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SPIRITS Tequila  作者: 御堂


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女神アガベピニャ

テキラナ国は、帝国を真ん中に据えると右下の辺りにある。帝国との国境を担う山脈が東西に伸び、豊かな森林資源と水源を国内に網羅させている。平地では多くの部分に特産のブルーアガベ(竜舌蘭)を敷き、およそ領民の半数がこれを栽培加工する仕事に従事している。これはこの地域の主神である女神アガベピニャ信仰が強く根付いていることと関係が深い。


女神アガベピニャは水と天候を支配すると信じられている。神話の時代、東西の天上に届く要塞のごとき山脈、雪と嵐に荒れ狂うそこを配下に治め、また人の営みを支える水を与えてくれた女神の話は、この国の幼子が繰り返し寝物語に聞かされる建国神話のひとつだ。また時代が下ると地母神と見なされる傾向も強くなり、今では「我らは等しく女神の子」という共通認識まで定着している。

現在のテキラナ国を統治しているのは、アガベアスル家という。女神から名前の一部を授けられた特別な一族と謳われ、ブルーアガベの栽培権を持つ諸侯と積極的に縁戚関係を持ちながら、長く血を繋いできた。

アガベアスル家が主に担うのは、王国の統治の他に酒作りである。女神の水を得て産まれた人間が、女神の名前の一部が使われているブルーアガベを育てること。このふたつの神聖なものを依り合わせて作られたスピリッツは、女神そのものという扱いであり、神聖な酒を作ることは統治する者の重要な役割…神事でもあった。

当初の、国造りの時代は王がひとりで担ってきたが、戦乱の色濃い時代に、血濡れた身体で神聖なスピリッツを扱うことは女神に対して不敬という風潮が強まった結果(また穢れの観点から不吉を呼ぶという信心のせいか)、いつの頃からか、統治王と祭祀王をそれぞれ擁立し、両翼でこの国を、そして女神を、それぞれの立場から運営・製造する体制に落ち着いたとされる。


「ドーニャ・アココトリ。聴いておられますか」

思考を逃避させていた。この国の始まりと女神の神話を丁寧に思い返している最中に、我に返る。アココトリが遠くに飛ばしていた視線を結び直して声の方に定めると、数人の文官がこちらを伺っていた。

アココトリ様、と再度恭しげに呼ぶ割に、真ん中で膝を折り見上げてくる宰相の表情は呆れ交じりで、しかも重苦しい。モノクルを気忙しげにかけ直し、手元の書面をこちらに丁寧に向けなおし、見てください。と言う。見やすいように(いくらかの距離があるのに)目線の高さまで両手を掲げて合わせてくれている。

「この書面でございます」

「…見えているわ、宰相閣下。そしてちゃんと聴いていたわ」

「なら良うございます。」

書面をクルクルと巻き隣で同じように膝を折る若い文官に渡すと、宰相は玉座に座る若き女王を見上げた。その目が、で?どうお考えで?と言っている。

「女王である私に婚姻の打診が来た、ということよね」

「左様でございます」

「その関係の話は一切お断りするようにと言いつけたはずなのだけど」

「文官クラスがその場で返答できない立場の方だったから、私のところまで上がってきたのです」

「では宰相、あなたからお断りをしてちょうだい。そうね、治安維持のためそれどころじゃないから、とでも。事実、魔獣が辺境を荒らし回ってる報告は絶えないのだし、討伐隊の再編成と怪我人の慰問などやることは多いわ。わたしも明日前線へ向かうから余計に時間がもったいない」

「…陛下、今一度お時間を頂戴したいのです」

宰相の重い口調に、アココトリは口から細く細く息を吐き出しきってから、階下の宰相を見、それから立ち上がった。

「膝を着いたままでは大変だわ、歩きながら話しましょう?」

もうおじいちゃんなんだから、と言外に匂わせると宰相が優雅に頭を垂れたまま立ち上がる。

「お気遣い痛み入ります」

軽く横目に主君を睨む宰相に、アココトリは苦笑を返す。そのいたずらっ子の様な表情に、宰相は疲れたようにこめかみを揉んだ。

文官や秘書官にいくつかの指示を出し終えると、宰相が小走りにやってくる。その気配を捉えながら、アココトリは悠然と執政の館を出て、女神の祭事を行う館の方へ向かいながら、宰相を振り返った。

「王配の話しよね、ホセ。これで何度目かしら」

宰相の名は、ホセ・クエルボ。先々代の統治王の時代から宰相職を担う。アココトリとの付き合いは、生まれた時からになる。そして、統治王としての教育をつけてくれた恩師だ。厳格でありながら愛情深いホセの人柄を、アココトリは愛している。だから2人きりになると気安くもなった。

「目を背けたい話題なのは重々承知なんですよ、これでも」

女王の伴侶については、次の統治王として指名された頃から、諸侯の課題ではあった。そして、民の最大の関心事でもある。

アココトリの名は、帝国風に言うとダリアだ。花の女王の名を与えられたとおり、褐色の肌に豊かにうねる濃く赤い髪が印象的である。濃く長いまつ毛に縁取られた眼はブルーアガベの様な深い蒼色。知性的で信頼感のある眼差しは一国の国母に相応しい。また、鍛錬と魔獣討伐で鍛えられた身体は細身ながら頑健で、一国を背負って立つに相応しい威厳も併せ持っていた。

そんな女性が。独り身なのだ。

「来年には26になるし、国を任されてから3年も経つから、わかってはいるのよね…」

祭事の館では、女官達が忙しく行き来している。アココトリに気づいて膝をつこうとする数人に、礼は不要と首を振ると、みな一礼してから仕事に戻って行く。

間を縫うようにしてたどり着いたのは、女神アガベピニャの像を祀る石造りの祭事場だった。

「即位の前後は魔獣の討伐やらが最も多かった頃でしたな。王配どころではなかった時期ですし仕方がない…」

ホセの言葉に、アココトリはそうだったわねと呟く。

女神像の前でふたり、手を組んで祈りを捧げる。

女神像の後ろにある扉を開けると、色とりどりの花が咲き乱れる庭園に出た。バラのアーチのそばにあるベンチに並んで腰を下ろすと、アココトリは続けた。

「私は、特定の相手を作らないわ。欲しい時に子どもを授かるつもりよ」

朗らかな性格なので男子の友人も多く、諸侯の親戚筋とも関係は良好。気心のしれた似たような年頃の相手もいる。恋愛もそれなりにしてきた女王が、特定の相手を作らない、という発言にホセはだろうなと、理解を示した。頑なに王配の擁立を拒んできた事からも予想はつく。


これこそが、この国の特色とも言える重要なことだったからだ。


テキラナ国で最も重きを置かれるのは、「女神の子を授かる能力」…つまり、繁殖に必要な子種の提供か、子を宿す腹であり、王から庶民まで、女神アガベピニャを信仰する者には重大な義務とみなされる。

産まれてくる子どもが何よりも大切にされるので、婚姻は二の次であり、実際、国内で夫婦を起点とした家族構成を持つ者は昔から多いとも言えない。が、もちろん婚姻は目出度い事ではあるので、異性同士、同性同士、異種族間で関係を固めるカップルは盛大に祝福される。慶事は女神がお喜びになるのだ。

しかし立場が統治王ともなると、である。まず伴侶として求められる役割は、子を成す事と王の補佐の2つだ。

王配であれば軍事面での指揮系統の役割もあるが、それは女王が指揮をとれない非常事態のみに限定される。政や国家運営の要職を任せることもない。

あくまで王を補佐し、王と人生を共にする伴侶。

国も国民もこのことを慶び、祝賀の祭典は3ヶ月も続くこともあるくらいだ。

しかしである。宗教観が異なる他国からは、よく言えば王は女神から婚姻の最大の加護を得るが、伴侶となる者は生殖しか仕事がない者と囁かれる。

実際過去に統治王の伴侶となった者は、気を病んで儚くなったという数件の記録がある…。その全てが他国から輿入れしてきた王侯貴族だった。母国からの要職から除された者としての刻印は、彼らの自尊心を蝕み、深く傷つけていったようだった。

慣れない地での根強い女神信仰の被害者たちと言えるが、国民感情としては、この国に新しい女神の血を分け与えてくれた存在として神聖視もされているのだから、少しでも慰めになっていればと、アガベアスル家はいつも祈りを捧げている。それを裏付けるように、過去の統治王の中には婚姻という形式をとらずに生を終えた者も珍しくは無い。また子を持たず次代の指名をすると、さっさと隠居した者もいる。伴侶のいない王達が存在していたのだった。

子を持つこと、婚姻を結ぶこと、はこの国の義務でもあり、加護を授かる慶びでもあるのは確かだが、尊重されるべきは王族といえど本人の意思であるので、どこよりも王が自由であるのも確かだった。



そういう訳での、特定の相手を作らない、である。

「まさか帝国の!皇帝の!弟様から!王配の立候補が来るなんて思わないでしょ?」

帝位継承権第3位、先帝の第二皇子 ディノ・セリオ殿下からの書面が届いた。先週の事である。

「先触れとはいえ、近いうちに使者が正式な書状を携えてやってくるでしょうな」

国境の山脈を挟んで対峙する帝国とは、太古から紆余曲折ありながらも、現状は平和協定を結んでいる。帝国の神事にアガベピニャが関わる内容のものもあるため、そこは祭祀王が請け負っているのだが、上手くやってくれていた。

だが歴史上、帝国とテキラナ国とで婚姻関係を結んだ例はない。関係の継続と平和のために結んでも問題は無いのだが、政治的な側面として考えると帝国側に利点はなく、テキラナ国としても、過去の例から見ても輿入れしてきた伴侶の扱いに悩むのが正直なところなのだ。

「困ったな、本当に」

高貴な血筋の方だ。適当に扱うわけにも行くまい。

テキラナ国の婚姻事情を知らないわけでもないだろうに、わざわざ、王配としてこの先も共にありたい、とあった本人直筆の書面に頭を抱える。

「初対面は帝国騎士団の親善試合の場でしたか」

「ええ。何故か知らないけど、模範試合を申し込まれたわ」

まだ次期統治王の指名を受けていない5年前のことだった。帝国からの招待を受け、先代の統治王と共に訪問したことを思い出す。

テキラナは周辺を魔獣が闊歩する森に囲まれた地域もあり、物心ついた時から剣を振り、弓を携え、大型の騎乗魔獣を操る術を叩き込まれてきた。もちろん実地訓練を兼ねた討伐作戦もかなりの数をこなしてきた。が、それはアココトリのみにあらず、この国の、あるいは諸国の似たような地域に住む者は自然と身につける術でもある。特別なことはなく、生きるために戦ってきただけであり、また王として勝つため、魔獣の生体などを身をもって学ぶために身を投じてきた事だ。

帝国ではそういった仕事は騎士団のものとされる。故に、女の身で魔獣を討伐する話は、物珍しさから瞬く間に広がり、皇弟殿下の耳にも入ったらしい。

面白いから勝負をしよう。どういう闘い方をするのか見てみたい。…そんな話だったような気がする。

ホセがため息をついた。

「で、うっかり勝ってしまった、と」

「だって」

ムカついたんだもの、はさすがに口にしなかった。

「興味を持たれてしまったわけですか。しかし5年前の1度きりで、顔合わせではなく、剣を交えた相手に何故今さら?」

「わたしが聞きたいわよ…、まさか乗っ取り?わたしを差し置いてこの国を……?」

「さすがにそれは浅慮でしょう」

「どっちにしても、お断りすることは変わらないわ。返事も慎重に考えたいところね」

「…いずれ産まれるお子が火種にならないとは言えませんからな…」

アココトリが口を尖らす。

「世継ぎなら、わたしの子でなくてはならない決まりはないでしょう?」

我らは等しく女神の子。

アガベアスル家の血があれば、王の子でなくとも統治王の継承は可能とされる。実際、先代は大伯父なのだ。嫁に出た姉のジャカランダは現在3人目を妊娠中だし、そこから次代の指名をすることもできる。

ホセが頭を抱えた。

「我が国であればそうです。しかし帝国は我々とは違う信仰や教義、そして政治的な意図を複雑に持っている。だからこそ大国を維持継承していく底力が高いのも事実なのです。テキラナでアガベピニャ様の子として産まれても、帝国側は両国の王位継承権を持つ子として扱われる未来は容易に想像がつくもの。……陛下、ドーニャ・アココトリ……どうぞ視野を今まで以上に広く深く持たれますように」

若く美しい自分たちの女王。誰もが、彼女が全身全霊をかけて愛され、健やかであってほしいと願っているのだ。アココトリが微笑む。

「この国は、アガベピニャ様の子どもたちのものよ」

「もちろんです」

「王配を取り込めと女神様が仰るなら、その通りにするわ。だって新たな女神の系譜ができるのですもの。でもそうはならない。なぜなら、わたしがそう決めたのだから」

「ドーニャ…!?」

アココトリはニコリと笑って立ち上がった。

「妹に会ってくるわ。ほっぺをもちもちしたらまた執務の続きに取り掛かるから、文官たちによろしくね」

手を振って歩き去るアココトリを見送りながら、ホセは、はぁぁぁと深く息をついた。


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