記録
得意先の戦闘クローン人間、通称6号の身体が修復不能になった為、実験で脳死状態であった実験体13番の身体に試験的に脳移植を実施。
ただし、これは独断で実施した為、6号の所有元はこれを把握していない。
意識の回復と同日に、運動機能の回復を確認。
自律行動に問題は無し、現在のところ幻聴幻覚も無く安定している。
パソコンに経過報告を入力して、沢井は椅子に凭れて背伸びする。
気分転換がてら、屋上にタバコを吸いに部屋を出た。
実験体13番、人間登録されていて、沢井ユズという名前があった。
便宜上、沢井の娘という形で運用していたからだ。
脳の処理機能を通常の人間の50倍程度に向上させる試験の最中に、細胞が崩壊して脳死状態になった。
引き続き臓器の試験に運用する為に残されていた身体が、まさかこんなところで役立つとは思わなかった。
6号が運ばれて来た時は、そのまま終わらせようと思っていたが、脳の機能がまだ正常だと確認出来たので、移植に踏み切ったのだ。
ようやく意識が回復すると、無事に6号の人格で目覚めたので一安心した。
元の実験体であるユズは、実験へのストレスで精神が崩壊寸前であった。だからあんな笑顔は初めて見た。
元の彼女の精神が崩壊しなかったのは、恐らく彼女の精神力がそれだけ強かったのだろう。
手を握って欲しいと頼む彼女に、無責任な笑顔を向け、無責任な言葉を投げかけた。
いつか自由に旅をしてみたいという彼女に、そのうち行けると誤魔化した。
冷たい彼女の手の感触を、今でも鮮明に覚えている。
沢井ユズとしてここに置いておくべきか。
6号は、死亡診断を出してから焼却処理を済ませてある。
今、ユズとして活動を再開していても、得意先の代表の立ち会いのもと焼却を済ませているので、すぐには気づかれないだろう。
「せめて、彼女の希望を尊重してやるか…」
エレベーターに乗って呟く。
戸籍の偽造は済ませてある。適当な事を言って遠いところに引越しさせて、穏やかに生活させてやりたい。
これは6号の為ではない、沢井ユズという人間が生きた証を残したいというエゴだ。
そんな事は何も知らない6号、もといユズは、屋上のベンチに座って春風を楽しみつつプリンを食べていた。
野良猫が日向ぼっこするように、目を閉じて日光を浴びながら咀嚼している。
「こんなとこに居たか」
屋上に着いた沢井が、ベンチに座り足をブラブラさせるユズに声をかける。
「なんとか階段で屋上まで来れたけど、なかなか体力が無いね」
右手に持ったスプーン。ユズは左利きだったから、改めて中身が違うんだと実感した。
「目覚めた当日に歩行出来るだけでも相当すごいんだけどな」
タバコに火をつけて煙を深く吸い込む。
その煙を吐きだすと、ユズの隣に座った。
「この程度の運動能力だと、近接戦どころか拳銃すらまともに扱えない。ナイフにしても筋力が足りない」
小さなスプーンをナイフに見立てて、切りつけるような動きをして見せる。
刃を対象物に滑らせるようなしなやかな動き。無駄が無いというか、洗練されている。
「切るよりも刺す動作の方がいいかな、支給のナイフも入れ替えとくか」
ブツブツ呟きながら、動きの改善点を探り始める。
「お前はもう沢井ユズなんだ。そんな場面に出くわす事も無くなる」
安心させるように穏やかな口調で伝える。
「じゃあ俺は何をしたらいい?」
だが、安堵するどころか不安で表情を曇らせた。
「何もしなくていいんだ。お前のやりたい事をやっていいんだよ」
取り繕うように言うが、ユズの表情は更に曇る。
「沢井さん、俺、戦うことしか知らないし、それしか出来ないんですよ」
「それ以外にも何かあるだろう?」
「俺たちはただの道具なんだ!殺したり壊したりする為の道具なんだよ!用途の無い道具はゴミとして処分されるのが俺たちの常識だ!変に甘やかさないでくれ!」
食べかけだったプリンとスプーンを乱暴にビニール袋の中に入れると、立ち上がって屋内への扉に向かう。
「待て!」
立ち上がり、ユズの腕を掴んで静止しようとしたが、その腕を逆に引き寄せられて、胸ポケットに入れていたボールペンを奪い目に突きつけられた。
「何で生かした?情けか?」
適当な嘘なんか並べたらボールペンが目に突き刺さる。油断していたから腰の拳銃を抜く事も出来なかった。
「…そうだよ、情けだ」
絶望、怒り。そんな顔でこちらを睨んでいる。
「お前への情けじゃない。その身体への情けだ」
それを聞いて、数秒の間が開いてから解放された。
「そういえば、この身体って沢井さんのおもちゃだったね…」
奪っていたボールペンを返しながらユズが言う。
「そうだ。戸籍上は俺の娘だ」
「マジかよ…。じゃあまたこれから生きた実験体として酷使されるわけだ」
「いや、もうその身体も実験には耐えられない」
乱れた白衣を整え、落としたタバコを拾う。
「なるほど、脳死状態より自発的に生命維持してくれる方がコストかからないか。なかなかエグい事思いつきましたね」
蔑むような目で笑い、ユズは病室に戻って行った。




