第44話-真似っこ会議!
箱庭の娘たち 教育方針自主会議 ――廊下の隅、女子会空間内
教育方針会議の存在を知ったレトは、まず両手を握りしめた。
「つまり……わたしたちも、自分たちの方針を決める必要があるってことだね!」
ロジーは目を輝かせた。
「会議だ! 私たちの会議! 議事録つくる! 正式っぽいやつ!」
エルは廊下の隅を見た。
「ここ、ちょうどいいね」
次の瞬間、監理局の廊下の角に、ふわりと半透明の空間が展開された。
外から見ると、ただ硝子の薄膜が一枚張られているだけに見える。
中に入ると、そこは小さな女子会部屋だった。
淡い星明かり。
丸いクッション。
小さな机。
湯気の立つカップ。
なぜか天井から揺れるリボン。
床には、雲みたいに柔らかい白い絨毯。
ただし場所は廊下の隅である。
しかも通行の邪魔にならないよう、かなり小さく畳まれている。
レトは中央のクッションに座り、硝子の短剣を一本だけ作った。
戦闘用ではない。
議長用の指示棒である。
「これより、箱庭の娘たち教育方針自主会議を始めます!」
ロジーが即座に端末を起動した。
「議事録、記録開始! 会議名、箱庭の娘たち教育方針自主会議。場所、廊下の隅の女子会空間。参加者、レト、ロジー、エル。お菓子、まだなし。重要事項です」
エルが机の上に小皿を出した。
「お菓子、あるよ」
「議事録修正! お菓子、発生!」
レトはこほんと咳払いした。
「ロジー、ちゃんと真面目に」
「真面目だよ。会議にお菓子があるかないかは、参加者の精神状態に関わるから」
「たしかに」
レトは深く頷いた。
「では第一議題。副長が勝手に女子会空間を使うときのおしおきについて!」
エルがぽやっと首を傾げる。
「副長、勝手に使う?」
ロジーが素早く手を挙げた。
「使う! この前、女子会空間の入り口だけちょっと開いてて、覗いたら副長がめちゃめちゃリラックスしてた! 完全に女子会空間の利便性を利用してた!」
レトが指示棒を机にこつんと当てる。
「それは重大です。女子会空間は、女子会のための空間です」
エルは少し考えた。
「副長、レトのクッションをおしりに敷いてた」
「女子じゃないのに女子会空間を使った!」
ロジーは大事件のように言った。
レトは真剣な顔で頷く。
「ただし、副長はいつもお仕事をたくさんしているし、たまに面白いので、重すぎるおしおきはだめです」
「情状酌量だね!」
「じょうじょうしゃくりょう!」
レトは言葉の響きが気に入ったらしく、もう一度言った。
エルが手を挙げる。
「あたし案。副長が勝手に使ったら、リボンがつく」
「どこに?」
「頭」
ロジーが勢いよく議事録に打ち込む。
「案一、副長の頭にリボン。効果、かわいい。問題点、副長が普通に似合う可能性」
レトは深刻な顔になった。
「それは……おしおきにならないかもしれない」
「むしろ副長、笑顔で受け入れそう」
「それはだめ。副長が楽しいだけになっちゃう」
エルがまた考える。
「じゃあ、リボンがしゃべる」
「何て?」
「『女子会空間を勝手に使いました』って」
ロジーが机を叩いた。
「採用候補! すごくいい! 副長が歩くたびにリボンが申告する!」
レトは指示棒を掲げた。
「でも、廊下でお仕事中にずっと喋ったら迷惑かも」
「じゃあ、女子会空間の近くだけ喋る」
エルがさらっと調整した。
ロジーは真顔で打ち込む。
「決定案。副長が女子会空間を無断利用した場合、頭上に小さい申告リボンが発生。女子会空間半径三メートル以内でのみ『無断利用しました』と控えめに申告する。期間、十五分」
「控えめって大事だね」
レトは満足げに頷いた。
「では第一議題、可決!」
三人はぱちぱち拍手した。
ロジーはすぐ次のページを開く。
「第二議題。お兄さんがかっこよすぎてなにも言えなくなっちゃったときの対処法」
レトは指示棒を握ったまま、ぴたりと止まった。
議題名を読んだだけで、もう少し赤くなっている。
ロジーが覗き込む。
「議長、すでに症状が出ています」
「で、出てないよ!」
「声がちょっと高いです」
「出てないもん!」
エルがレトをじっと見る。
「レト、ジェレミーがかっこいいと固まるね」
「固まらないよ! ちょっと、言葉が一回お空に行くだけ!」
ロジーが真剣に打ち込む。
「症状説明、言葉がお空に行く」
「ロジー、そこ書かないで!」
「議事録だから」
「議事録ってこわい!」
レトは両手で頬を押さえ、深呼吸した。
「でも、これは大事な議題です。お兄さんが急にかっこいいことを言うと、わたしは返事が遅れます。これは会話の安全に関わります」
ロジーが頷く。
「沈黙が長すぎると、局長が『体調が悪いのか』って判断する可能性がある」
「それは困る! お兄さんに心配をかけちゃう!」
エルが小さな鈴を出した。
「これ、言葉が出る鈴」
レトがぱっと顔を上げる。
「なにそれ!」
「鳴らすと、言えなかった言葉が出る」
ロジーが身を乗り出した。
「便利! でも危険! 出なくていい言葉も出る?」
エルは少し考えた。
「出るかも」
レトは真顔で首を振った。
「だめです。わたしの心の中には、お兄さんかっこいいがいっぱいあるから、全部出たら大変です」
「大惨事だね」
「監理局の廊下が、お兄さんかっこいいで埋まっちゃう」
ロジーが議事録に書く。
「言葉が出る鈴、危険。理由、レトの中にお兄さんかっこいいが大量存在」
「だから書かないでってば!」
エルは鈴をしまった。
「じゃあ、カード」
机の上に、小さな硝子のカードが三枚現れた。
一枚目。
『いま、ちゃんと聞いています』
二枚目。
『かっこよすぎて返事が遅れています』
三枚目。
『あとでちゃんと言います』
レトは目を輝かせた。
「これなら言葉が出なくても伝わる!」
ロジーが親指を立てる。
「実用的! しかも局長に状況が伝わる!」
エルがカードを一枚持つ。
「でも、二枚目は見せたら、もっと恥ずかしいね」
レトは固まった。
「……たしかに」
ロジーが真面目に提案する。
「じゃあ二枚目は緊急用。基本は一枚目と三枚目。どうしてもだめな時だけ二枚目」
レトは深く頷いた。
「採用します。お兄さんかっこよすぎ対策カードを正式装備にします」
ロジーが議事録に打ち込む。
「第二議題、可決。補足、レトは局長がかっこいいと会議中でも動作停止する」
「ロジー!」
「議事録だから!」
第三議題に移る頃には、レトの前に冷たいお茶が追加されていた。
エルの気遣いである。
レトはお茶を飲んで、議長の顔に戻った。
「第三議題。食堂でデザートが売り切れてたときに泣かない方法」
三人の表情が、一気に重くなった。
これは切実だった。
ロジーが低い声で言う。
「売り切れはつらい」
エルも頷く。
「あると思ったものが、ない」
レトは指示棒を握りしめた。
「とくにプリン。プリンがあると思って食堂に行って、なかったとき、心がしょんぼりする」
ロジーが議事録に書く。
「心がしょんぼりする。重要表現」
「これは、泣かない方法を考える議題です。泣いちゃだめじゃなくて、食堂職員さんを困らせない方法です」
エルが手を挙げる。
「あたしが出す?」
レトとロジーが同時に首を振った。
「それはだめ!」
「それやると食堂のありがたみが減る!」
エルは「そっか」と頷いた。
ロジーが真面目に言う。
「食堂デザートは、食堂職員さんが作ったから価値がある。エルが魔法で出したものは別ジャンル」
「別ジャンル」
エルは納得した。
レトが案を出す。
「方法一。売り切れてたら、まず深呼吸する」
ロジーが打つ。
「深呼吸。三回?」
「三回」
エルが続ける。
「方法二。別の甘いものを見る」
ロジーが首を振る。
「見るだけだと、もっと欲しくなる可能性がある」
「じゃあ、別の甘いものを食べる」
「現実的」
レトが指示棒で机を指した。
「方法三。次に食べる楽しみにする」
ロジーが顔をしかめる。
「未来の希望で現在の悲しみを薄める方式だね」
「かっこいい言い方!」
エルがぽつりと言う。
「泣きそうになったら、泣いていい場所に行く?」
二人がエルを見る。
エルは続けた。
「食堂で泣くと、職員さんが困る。廊下の隅の女子会空間なら、困らない」
ロジーが大きく頷いた。
「それだ! 泣かない方法だけじゃなくて、泣いても迷惑をかけない方法!」
レトは真剣にまとめる。
「つまり、売り切れ時の手順はこうです」
レトは指示棒を掲げた。
「一、深呼吸三回。
二、別の甘いものを探す。
三、次の楽しみにする。
四、それでも悲しかったら、女子会空間でちょっと泣く」
ロジーが高速で打ち込む。
「第三議題、可決。補足、泣かないことより、困らせないことが大事」
レトは満足げに頷いた。
「これはとても大人の会議です」
「大人だね」
「かなり大人」
エルも頷いた。
「じゃあ、デザートが売り切れたとき用の小さい雲、作る?」
「小さい雲?」
「顔を隠して、ちょっと泣ける」
ロジーが目を輝かせた。
「採用候補! 名前は?」
レトが即答した。
「しょんぼり雲!」
「かわいい!」
「可決!」
「早い!」
第四議題。
空間の星明かりが少しだけ強くなり、机の上に小さな魔法アイテムが並んだ。
鈴。
羽根ペン。
小さな箱。
喋りそうな石。
たまに震えるリボン。
開けてもいないのに中から拍手が聞こえる缶。
レトは一瞬わくわくした顔になったが、すぐに議長として背筋を伸ばした。
「第四議題。エルの魔法アイテムで安全に遊ぶ方法」
エルは自分の作った道具たちを見て、少し嬉しそうにした。
「安全、大事」
ロジーが議事録を新しいページにする。
「まず分類が必要です。触っていい、見ていい、聞いていい、開けちゃだめ、心に触るかもしれない、廊下で使うな、局長に見せるな、副長に見せると悪ノリする」
レトが強く頷いた。
「最後の大事!」
エルは不思議そうにする。
「副長に見せると、面白くなるよ」
ロジーが真顔で言った。
「面白くなるから危険なんだよ」
「そっか」
レトは机に並んだ魔法アイテムを指示棒で示した。
「遊ぶ前に、三つ確認します」
ロジーが構える。
「一つ目!」
「人の心や記憶に触らないか」
エルが頷く。
「触るやつは、今日はしまう」
いくつかのアイテムが、ふっと消えた。
ロジーが少し残念そうにした。
「いま消えたやつ、すごく気になる」
「気になるけど安全優先です」
レトは議長として厳しかった。
「二つ目!」
ロジーが続きを促す。
「途中でやめられるか」
エルは拍手が聞こえる缶を見た。
「これは、開けたら十秒拍手する」
「十秒なら大丈夫」
「これは、開けたら褒め続ける」
「どのくらい?」
「満足するまで」
レトとロジーは同時に言った。
「危険!」
その箱も消えた。
「三つ目!」
レトは最後の条件を言う。
「使う人が、ちゃんといいよって言ったか」
エルは小さく頷いた。
「聞く。笑ってても、聞く」
ロジーが嬉しそうに議事録へ打ち込んだ。
「第四議題、重要結論。エルの魔法アイテムは、心に触らない、途中でやめられる、使う人がいいよって言った。この三つを満たしたら女子会空間内で使用可能」
レトはふうっと息を吐いた。
「すごくちゃんとした会議だったね」
ロジーは胸を張った。
「議事録も完璧! お菓子発生からしょんぼり雲まで全部記録した!」
エルは机の上に残った小さな缶を見た。
「これ、開ける?」
缶には、手書きのラベルが貼られていた。
『十秒だけ拍手する缶』
レトは議長として確認した。
「心に触らない?」
「触らない」
「途中でやめられる?」
「十秒で終わる」
「みんな、いい?」
ロジーが手を挙げる。
「いい!」
レトも手を挙げる。
「いい!」
エルが缶を開けた。
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち。
缶の中から、小さな拍手が十秒だけ鳴った。
三人はなぜか満足した。
「会議が褒められたみたい」
レトが嬉しそうに言う。
ロジーが議事録に最後の一文を入れた。
本会議は、拍手されたので成功とする。
その時だった。
女子会空間の外側。
廊下を歩いていた副長が、半透明の膜の前で足を止めた。
中から聞こえた「副長が無断利用した場合」という言葉に、明らかに興味を持った顔をしている。
副長は軽く身を屈め、女子会空間の入口に指先を伸ばした。
その瞬間。
ぽんっ。
副長の頭の上に、小さなリボンが出現した。
そして、控えめな声で言った。
「無断利用しました」
副長は動きを止めた。
女子会空間の中で、三人も固まった。
ロジーが震える声で言う。
「……実装されてる」
エルが頷く。
「試作した」
レトはぱっと立ち上がり、指示棒を掲げた。
「第一議題、効果確認!」
リボンがもう一度、控えめに言った。
「無断利用しました」
副長は頭上のリボンを見上げ、それから三人を見た。
「非常に完成度が高いですね」
ロジーが机を叩いた。
「反省してない!」
レトは真剣な顔で宣言した。
「副長、十五分です!」
エルが補足した。
「女子会空間の近くだけ喋るよ」
副長は少し考えたあと、微笑んだ。
「では、十五分間この周辺の巡回を控えます」
リボンが言った。
「無断利用しました」
副長は何もなかったように歩き出した。
廊下の角を曲がる直前、もう一度だけリボンが鳴った。
「無断利用しました」
女子会空間の中で、ロジーは勝利の顔で議事録を締めた。
「追記。第一議題、実地試験成功。副長はやっぱり反省してない」
レトは満足げに頷いた。
「でも、おしおきは成功です」
エルは小さく拍手缶をもう一度見た。
「もう一回、拍手する?」
レトとロジーは同時に頷いた。
「する!」
缶が開く。
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち。
廊下の隅の小さな女子会空間で、三人はとてもくだらないことを、最後まで真剣に会議した。




