配済みです。お姉様は僕と一緒に実家に帰り、僕の作った快適な環境で一生ダラダラ過ごせばいいのです!」


「いや、クリス、それはさすがに犯罪の匂いが……」


「失礼、我が家に不法侵入する泥棒猫がいると思えば……バルト伯爵家の令息か」


背後から、凍てつくような、しかしどこか悔しそうな声が響いた。

振り返ると、廊下側からヴォルフラム様がぬかりなく魔力を纏ってこちらを見ている。


「ヴォルフラム様!?」

「ほう……『氷の侯爵』自ら夜這いですか。うちの清純な姉様に気安く触れないでいただけますか? そもそも学園時代からお姉様を物陰からストーキングしていたこと、僕はすべて把握していますよ」

「ストーキングではない、見守っていたのだ。それに、私はリディアに正式に求婚した。全財産も渡すと誓った」

「お金で姉を買う気ですか? 浅はかですね。バルト家の帳簿なら僕が完全に支配しています。お姉様の愛はお金なんかじゃ買えません!」


火花を散らす二人。

氷の魔法を指先にチラつかせる絶対零度の侯爵様と、袖口から謎の毒薬(?)と黒い契約書をチラつかせる黒幕の弟。


「二人とも、落ち着いて……!」


「「リディア(姉様)は引っ込んでいて(ください)!」」


息ピッタリかよ。


両親が能天気すぎる反動で、弟が超絶腹黒なシスコンになり、働き先の主人は絶対零度から激重ストーカーに化け、どちらも私を「自分好みの贅沢(またはドケチ生活)」で囲い込もうとしてくる。


……だめだ、この男たち。

泥臭く咲くはずだった私の侍女生活は、腹黒い弟と重すぎる侯爵様に挟まれた、怒濤の「財務改革(と愛の攻防戦)」へと変貌を遂げていくのだった。



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