接触
戦闘クローン7号。6号で実戦投入した生体バッテリーを、非常用の生命維持目的から力の増強へと方向転換した身体を持つ。
接続が並列から直列に置き換わったようなものだ。
当然身体の損傷が生命の維持できる範囲を超えたら死ぬ。
だが、見た目から想像出来ない身体能力を実現した。
一般的な女性の体格の1型と大柄な男性の体格の2型が作られ、6号に代わって主力となっている。
春先の優しい気温も初夏の汗ばむ気温に変わって来た7月初旬、ユズとしての院内生活も板について来た頃、1型が過負荷で両腕が破裂して運ばれて来た。
「俺は今から手術に入るからしばらく部屋開けるけど、前の身体の時の関係者とは絶対に接触するなよ?話しかけられても知らない人を演じろ」
「へいへーい」
院長室の一角を私室として拵えてもらい、最近はそこに引きこもっているユズ。
沢井はバタバタと慌てて出て行った。
7号の1型と2型は6号だった頃に会った事がある。
無口な1型とうるさい2型、そんな印象だった。
自分が知らないだけで、今も水面下は慌ただしく状況が変わり、そこには戦闘クローンの力が大きく影響しているのだろう。
そこに自分が居ない不甲斐なさと、目的のない惰性の生活で、ユズという存在は非常に不安定なものになっていた。
「退屈がこんなに辛いとは思わなかったな」
窓を開けて蒸し暑い空気を部屋に入れて、少し外の雰囲気を味わう。
窓から見下ろした駐車場には、古いセダンのボンネットに腰掛けてタバコを吸う2型が見えた。
気付かれないように体を引っ込めて、そのままベッドに腰掛ける。
今の身体での面識は無いが、関わらないに越した事は無いだろう。
「退屈だ」
そう呟いて横になると、すぐに眠りについた。
窓から外を眺めていたユズを、2型は認識していた。
「沢井先生のモルモット、回復したんだな」
何故かこちらに気づいて隠れたが、向こうは俺を知らない筈なのに何故だろう。壊れる前に会った記憶は無い。
短くなったタバコを最後に一吸いして、腰掛けていた古いセダンのボンネットで揉み消した。
ポイ捨てすると怒られるので車内の灰皿に吸い殻をねじ込むと、1型の様子を見に病院に向かう。
自動ドアを抜けると、冷房が効いて肌寒いくらいに冷えていた。
受付に付き添いだと伝えると、まだ手術中だと言われ、談話室のような部屋に案内された。
5つのテーブルがあり、入院患者とその家族がここで時間を過ごすように作ってあるのだろう。
一番端の席に座り、背もたれに体を預ける。
「もう少し上手くやれた筈なんだがな」
天井の模様を眺めながらぼんやりと呟いた。
じっとしてると1型の事が心配で落ち着かない。
未登録のクローン人間の流通ルートの調査中、流通業者の用心棒と1型が鉢合わせしてしまった。
身長が2メートル近くある用心棒の男と、身長1.5メートル弱の1型。しかも向こうは男でこちらは女だから力比べになったら当然敵わない。
インカム越しに接敵したとだけ聞こえて、そのまま戦闘が始まったらしく返事は返って来なかった。
1型が居るのは15階建て雑居ビルの最上階で、俺は地上で待機していた。急いで向かうがその間に状況が悪化するのは容易に想像できる。
非常階段を駆け上がり、10階を過ぎた辺りからだんだん物音が喧しくなってきた。
非常階段から15階の廊下に出ると、そこには両腕がぐちゃぐちゃに破裂したまま、用心棒の喉笛を食いちぎる1型が居た。
自分の血と返り血で真っ赤に染まった1型は、食いちぎった喉仏の辺りの肉をペッと吐き捨ててこちらに歩いて来る。奥に見える用心棒は、首があり得ない方向に折れ曲がって絶命していた。
「ごめんなさい、電力も使わないと勝てなかった」
フラフラとこちらに凭れると、ちょっと寝ると言って動かなくなった。
そんな1型の両腕を、用心棒のネクタイを半分に千切って縛り止血する。
そして抱き上げると、再び非常階段を使って地上を目指した。
幸い誰とも遭遇しないまま車まで来れた。
とはいえずっと血の跡が続いている。早いとこ撤収しないとまずい。
医者に連絡を入れて病院に到着するまで、1型が死んでしまわないか不安で仕方なかったが、引き渡してようやく力が抜けた。
いろんな事が一気に起き過ぎて、頭の中がごちゃついている。
談話室の隅っこで、ようやく気持ちの整理がついてきた。