国境
天壁での騒動からひと月ばかり経った頃。
帝国からディノ・セリオ皇弟の使者が到着した。
「統治王陛下、祭祀王陛下におかれましては、ご機嫌麗しく存じます」
慇懃な使者の言い方と笑い方に、それぞれの玉座に座るアココトリとピオニアが無表情で見下ろす。全く麗しい様子でもないのだが、使者にとってはどうでもいいことらしい。仕事を恙無く終え、皇弟から褒美をもらうことだけを考えている節があった。あからさまな自己中心的裁量に、二人の女王が実はものすごくイライラしていることに彼は気づいてない。が、周りを取り囲む諸侯は、女王たちの地雷を踏み抜いた使者を憐れに思って囁き交わしていた。
アココトリとピオニアは、実はものすごく多忙な時期に突入していた。まさにテキラナ国の諸侯と年に2度ある顔合わせと、大報告会が行われている最中だったのだ。
ブルーアガベの生育と収穫量、スピリッツの仕込みと熟成具合の報告、国家事業の進捗、各領内からの陳情や国境付近の魔獣たちによる被害状況、各地の子ども院の様子と教育範囲の見直しなど。
このような多岐に渡る議題に対しての討論を数十日かけて行い、何がなんでも決論を出して自領へ持ち帰らねばならない過酷な会議だ。遅れを出すことは避けたい。ましてや祭祀王は神事の合間を抜いながらの参加となり、統治王に至っては辺境の魔獣が大人しくしている間に参加しているようなものなのだ。何かを勘違いしているアホな皇弟殿下の使者の相手などしている場合ではない。自然と…女王と諸侯が汚物を見るような顔になるのは仕方がないだろう。
諸侯が淀んだ目で見守る中、何も気づいてない使者が意気揚々と親書を読み上げる。
「…ダリア陛下の伴侶となるべく精進して参りました。この先も人生を共にしたいのです。私を王配として受け入れていただきたい。成婚相成りましたら、皇后として帝国でその辣腕をふるって頂きたく。またテキラナ国においても共に盛り立てて参りましょう。と。そして……」
(言いたい放題だが、これはいつまで続くのだ)
ピオニアの耳打ちにアココトリが肩をすくめる。
「……貴国における統治王としての役割がもし重荷と感じるならば、統治は帝国側で行い、ダリア陛下には祭祀王を任せてもいいと、殿下は仰せです」
誇らしげに胸を張る使者が、次の瞬間、不穏な空気を察知する。諸侯からざわめきが起こった。
「なんと言った」「帝国側で統治だと」「祭祀王を任せるとは」
ザワザワと交わされる言葉、使者へ向けられる目線が厳しいものに変わっていく。失言をしたとは思ってない使者が周囲を見、そして玉座にすわる女王達を見上げた。不思議そうな表情をしている。
「悪い話ではないはずです。ダリア様は今以上に高い地位に付き、魔獣討伐などの血なまぐさい任務からも解放されるのです。聞けば祭祀王陛下の次代の姫様は全盲だとか。目の見えない少女に何ができましょう??ならば統治王としての実績もある能力の高いダリア様が」
「黙れ無礼者が!!」
全て言い終える前に、アココトリが我慢できず一喝した。諸侯からも非難の声が次々に上がる。
殺気立つ広間の雰囲気に使者がキョロキョロと周囲を見回した。
「ダリア陛下…?」
「黙って聞いていれば良くも…!!聞き捨てならない言葉はいくつもあったが、他国の使者風情が我が妹たる次代祭祀王に対して無能呼ばわりとは何事か!!!」
「な、なな…」
「宰相!!!」
怒鳴り声で呼びつけられた宰相のホセが、サッと前に来る。
「剣を持ってこい!!この者、生かして返すわけにはいかん!!!」
いつもよりもかなり乱暴な言い方にもホセが低頭してから下がっていく。
使者が顔色を青くしながら口を震わす。その様子を面白そうにピオニアが見つめながら口を出した。
「のう、使者殿。皇帝陛下の弟の一人が、求婚相手に皇后の座を用意するのかえ?現在の皇帝ご夫妻はまだお若くご健勝だろうに」
ピオニアがシレッとつつかれたくない部分を指摘する。使者の顔から汗が吹き出した。
「は、そそそれは」
笑いだしたいのを堪えながら、ピオニアは続けた。
「我が国での王配の地位や在り方をご存知ないか」
「その、なにぶん不勉強故……」
「では話にならんな。お前、ここに首を置いてゆけ」
それだけの大罪を犯したのだ。相手国の風習も王家のあり方も何一つ学ばず、好き勝手に理屈を並べて自国のやり方を押し付けるつもりだったのだ。しかもただの皇族が、だ。
「帝国は我らと戦争をしたいのだろう、ここまで侮辱されるは不愉快極まりない」
「そんなことでは…!!私は皇弟殿下の想いを伝えに参った次第で、決して」
煽るだけ煽るピオニアを止めることなく、宰相から剣を受け取ったアココトリは、鞘から引き抜きながら使者を見据える。
「そもそも国同士の王族の婚姻となれば、そちらは皇帝陛下から話を持ってくるのが筋。たかだか陛下の弟と言うだけの立場の者が、一国の女王たるわたくしに直接婚姻の打診なんて、聞いたこともない」
「統治王、早く済ませよ」
意地悪く声をかけるピオニア。アココトリは大袈裟にため息をついてから、声を張った。
「恨むなら主を恨め」
「そんな!!そんな!!!ああああんまりでございます!!!」
立ち上がるアココトリから逃げるように、使者が床を這って逃げる。諸侯がざわめくが誰も助ける様子がないのを見て、使者は絶望した。
――ガァン!!
使者の鼻先に剣先が掠め、床にめり込んだ。
「このクソみたいな手紙を出した弟君に伝言を。――立場を弁えよ、クズが」
剣を床から抜くと、使者は泣きながら床を這って出ていった。
ふぅ、とひと仕事した風にアココトリが玉座に戻ると、ピオニアがニヤニヤと笑っていた。
「汚らしい言葉使いはチトニアが泣くぞ?」
「あら、わたしったら…!!」
ふふと笑って見せてから、棒立ちの諸侯を見下ろす。
「続けましょう」
宰相が諸侯の間を縫って、次の議題の用紙を配り回る。また長い会議が再開した。
「え……」
女官から、謁見棟での帝国側の使者と女王二人のやり取りを聴いたチトニアはお茶のカップを持ったまま固まった。
「陛下方はかっこいいなぁ」
ビーマンの明るい声に、ルイが「あぁ…」と呻く。
「帝国はもう終わりだ…なんて事を…」
「大丈夫です、ルイ殿下も居られるし皇太子殿下も皇后陛下も居られます」
慰めているのは、全回復した帝国近衛騎士団長のリオだ。低くて耳に心地の良い声をしている。
「そうですよ。アレがアレなのは次兄だけなんで、頑張って国、立て直してください」
「ビーマン卿、アレというのは…」
困ったように返すリオだったが、ルイが吹き出した。
「そうだな、そのために僕は生かされたんだ」
祭祀の館の一室で、チトニアはルイとリモーン卿から帝国の実情や、同盟国との関係やお国柄などを学んでいる。座学が多いが、たまに社交界での立ち振る舞いやダンスなどの日もあり、とても刺激の多い日々を過ごしていた。
ビーマンが同席しているのは、チトニアが何を苦手としているかを把握しているからだ。
例えば地図の読み方などは出来ないので、実際に地図を触りながら大まかな地域や位置関係を把握できるように手伝っていたり、色味や気候などの補足情報を、チトニアのわかる範囲の物で例えながら伝えるなど。である。このお陰で、チトニアの学習速度がグンと上昇した。
ちなみに、リオとビーマンは帝国騎士団時代に顔見知りだったらしく、ビーマンが過去に上官を殴って騎士団を去ったという話では…
「殴られた上官というのが、次兄なんだ」
と、ルイが苦く教えてくれた。ビーマンは、カラカラと笑いながら「その節は失礼しました、が、悪いのはアレですんで」と悪びれずに言う。顔の形が変わる程度で止めてあげたビーマンに対して、ルイが逆にありがとうと言っていたことに、チトニアは興味を引かれた。いつか教えてもらおうとこっそり思いつつ。
「使者の方は?」
「先程、帰られました」
這って行った廊下が汚物まみれで、掃除する羽目になったと忌々しげに呟く女官の言葉に、ビーマンがとうとう笑い転げた。
「アレは素晴らしい人材を揃えているなぁ!」
「あぁもう…」
ルイが机に伏せる。
清めてまいります、と出ていく女官に礼を伝えると、チトニアは疑問に思っていたことをルイに訊ねた。
「帝国と行き来できる場所は、天壁だけではないのですね?」
「そうか、チトニア殿は最近まで位置関係が分からなかったんだったな」
ビーマンに手を引かれ、大陸の地図が貼ってある壁に向かう。チトニアが手を前にかざすと、そっと手袋のはめられた大きな手が添えられた。リオだった。
「帝国の位置はここです。ここから下に行ったこの辺りに天壁があります。テキラナ国と帝国が接しているのは、この天壁がある地域全てです」
右から左に、思ったよりも大きくなぞる事になる。
チトニアが頷くと、リオは続けた。
「なので、帝国との国境といえば天壁である、という認識は正しい。しかし、テキラナ国に隣接している国はもうひとつあります。…ここです」
左の方。
「そこがメスカル国ですよ、チトニア殿」
ビーマンの言葉にチトニアが破顔した。
「ジャカランダ姉様の国ね」
嬉しそうに触るチトニアに、リオの声も笑っていた。
「長姉様ですか、確か」
「ええ。……ということは、帝国の方がこちらに来る場合は、メスカル国を経由するのですか?」
「そうなります。正確には、友好国ランヴァリオンを通り、メスカル国の入国許可を得てからテキラナ国に入るのです」
リオがいいながら、スッスッと経由する国をチトニアの手を使ってなぞっていく。リオの手が離れてからも、同じ経路を何度もなぞり、ズレが生じ始めるとビーマンが正しい方へ導いた。
「…理解しましたわ」
「ちなみに、時間はひと月程かかります」
「…まぁ…この大陸は広いのですね」
見えないながらも、先程教えられた天壁の辺りを触る。
「天壁を通る方はいないのですね」
「はい。チトニア殿もご存知のとおり、天壁はテキラナ国の聖域であり、基本的に立ち入りは禁じられているのです。帝国でも魔の山と呼ばれていまして、入ったら帰ってこられないことで有名なのです」
「…そんな恐れられる場所なのに、あえて踏み込んだのですね」
「…はい」
ビーマンがチトニアを椅子に座らせる。
「お二人がこうして無事に生きていて本当に良かったですわ」
屈託のない朗らかな言葉に、ルイとリオが微笑んだようだった。
「そうだ、チトニア殿。僕たちも教わりたいことがあるんだ」
「わたくしでわかることであれば」
「次兄がこだわる王配の立場のことだ。そこまで執着するには、何か利点があるのか気になって」
ルイの疑問は最もだろう。一家の恥さらしが国際問題を引き起こしているのだ。現に女王達の逆鱗に触れている。
チトニアは、なるべく簡素に分かりやすく女神信仰の事と、婚姻より子どもが重視される事を説明した。そしてそんな国における王妃や王配の役割についても、帝国の人間には簡単に理解されないであろう事も念頭に入れつつ、丁寧に答える。
「要するに、言葉は悪いが種馬って事ですね」
「…なるほど」
あけすけなビーマンの言葉に、ルイが一瞬で納得したように返す。
「仕事が子を作ることと、王を支えること、ですか」
「わたくし達でも、他国では異例の事情と言うことは承知の上なのです。しかし、長く育まれてきた価値観は変えられませんし、何よりわたくしたちは皆、等しく女神の子である誇りがあるのです」
淡々と語るチトニアの言葉に、ルイとリオが聞き入っている。
「ですので、王配になると得られる利点というものは…子どもの父親になれる、という事くらいしか思い当たりませんわ…?」
「となると…次兄は本気で何も知らずに王配となればテキラナ国を支配できるし、帝国の皇帝となれば二国の統治者になれるから…安易に考えている……んだろうか」
「アレがアレなんでその可能性は高そうですな」
薄笑いをしているらしいビーマンの言葉に、ルイが重いため息を吐く。
「殿下。落ち着いてください」
リオの言葉に、ルイが「わかってる」と返す。
「僕は本気で次兄を排除するために動かねばならないようだ」
腹を括ったルイの声が重い。
「殿下、帝国戻る時は俺も一緒に行って良いですか」
「ビーマン卿も?それは構わないがなぜ…」
「アレに何発か入れるつもりなら、俺もお手伝いしたいなって」
「ぷっ」
吹き出すルイとチトニア。リオが「まったく」とあきれたように笑った。




