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世界は彼女のために在り  作者: ヨルイチ
第一章 すべてを失った、その場所で
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第6話

翌朝。

差し込む光にくすぐられて、アリアはゆっくりと目を開けた。


――よく、眠れた。


そう思った瞬間、自分でも少し驚く。

世界が崩壊してからというもの、浅い眠りばかりだったはずなのに。


腕の重みで理由はすぐにわかった。

リーネが、相変わらずアリアの腕にしがみついたまま眠っている。ぴくりとも動かず、無防備そのものだ。


「……ふふ」


思わず、喉から小さな笑いが漏れた。

こんな場所で、こんな感情を抱くとは思わなかった。


アリアはそっと指先でリーネの頬をつつく。


「朝だよ、リーネ」


「ん……あ、アリア……」


眠そうに目をこすり、状況を理解すると、リーネは慌てて身を離そうとしたが、すぐにしゅんと項垂れた。


「……また、くっついて寝ちゃいました」


「いいよ。寒かったでしょ」


それだけで、リーネの表情がぱっと明るくなる。

その変化を見て、アリアは視線を逸らした。この微笑みを見られるのが、なんだか恥ずかしかった。


簡単な朝食をとったあと、二人は王立図書館の奥へ向かった。

今日の目的ははっきりしている。


過去に魔王が誕生した時代の記録。


書架は崩れ、床には瓦礫と埃が積もっていたが、歴史書の保管区画は奇跡的に原型を留めていた。

アリアは一冊一冊を手に取り、必要な情報を拾い集めていく。


――被害は局地的ではない。

――文明は世界規模で崩壊。

――魔獣の異常活性。

――魔法体系の変質。


どれも、今の世界と一致していた。


「……やっぱり」


魔王復活。それは伝承ではなく、現実。


当時は勇者と呼ばれる存在が現れ、命と引き換えに魔王を討ったと記されている。

だが、具体的な魔王の正体や性質については、どの本も曖昧だった。


「肝心なところは、残ってない……」


意図的に消されたかのように。


アリアが顔をしかめていると、少し離れた書架からリーネの声が聞こえた。


「アリア……これ、なんですか?」


振り返ると、リーネが一冊の古い本を抱えて立っていた。

表紙には褪せた文字で、こう記されている。


――『創世女神信仰概論』。


「世界ができた頃の話みたいね。まぁ、宗教的なものでしょうけど」


リーネはぱらぱらとページをめくり、挿絵を眺めていた。

そこには、黒髪の女神が描かれている。長身で、圧倒的な存在感を持つその姿は、どこか人の倫理から外れた雰囲気を帯びていた。


リーネは、その絵を見つめたまま、ぽつりと呟いた。


「……お母様?」


その一言に、アリアの動きが止まる。


「え?」


聞き返すと、リーネははっとしたように顔を上げた。


「……あれ? お母様って……?」


自分でも理由がわからない、と言いたげに首を傾げる。


「読んでたら、急に……そう思ったっていうか……」


言葉を探すように視線を彷徨わせてから、リーネは困ったように笑った。


「変ですよね。……私、生まれてからアリアにしか会ったことないのに」


アリアは何も言えなかった。

胸の奥で、嫌な感覚がざわりと広がる。


リーネが母性を求めて、たまたまそう感じただけ?

それとも記憶が戻りつつある?

それとも……本当に女神から産まれた?


それはないか、とアリアはその考えに蓋をする。しかし、この本がリーネの記憶の手がかりになる可能性までは否定できなかった。


「……それ、何かの役に立つかもしれない。後で私も読む」


「はい!」


深く考えずに返事をするリーネ。

その無邪気さに、アリアはかえって目を逸らした。


知らないほうがいいこともある。

今は――復讐のための情報が、何より優先だ。


それでも。


あの挿絵の女神の目がなぜか、こちらを見て微笑んでいるように見えたことだけが、いつまでも脳裏に残って離れなかった。


 ――

 

図書館での探索は、その後も続いた。


直接「魔王」と銘打たれた書物は、やはり見つからない。

あまりにも都合よく、肝心な部分だけが欠落している。


だが、アリアはそこで諦めなかった。


「……隠されてるなら、周辺から攻めるしかない」


魔王そのものではなく、『魔王が現れた“結果”』を辿る。

歴史とはそういうものだ。


アリアが集めたのは、以下の書物だった。


・勇者の伝説を記した叙事詩

・世界創世の神話

・大陸の通史


埃を払い、床に並べていく。

リーネはその隣に座り、アリアが選んだ本を興味深そうに読んでいた。


「難しくない?」


「ううん。不思議と、頭に入ってきます」


そう言って、リーネは文字を追う。

読書に慣れている様子はないのに、理解が早い。それもまた、アリアの胸に小さな違和感を残した。


アリアはまず、大陸史をぱらぱらとめくった。


――もしかしたら、復活の際に起きた異変が記してあるかもしれない。そこから何かヒントが得られるかも。


予想は当たっていた。

というより、魔王復活以前の記録が見つけられなかった。

まるで世界は破滅から始まったかのように、どの歴史書を見ても魔王復活による異変からしか記述がない。


・魔法技術の誕生

・全世界での魔獣の繁殖

・原因不明の天災


どれも単発で見れば偶然に見える。

だが、様々な歴史書の始まりがこのような異変を記した記述ばかり。


「……この世界は、魔王から始まったとでもいうの? それとも……魔王の誕生によって、それ以前の世界は失われた……?」


魔王は突然現れ、世界を自らが住みやすいように作り変えたのかもしれない。

そんな想像にアリスは背筋が凍る。


次に、勇者の伝説を記した本を開く。


英雄譚として語られるそれは、美化と誇張に満ちている。

だが、細部には事実が滲んでいた。


勇者は、突然選ばれた存在ではない。

各地を巡り、人を助け、何度も敗北しながら力を得ている。


そして、最後の戦い。


魔王に勝った、と書かれているが――

勇者が帰った、という記述はどこにもない。


「相打ち……?」


勝利の代償として、勇者は世界から消えた。

その後、魔王に関する記録は急激に減少する。


まるで、誰かが意図的に封じたかのように。


最後に、世界創世の神話。


これは半ば伝承だ。

だが、アリアは注意深く読んだ。


創世の女神は、世界を作り、人を作り、理を与えた。

だが同時に、こうも書かれている。


――女神は、世界を「完成」させなかった。

――変化と停滞、秩序と混沌、その両方を許した。

――女神の意思によって、世界は揺らぐ。


そして、ひっそりと添えられた一文。


――理が歪んだとき、

――世界は“試練”を生み出す。


アリアはページを閉じ、静かに息を吐いた。


「……魔王は、単なる敵じゃないかもしれない」


それは、災厄。世界すらもねじ曲げる、終わりの象徴。


理が変わり、魔法が変質し、魔獣が活性化したのも、その延長線上だ。

もはや“現象”とすら言えるのではないか。


魔王を倒せば終わる、という単純な話ではない可能性が高い。


「アリア」


リーネが顔を上げる。


「どうでしたか?」


「……少し、わかったことがある」


アリアは、正直に言えば不安だった。

だが、それを顔に出すわけにはいかない。


「魔王がとんでもない存在だということ。人間が敵うのかどうかすらわからない」


「……難しそうですね」


「うん」


それでも、進むしかない。


アリアは積み上げた本を見つめる。

断片的な情報ばかりだが、それでも確かに“道筋”は見えてきていた。


直接の答えはない。

だが――


世界の異変を辿っていけば、きっと魔王へ至る道もあるはず。


アリアは、そこでようやく一つ深呼吸をしてから、新たな書棚に手を伸ばした。


――近代史。


紙質が比較的新しく、文字も読みやすい。

崩壊前の世界を、直前まで生きていた人々の視点で記した記録だ。


「……ここだ」


先ほどの歴史書は、おおよそ同じ時代に異変が起こるところから始まっていたのがほとんどだった。

だが、数年単位のズレはあった。これはつまり、魔王誕生の影響が、ある一点から広がっていったのだと考えられる。


アリアはページをめくり始めた。


王都史。

地方都市史。

辺境領の年代記。

交易記録、巡礼路の報告書、地方騎士団の活動報告。


ひとつひとつは些細な異変だ。


・ある年を境に、作物の収穫量が急落した地方

・魔獣の縄張りが、徐々に広がった地域

・理由不明の地震や地形変化

・魔法儀式の失敗率の上昇


どの記録も、原因は曖昧にされている。

「偶然」「自然現象」「気候変動」。


だが、アリアは気づいてしまった。


「……繋がってる」


それらの異変は、同時多発ではない。

時間差を伴い、まるである一点を目指しているかのように異変が進行していく。


仮説が、頭の中で形を持ち始める。


伝承の通り、魔王が復活したときに世界に異変が起こるのだとしたら。

その異変は徐々に広がっていくもので、中心部と外縁部では数年単位のズレがあるとしたら。

世界の異変を辿り、収束した地が魔王復活の地ではないか。


アリアは立ち上がり、図書館の壁に掛けられていた世界地図を外した。

床に広げ、近代史で得た情報を一つずつ書き込んでいく。


年号。

場所。

異変の内容。


赤い印が、点となり、線となり、やがて重なっていく。


リーネは邪魔をしないよう、少し離れたところでそれを見守っていた。

真剣なアリアの横顔を、じっと。


「……ここ」


アリアの指が止まった。


複数の異変が、最も早い時期に集中している場所。

そこから、年代が進むごとに外へ外へと広がっている。


「大陸中央部……旧聖域圏」


今はもう、地図の表記も薄れている地域。

かつて女神信仰の中枢があったとされる場所だ。


「魔王の復活地点……たぶん、ここ」


確証はない。

仮説に仮説を重ねただけだ。


それに、もし合っていたとしても――

魔王が今もそこにいる保証はない。


だが。


「……それでも」


アリアはペンを置き、拳を握った。


「アテもなく歩くより、ずっといい」


目的地がある。進む理由が形を持った。


この図書館で得たものは、知識だけではない。絶望の中で進むための道筋だ。


アリアは地図を丁寧に畳み、荷にしまう。


「行こう、リーネ」


「はい!」


リーネはすぐに頷いた。

理由も、危険も、きっと完全には理解していない。


それでも、迷いなく隣に立つ。


図書館の静寂の中で、アリアは思う。


この場所で得た収穫は、計り知れない。

復讐への一歩であり、同時に――


彼女自身が、再び世界と向き合うための、最初の一歩だった。

読んでくださってありがとうございます。

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