私の大好きなおねえさま
「おねえさま、だいすき!」
「わたしも、シャーリーのことが大好きよ」
私は、世界で一番おねえさまのことが大好き。優しくて、あまくて、ふわふわしていて、あたたかくて。
ずっと一緒にいたい。ずっと傍にいたい。心の底からそう思う。
「ほんとう?おねえさまも、せかいでいちばんシャーリーのことがすき?」
おねえさまもきっと、私のことが大好き。だけど⋯⋯
「えぇ、もちろん。シャーリーのことも、お母さんのことも、お父さんのことも、みんな世界で一番大好きよ」
「やったぁ!」
私の"好き"と、おねえさまの"好き"は違う。
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何時からだろうか。家族に対する愛情でも、友人に対する愛情でもない。明確に、おねえさまに対して、恋心を抱いたのは。
始まりは、初めて会った時のこと。お母さんとお父さんが再婚して、新しく家族になったあの日の夜。
『初めまして、シャーリー!わたしの名前はエミリアよ。ずっと妹がほしかったの!だからあなたと家族になれて、本当に嬉しい。これからあなたのお姉さんとしてよろしくね』
今思えば、あれはきっと一目惚れだった。初めて見るお姫様みたいにキラキラしたおねえさまに、幼い私は身も心も奪われてしまったのだ。
『おねえさま?』
『まぁ!とっても嬉しいわ、シャーリー!これからよろしくね』
そう言って微笑んだおねえさまは、きっと物語に出てくるような女神様よりも綺麗で、輝いていて。こんな素敵な人が家族になるんだって、すごく嬉しかった。
それからは、毎日が奇跡みたいな日々が始まった。
『シャーリー、もう朝よ?そろそろ起きましょう?』
毎日おねえさまが起こしてくれて。
『もう、好き嫌いはダメよ?ちゃんとバランスよく食べないと、立派なレディになれないんだから』
毎日おねえさまとご飯を食べて。
『シャーリー、この間よりとっても上手になったわね。流石私の大事な妹だわ!』
毎日おねえさまとレッスンを受けて。
『ここはこうするのよ。シャーリーにはまだ少し難しかったかしら?』
毎日おねえさまと授業を受けて。
『おやすみなさい、シャーリー。良い夢を』
毎日おねえさまの隣で眠った。
幸せで、幸せで。幸せすぎて、怖かった。いつかこの幸せが壊れてしまったらどうしよう。この幸せを、奪われるなんてことがあったらどうしよう。
不安で、不安で、幸せであればあるほど、不安で、怖くて。
そんなある日、あいつがやってきた。
『シャーリー、紹介するわね。第一王子のレグルス殿下よ。殿下は私の⋯⋯その、婚約者なの』
恥ずかしそうに頬を染めたおねえさまの隣に立つのは、眩い金の髪をした王子様だった。
知ってる。お姫様のとなりには、王子様がいるものなのよ。
知ってる。お姫様を助けるのは、いつだって王子様なのよ。
知ってる。おひめはまがすきなのは、おうじさまなのよ。
『⋯⋯』
違う。そんなの、間違ってる。
鏡の中の、私が言った。
『シャーリーの大好きなおねえさま。おねえさまをシャーリーから奪おうとする人は、みんな敵。物語の悪役なの。悪役は最後には、消えてしまうものなのよ』
あぁそうだ。こんな簡単なこと、どうしておもいつかなかったんだろう。
『奪われたなら、奪い返せばいいのよ。何度だって』
ねぇ、おねえさま?
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『シャーリー、最近殿下の様子が少しおかしいの。大丈夫かしら?』
大丈夫ですわ、おねえさま。きっと初めての学園で、気分が上がっているだけです。
『シャーリー、殿下が平民の女の子を常にお傍に付けるようになったの⋯⋯』
殿下は酷いお方ですわね。こんなにも素敵なおねえさまより魅力的な女性なんてこの世に存在するはずがないのに!
『シャーリー、学園で変な噂が広まっているの。わたしがマリアさんを虐めているって⋯⋯』
まぁ!おねえさまがそんなことをするはずないのに、酷い噂ですわ!
『シャーリー、殿下にマリアさんと少し距離をとってはどうですかと申し上げたらね、お前の顔なんか見たくない、二度と話しかけるな⋯⋯ですって。わたし、何を間違えてしまったのかしら⋯?』
おねえさまが間違えるはずがありません!間違えているのは殿下の方ですわ。
シャーリーだけはずっとずっと、おねえさまの味方ですわ。
少しづつ、少しづつ。ガラスでできた綺麗な器は、一度ヒビが入ったら、もう二度と戻らない。
―――事件が起こった。
「いやぁぁぁあ!!!」
「マリア!!!」
とある女子生徒の甲高い叫び声が、学校中に響き渡る。
「いだい、痛いのぅっ!!!たすけて、誰か助けでぇ⋯⋯!!!」
「早く神官を呼んでくるんだ!!」
慌てて駆けつけた神官が、少女の瞳に手をかざす。
「治療は無事に終わりました。命に別状はありません。視力にも問題は無いはずです」
「本当に良かった⋯⋯!」
「レグルスさまぁ、あたし、痛くて、怖くてぇ⋯⋯」
レグルスは泣きじゃくる少女⋯⋯マリアの肩を抱き寄せて、周囲を鋭い眼光で睨みつける。
「⋯マリアにこんな仕打ちをした大罪人は誰だ!!今すぐ名乗り出れば命だけは保証してやろう」
静まり返った空間の中、一人の少女が手を上げる。
「あの、私⋯⋯見たんです!エミリア様が、この教室が去っていくのをっ」
そこからは、一瞬の出来事だった。
大した取り調べも、調査も無くおねえさまは捕まって。第一王子の真実の愛を傷付けた大罪人として裁かれた。
事態に気付いた国王陛下やお父様方が隣国から帰ってきたのは、連日の拷問の末に五感を失い、おねえさまがおねえさまではなくなった後だった。
元第一王子は廃嫡の末毒杯を賜り、処刑。寵妃であった少女は拷問の末に王都の広場にて公開処刑。少女が襲われた事件におねえさまは何も関与しておらず、ただの少女の不注意だった。
また、おねえさまが少女を虐めているという噂は少女が故意に流したものであり、おねえさまが少女をいじめたことは一度たりともなかった。
「それでこそ私のおねえさまですわ」
おねえさまは、絶対に誰かを傷付けたりなんかしない。どんなに自分が苦しめられても、決してやり返したりなんかしないのだ。
優しくて、あまくて、ふわふわしていて、あたたかくて。
「あぁ、⋯⋯ぅあ、うぅ⋯⋯!!」
「大丈夫ですよ、おねえさま。シャーリーはずぅっとお姉様のそばにいますから」
凍えるような寒さの中、暖かな光を放つ暖炉の傍で私たちは抱きしめ合う。震えるおねえさまの体をぎゅっと抱きしめて、あまい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
ここは最果ての修道院。こわれたおねえさまと、おねえさまを支える私たちだけの楽園。何も出来なかった負い目と後悔に苛まれているお父様とお母様は、私たちを快く送り出してくれた。
「二人はおねえさまが回復することを望んでいるんだろうけど、そんなこと絶対にしてあげない。だってそうしたら、おねえさまがまた誰かに奪われちゃうもの。おねえさまだってそんなこと、望んでないでしょう?」
一度ならず二度までも、私の傍からおねえさまが離れていくなんてこと、絶対に許さない。おねえさまはずっとずっと、私だけのものなんだから。
「相変わらずお前の魂は美しいなぁ?」
私たち以外誰もいなかった空間に、男の声が突如響く。
「なんの用かしら、悪魔さん?」
「お前の魂が浄化されていないか確認に来たのさ。だが心配は無用だったらしいな。どろっどろの、悪魔でさえ恐怖を抱くほどの穢れた漆黒。俺様レベルじゃなかったら、まず取り込まれてるぜ?」
「そんなことを言いに来たのなら早く帰ってくれるかしら。この空間に私たち以外の存在は必要ないの」
こいつは悪魔。数年前、偶然見つけた悪魔召喚の書で呼び出した裏の世界の住人だ。死後その魂を捧げることを対価に、何でも望みを叶えてくれる。
「まてまて、今日は面白い話を持ってきたんだ。あの愚鈍な王子と俺様が用意した娘が処刑されたのは知ってるだろう?そいつらの魂が良い感じに濁ってたから味見してみたんだがな、これがまずいのなんのって」
「⋯⋯そんなことをわざわざ言いに来たのなら二度と立ち入れないようにするけれど?」
「お前の魂を喰らうのがより一層楽しみになったって訳だ!お前は美味いままでいてくれよ?ではまたなっ」
おねえさまと私を繋げてくれた恩人でもあるが、私たちの世界を邪魔する害悪でもある。これ以上邪魔をするようなら、次はあいつを消してしまおうか。
そんなことを考えながら、私はおねえさまに話しかける。
「おねえさま、落としたガラスは、粉々になってしまうんです。美しかったはずの器は、ただのガラクタになって、捨てられてしまうんですよ」
でも、一度溶かしてしまえば、またその形を取り戻す。
「けど、私はそんなこと絶対にしない。だって、例え粉々に砕けたとしても、美しいのに変わりはありませんもの」
だから、ずっと一緒にいましょうね?
「私の、わたしだけの、大好きなおねえさま」
私のガラスは、とっくの昔に壊れてる。