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第3話

第3話


 アリアは、その後の道行きを慎重に選んだ。


魔獣の気配を感じれば、即座に進路を変える。

音を立てないよう、瓦礫を踏まぬよう、息さえ抑えて歩く。


――生き残ることが最優先だ。


戦えば勝てるかもしれない。

だが、勝てたとしても消耗する。今の自分に余裕はない。


目指すのは、記憶にある近くの村だった。


世界が無事だった頃、何度か立ち寄った小さな集落。

生存者がいれば、それだけで救いになる。

もし誰もいなくても、水と食料さえ手に入れば、もう少し先へ進める。


ただ、それだけを考えて歩いた。


何時間歩いたのか、何日経ったのか、分からない。

昼と夜の境目すら曖昧な空の下、ようやく村の跡地が見えてきた。


「……」


言葉が、喉で止まった。


家屋は倒壊し、屋根は潰れ、道だった場所は瓦礫に埋もれている。

焼け焦げた痕も、生々しい破壊の跡も、そこかしこに残っていた。


――予想はしていたけれど。


生き物の気配が、何ひとつない。


アリアは、祈るような気持ちで村の中を歩いた。

倒れた家の影、崩れた井戸、かつて人が集っていた広場。


呼びかけても、応える声はない。


「……やっぱり、か」


分かっていたはずなのに、胸が痛んだ。


それでも、完全な無ではなかった。


壊れた家の地下貯蔵庫から、干し肉の残りを見つけた。

井戸は半分ほど埋まっていたが、まだ水が使えそうだった。

最低限の補給はできる。


アリアはそれだけで、ここを「幸運だった」と判断した自分に、苦く笑った。


村を離れようとして、ふと目に入ったのは、壁だけが奇跡的に残った建物の跡だった。


屋根も床もない。

だが、風を遮るには十分だ。


「……ここで、休もう」


身体が限界に近いことを、ようやく自覚した。


焚き火を起こす。魔法が使えないことがこんなにも不便だなんて思わなかった。

食料を探しているときに、マッチを見つけられたのは幸運だった。

小さな火が、闇を押し返す。


炎を見つめていると、緊張が少しずつほどけていった。


剣を手の届く場所に置き、壁にもたれて横になる。

地面は硬く冷たい。それでも、構わなかった。


瞼が、重い。


――眠れる。


そう思った瞬間、意識は深く沈んでいった。



夢を見た。


まだ世界が壊れていなかった頃の夢。


朝の光。

両親の声。

訓練場で交わした何気ない会話。

笑い合った、取り留めのない時間。


何も失っていなかった日常。


「……っ」


胸が、締め付けられる。


夢の中で、アリアはそれに気づいている。

これは、もう戻らない光景だと。


伸ばした手は、何も掴めない。


呼んでも、誰も振り返らない。


そして、目覚めることもできないまま――


眠るアリアの閉じた瞼の隙間から、

一筋の涙が、静かに零れ落ちた。


炎が、ぱちりと音を立てる。


崩壊した世界の片隅で、ただ一人生き残った少女は、過去の温もりに縋るように眠り続けていた。


 ――


 何かが、近づいてくる。

その気配に、アリアははっと目を覚ました。


――足音。


しかも、はっきりとした、人のもの。


反射的に身体を起こし、剣を掴む。

眠気は一瞬で吹き飛び、意識が研ぎ澄まされた。


生き残りがいるかもしれない。

だが、善人とは限らない。


この世界では、人間ですら脅威になり得る。


焚き火は、まだくすぶっている。

煙が立ち上り、居場所を知らせているのは明白だった。


足音は、止まらない。

ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。


壁一枚、向こう側。


アリアは呼吸を殺し、剣を構えた。


そのとき――


「……生きてる人、ですか……?」


おっかなびっくりの声だった。

震えを含んだ、か細い問いかけ。


その一言で、アリアの警戒はわずかに緩む。


――害をなすつもりなら、こんな確認はしない。


それでも、油断はできない。


剣を構えたまま、アリアはゆっくりと壁の陰から姿を現した。


崩れた建物の向こう。


そこに立っていたのは、一人の少女だった。


年は、アリアより少し下だろうか。

ぼろ切れ同然の外套を羽織り、細い身体を縮こまらせている。

その人間は、まだ幼さの残る少女だった。


少女は、アリアの剣を見ると、びくりと肩を跳ねさせた。

だが、逃げることも、武器を構えることもなかった。


ただ、必死に両手を胸の前で握りしめている。


「……ご、ごめんなさい。驚かせるつもりは……」


声が震えている。


恐怖と、希望と、そして必死さが混じった声音だった。


アリアは、しばらく少女を見つめてから、

ほんの少しだけ剣先を下げた。


「……名前は?」


短く、低い声。


少女は一瞬戸惑い、それから小さく息を吸った。


「……リ、リーネです」


その名を告げるとき、震える少女の肩がぴくりと動いた。


崩壊した世界の中で。

瓦礫と静寂に満ちた夜の底で。


アリアは、崩壊後初めて――

自分以外の“生きている誰か”と、向き合っていた。


読んでくださってありがとうございます。

全ての謎は最後に回収できるよう頑張ります。

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