表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

第2話

第2話


夜と呼んでいいのかも、もう分からなかった。


空は暗く、星はまばらで、雲があるのかどうかすら判別できない。

風が吹くたび、崩れた石と瓦礫が擦れ合い、ひどく乾いた音を立てた。その音だけが、この世界がまだ完全に止まっていない証のようだった。


アリアは瓦礫の山の端に座り込んでいた。

背後には、かつて展望台だった場所の名残がある。石段は途中で途切れ、手すりは折れ、見晴らしの良さだけが虚しく残っていた。


あたりには、もう死体はない。


正確には、見つからないのだ。

崩壊は一瞬だった。だから多くのものは、形を留める前に押し潰され、飲み込まれ、地形そのものと混ざり合ってしまった。

探せば見つかる、という段階すらとうに過ぎている。


それでもアリアは、何度も瓦礫をどけた。

指の皮が剥け、血が滲んでも、やめなかった。


――誰か、生きていないか。


そんな願いが、もう意味を持たないことは分かっていた。

それでも、やめられなかった。


やめてしまえば、

本当に「終わり」になってしまう気がしたから。


やがて、アリアは立ち上がる。


探すのをやめたからではない。

ただ、これ以上ここにいても、何も変わらないと理解しただけだ。


アリアは自分の持ち物を確かめた。


腰には、使い慣れた剣。

刃こぼれはないが、鞘にはひびが入っている。

それでも、手に取ると不思議と落ち着いた。


肩にかけた小さな袋の中には、水筒と、乾いた保存食が少し。

それから、割れた金属片が一つ。


騎士章だったものだ。


アリアの故郷、レインフォールの騎士であることを示す、小さな紋章。

今は歪み、半分が欠けている。それでも捨てられなかった。


アリアはそれを指でなぞり、袋の奥にしまい直した。


――持っていくものは、これだけ。


新しいものは、何一つない。

希望も、目的も、未来の約束も。


あるのは、壊れた世界と、自分がまだ生きているという事実だけだ。


アリアは歩き出す。


どこへ向かうか、決めてはいなかった。

魔王を探す、と明確に言葉にできるほど、頭は整理されていない。


ただ、ここに留まることだけはできなかった。


立ち止まれば、思い出してしまう。

名前を呼んでくれた人たちの声を。

笑顔を。

当たり前だった日常を。


それらを一つ一つ思い出してしまえば、

きっと、もう二度と立ち上がれなくなる。


だから歩く。

前でも後ろでもなく、ただ足が向く方へ。


瓦礫を踏み越え、ひび割れた地面を進み、

かつて街へと続いていた道の名残を辿る。


世界は広いはずだった。

剣と魔法があり、国があり、人が生きていた。


けれど今、アリアの目に映るのは、

どこまでも荒れ果てた大地だけだ。


それでも、歩みは止まらなかった。


アリアはまだ、生きている。

それが呪いなのか、意味のあることなのかは分からない。


ただ一つだけ、はっきりしていることがあった。


――私は、奪われた。


何を。

誰を。

どれだけ。


その答えを、アリアはまだ言葉にできない。

けれど胸の奥で、確かに何かが燃えている。


それは怒りであり、無力感であり、

そして――逃げ場のない衝動だった。


アリアは歩き続ける。


この先に何があるのかを知らないまま。

ただ、歩くことをやめなかった。


 アリアは、どれほど歩いたのか分からなくなるまで進んでいた。


かつては街道だった場所は、もはや道と呼べる形をしていない。

地面はひび割れ、隆起し、ところどころが不自然に沈み込んでいる。地図など、何の役にも立たなかった。


それでも、歩いているうちに確信が深まっていく。


――生きている人間が、いない。

かなり歩いたのに、一人の人間ともすれ違わなかった。


声がない。

足音がない。

焚き火の煙もなければ足跡すらない。何ひとつとして人間の痕跡を感じられない。


その代わりに。


遠くで、低く唸るような音が響いた。


「……っ」


アリアは足を止め、耳を澄ます。

それは風の音ではない。雷でも、崩落でもない。


――魔獣の遠吠えだ。


一つではない。

重なり合い、呼応するように、あちこちから聞こえてくる。


人間の痕跡は消えているのに、

魔獣の気配だけが、異様なほど濃い。


アリアの背筋に、冷たいものが走った。


(……おかしい)


魔獣は、こんなにも活発だっただろうか。

確かに危険な存在ではあったが、縄張りを持ち、遭遇することは少なかったはずだ。


それなのに今は、まるで――

世界そのものが、魔獣のために開かれているかのようだ。


不安を振り払うように、アリアは手をかざした。


「……灯れ」


小さな火球を生み出す、初級の火魔法。

何度も使ってきた、身体に染みついた感覚。


――だが。


火は生まれなかった。


空気が、応えない。

魔力は流れているのに、形にならず、霧散する。


「……っ、どうして……!」


もう一度、集中する。

呼吸を整え、魔力の流れを意識し、今度は詠唱を省略せずに力を束ねる。


だが結果は同じだった。


発動しない。

正確には、魔力の流れは感じられるのに、それを魔法として出力できない。


アリアは、はっとする。


脳裏に浮かんだのは、街にもお伽話として伝わっていた古い話。


――魔王が誕生したとき、世界の理は歪んだ。

――魔は溢れ、獣は狂い、術の在り様が変わった。

――勇敢なる者が魔王を討ったが、世界は戻らなかった。


「……そんな……」


否定したかった。

あれは昔話で、お伽話で、自分とは縁遠いものだったはず。


けれど。


この世界。

魔法の不調。

魔獣の異常な活性。


すべてが、その伝承と一致している。


アリアは、唇を噛みしめた。


(……もう、間違いない。魔王が……復活した)


その瞬間だった。


草むらが、大きく揺れた。


反射的に身構えたアリアの前に、

黒く、歪な影が躍り出る。


狼型の魔獣。

だが通常よりも一回り以上大きく、目は不自然な赤に染まっている。


――全部で、四体。


包囲されている。


「……っ」


剣を抜く音が、やけに大きく響いた。


魔法が使えない。

この状況で、それは致命的だ。


魔獣が地を蹴る。


考える暇はなかった。


アリアは踏み込み、剣を振る。

狙いは正確だった。喉元を裂き、一体を即座に沈める。


だが残りは怯まない。


吠え、襲いかかってくる。


剣を振るう。

かわし、斬り、押し返す。


それでも、明らかに危険だった。


動きが速い。

力が強い。

そして――数が多い。


「……くっ!」


肩を掠める衝撃。

鎧越しでも、鈍い痛みが走る。


どうにか最後の一体を斬り伏せたとき、

アリアは荒い息をついて、その場に膝をついた。


剣先から、黒い血が滴る。


生きている。

だが、それは偶然に近い。


アリアは理解した。


この世界では、

今までのやり方では、生き残れない。


魔王が復活し、世界の理が変わり、自分はまだ、その変化に追いつけていない。


それでも。

剣を、手放すことはできなかった。


アリアは立ち上がる。


恐怖はある。

無力感もある。


だが、それ以上に。


――奪われたままでは、終われない。


その思いだけが、彼女を前へと動かしていた。

読んでくださってありがとうございます。

どこかおかしな百合を目指しています。

応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ