宅配便と年齢確認
夕方。
カレーの煮込みがいい匂いを漂わせるキッチンで、日向ママは鼻歌を歌いながらエプロンを揺らしていた。
そこへ、玄関のチャイムが鳴る。
ぴんぽーん。
「はーい!」
元気よく走っていくと、ドアの向こうには見慣れた宅配員・吉岡さんが立っていた。
だが、ママを見るなり一瞬固まった。
「あっ、こ、こんにちは……じゃなかった。えっと……お母さん、は……?」
「わたしですけど?」
ママは胸を張って受け取り端末をのぞく。
吉岡さんは困惑したまま頭を下げた。
「毎回すみません、でも規則で……年齢確認だけ、お願いできますか……?」
「成人してますよ。正真正銘の三十路です」
「……本当に、ですか?」
「失礼ね!? 正真正銘って言ってるでしょ!」
と怒りつつも、ママは免許証を取りに玄関を離れた。
だが、戻ろうとしたところで、息子そらが廊下でばったり。
「あ、宅配? 母さんまた年齢確認?」
「またって言わないでよ! 今日はスムーズにいくかと思ったのに!」
ふたりで玄関へ戻ると、吉岡さんはまるで“不審物を見失った警備員”みたいな焦り顔で周囲を見渡していた。
「い、いなくなった!? あの……ちっちゃい子……」
ママはぴょこんと手を上げた。
「ここですよ」
吉岡さんは心臓を押さえた。
「す、すみません! いなくなったと思って……!」
「わたしの移動速度、幼児前提にするのやめてくれる!?」
免許証を提示すると、吉岡さんは真剣な顔でじっくり確認し、それから深くうなずいた。
「……本当に三十代……」
「本当だよ!」
「えっと……見た目が……いや、その……かわい……あの……」
ママは頬を膨らませた。
「言いたいことあるなら言いなさい」
「かわ……かわ……子どもみたい、です」
「最後の言い方だけ優しくしたわね!?」
そらが後ろから冷静にツッコむ。
「母さん、もう慣れた方がいいよ。統計的に毎回こうなる」
「統計って何よ!?」
梱包された箱を受け取った瞬間、吉岡さんはさらに追い打ちをかける。
「こちら、お酒のギフトなので……受け取りのサインも成人確認項目です」
「お酒!? そら、あんた勝手に買ってないでしょうね!?」
「買わんわ」
ママはサインをしながらぶつぶつ。
「この家で一番飲まないのがわたしよ……」
吉岡さんは申し訳なさそうに深々と頭を下げた。
「毎回本当にすみません。でも、こう……小学生さんみたいで……つい……」
「いまの『さん』付けの優しさはいらないの!」
「……かわいくて……」
「褒めてるようで褒めてない!」
そらが淡々と解説する。
「母さん、褒められてるんだよ。だいぶ歪んだ形で」
「うれしくない!」
結局、配達の確認だけで十分以上かかった。
玄関が閉まると、ママは床にしゃがみこんで、カレーの香りに包まれながら嘆息する。
「……どうしてわたしが普通に受け取るだけで、こんなドラマ生まれるの?」
そらが言う。
「母さんが普通じゃないからだよ」
「うっ……正論だけどちょっと傷つく!」
夕飯のテーブルに座ったとき、そらはカレーを食べながらぽつりと言った。
「でもまあ……そうやって母さんが突っ込んでる姿、俺は結構好きだけどね」
ママは一瞬固まり、ゆるっと頬がゆるむ。
「……なによ、急に優しいこと言うじゃないの」
「事実を言っただけ」
再び「素直じゃないわね〜!」と軽く叩きながら、
ママの“合法ロリ大人生活”は今日も平常運転なのであった。




