回復
身体を変えたって事は、別の身体に入ったという事。
倫理観から外れた行為を容易く成功させてしまう沢井を、少しだけ怖いと感じた。
上手く身体を動かせず、今の身体がどんな身体なのかすらわからないまま、おとなしく天井のシミを眺めた。
窓の外の空を、飛行機が飛んでいく。部屋に迷い込んだ蝶が再び窓から出て行く。
穏やかに流れる時間と早く回復させたい焦りで、気持ちが不安定になる。
重たい手足を少しずつ動かして、ようやくベッドの柵に掴まる事が出来た。そこから身体を起こそうとするが、そこまでの力は無かった。
「いつまでこんななんだろ」
諦めてベッドに身を委ねると、再び窓の外を見ながら眠りについてしまった。
変な夢。
眠る前と同じ部屋。だけどベッドに横たわって退屈そうに窓の外を眺めているのは、灰色の髪の少女だった。
その様子をただ見つめていた。
「ねぇ」
突然、少女は独り言のように口を開いた。
「私の身体、大切に使ってね?」
「今までみたいに穴だらけになったら怒るよ?」
突然目眩がしたように目を閉じる。
次に目を開けた時には、ベッドから自分を見上げていた。
見慣れた姿の自分なのに、まるで他人のようにこちらを無表情で見おろしている。
「次は身体は大切に、な」
聞き慣れた声だが、酷く乾燥したような声だった。
こちらを見ながら燃え始める。
服は焼け落ち、髪は縮み上がり、皮膚は焦げていく。髪の焼ける嫌な臭い、焼いたウインナーのように弾ける皮膚、滲む体液。
自分が焼け死んでいく光景を見ながら、身体は動かず何も出来ずに嗚咽を漏らした。
「やめてくれ…」
自分の寝言で目が覚めた。
起き上がりベッドの横を見るが、焼死体は無いし焦げ臭い悪臭も無かった。
そして身体が普通に動くようになっている。
「嫌な夢…」
自分で呟いた声は、さっき夢で聞いた少女の声だ。
夢の続きを手繰り寄せるように自分が立っていた場所を見るが、そこには何も居ない。
状況を少しずつ理解してきた。
「嫌な夢だよ」
改めて呟く。
もう存在しない自分の体を想い、少しだけ祈るように目を閉じ俯いた。
さて、身体が動くようになったならば、先ずは身体能力の確認だ。
ベッドの枕元にある棚に所持品がまとめてあったので、そこから財布を取り出すと、ベッドの下に並べてあったスリッパを履いて部屋を出る。
歩幅が小さい。いや、身長がかなり低くなっているから必然的に歩幅も小さくなっているのか。
目線も低い。こんなにも見える世界が変わるのかと驚きながら、売店に向かった。
突き当たりのガラス張りの冷蔵庫にプリンを発見、ビッグサイズと標準サイズ、どちらにするか悩む。
体格を考えると標準サイズ、だが今日は回復祝いも兼ねて…。
「これください!」
「はい、180円ね」
袋にスプーンとビッグサイズのプリンを入れてもらい、それを持って屋上に行く。
せっかくのプリンだ、いい場所で食べたい。
「はぁ、はぁ」
鈍ってる体を鍛えようと、6階建の病院を階段で上る。だが3階の時点で体が重たく感じていた。
建物の屋上に辿り着く頃には、手摺に掴まってないと転倒しそうな程息切れしていた。
屋上に出ると、洗濯したシーツがたくさん干されていて、気持ち良さそうに風に揺れている。
暖かい日差しと柔らかい風が、髪をフワリと撫でた。
柵に凭れて呼吸を整えると、改めて体力の低さを痛感する。
太陽に温められた屋上のコンクリートに寝転んでようやく落ち着いて呼吸出来るようになってきた。
「どんだけ弱ってんだよ…」
快晴の空を見ながら呟いた。