あとがきの意味
そしてついに! ついについについに! その時が来たのです!
物語の分岐の数がなにかの臨界量を越えたのか、あるいは単に私の選別の技術が向上したのか。
四巻後半、急に物語が動いた時。
私が思考する前に、キャラたちは動き、最適な展開を作り出しました。
悟りました。キャラたちがついに自力で動き始めた!
キャラが血肉を得たなんて陳腐なことを言うつもりはありません。しかし、彼らは私の選別によって、私たちの世界の人間と同じように呼吸をしたのです!
彼らは生きているのです!
紙面を通してとはいえ、彼らの世界は実在し、全てが生きているのです。
そうだ! 生きている! 生きているのです!
このときの私の喜びようが分かりますか!?
いままで自分の想像力を働かせないとならなかった『ドーン・ストライド』の世界が、今では向こうから私に影響力を与えてくる!
一つの独立した、完全な世界!
私の作った物語はここまで成熟した!
今まで、なぜ私はこうも苦しい道を歩いてきた!?
なぜ、他の全ての可能性を投げ捨て、物語なんてものを書く道を選んだ!?
賞? 印税? 栄誉?
違う!
そんなものは違う! そんな分別可能な物欲など望んでいない! 私はこれを望んでいたのだ!
自分が作ったものが生きるさまを! 自分が愛したものが息づくさまを!
「絵描きはその手で世界を創造する」
これは前世紀末の印象主義画家の台詞だが、文章を書く私たちは、彼らの上を行くことができる。
文章により多くの情報を込め、果てのない選別を繰り返す。
そうして産まれた私の世界は、絵描きの静止した世界とは比べ物にならない広さを誇る。
広い世界!
完全な世界!
そして、私の作った世界。
言うまでもなく、神の力を持つ私は、私の世界での神にあたるのだ。
他に何という名で呼ぶことができよう?
『ドーン・ストライド』の選別を、私は司るのだ。
現実世界では、どんな大統領や独裁者といえどもこの職には就けない。
人類という種の限界のせいだ。
しかし、私の場合は違う。舞台が根本から違う。
私は私の世界でそれになった。
主の力を見よ(ファハムス・イラーシュ・ストリューフム)!
私の選別は自信にあふれ、これ以上ないほど洗練された。
かくして『ドーン・ストライド』は完結する。
完結が意味することは明白だ。
私の『ドーン・ストライド』はいかなる読者が選別しようとしても耐える、その存在感を得た。
私はやり遂げたのだ!
私はかつてないほど、濃密に『ドーン・ストライド』を感じている。
『ドーン・ストライド』を書き始めてから初めて、私は満たされた。
このあとがきで『ドーン・ストライド』は修飾される。
これを読む現実世界の人間は、様々なことを考え、口にするだろう。
このあとがきそのものでさえ、物議を醸すに足るエネルギーを持っている。
ペンを置く時が来たようだ。
もう、私が何も言わなくても、『ドーン・ストライド』の世界は十分すぎる存在感を持った。
いままでは現実からの情報と選別に『ドーン・ストライド』はかき回され続けた。
だが、これからは違う。両者は対等になったのだ。
私の『ドーン・ストライド』が現実世界にどのような影響を与え、改変していくのか。私は『ドーン・ストライド』の神として見守り、楽しんでいくことにする。
これを読む諸君も、私の『ドーン・ストライド』から受けた影響を楽しみつつ、生きていくがよい。
それでは、これにてあとがきを終える。
……。
……なんだ?
なぜあとがきが終わらない? 私のペンは動き続けている。
ペンよ、止まれ! だが、止まらない。何かの力が私を動かしている。
力!
そうだ。『ドーン・ストライド』からの影響力が作用しているのだ!
おおっ!
物語の力は著者にして神である私を動かすほどに強大なのか!
私は幸運の絶頂にある。
だが、直後に私ははっとする。
被造物は、造物者に力を及ぼすことができるほど強大なのか?
いや……それがどうした。私は『ドーン・ストライド』の神なのだぞ……。
私は得体の知れない不安に襲われ、窓の外へ目をやる。
この不安は何なのだ?
外では音もなく雪が降り続けている。
この現実も神が選別で産んだ物語なのだろう。
私が選別をしていることから察するに、現実という物語は完結している。
では、完結した後、神はどうなるのだ?
人間の存在は神にどういった影響を及ぼした?
私は窓の外に黒いものを見た気がして、顔を上げる。
口から心臓が飛び出そうになった。
魔物だ。
庭に魔物が立っている。
全身に黒い毛を生やし、顔は意地悪なオオカミを彷彿とさせる、二足歩行の邪悪な生き物。
間違いない。魔物だ。
モレリたちの行く手を何度となくはばんで、その度にばたばたと倒されたザコ魔物の一種。
描写しなれたその姿を見て、私の体は震え始めた。
なぜ、外にこんな奴がいる?
『ドーン・ストライド』の中にいるべき魔物だぞ!
これは私の心の迷いが産んだ幻だろうか? 私の精神が、肉体を害するために作ったホロウなのか?
バカな。そんなティプトコス派二元論者の戯言じゃあるまいし。
魔物よ、消えよ!
私は腕をさっと一振りする。だが、魔物は消えない。
それどころか、こちらへ歩いてくる。
魔物の眼はギラギラと輝いていて、リアルだ。足下へ眼をやると、新雪の上に影さえある。
信じがたいことに、この現実世界に魔物は実在している。
冗談はよせ! ここは現実なんだぞ!
急に、テレビで見た話を思い出した。何年か前だったか。
人間は知覚した情報の、実に九十九パーセントまでもを想像力で補っているらしい。
……現実は……私を守ってくれる盾ではないのか?
落ち着け! それがどうした!
私は彼らの神で、造物主なのだぞ!
私は『ドーン・ストライド』にこんなに愛を注いできた! 彼らも私に愛を返してくれていいはずだ!
私は魔物を睨んだ。
……この魔物は私を傷つけるつもりだ。魔物はそういう生き物だ。
そういう設定なのだ。
一体、なぜこんなことになってしまったのだろう?
私は不用心すぎたのかもしれない。
現実は、柔軟なのだ。蝶が羽ばたけば嵐が起きる世界なのだ。
現実は鏡のような、静かな場所ではない。
そして、私は完成した物語という、もう一つの世界をその内部に産んでしまった。
おお、どうすればいい? 魔物はまた一歩近づいてくる。
私に魔法は使えない。剣も持たない。
台所にフライパンぐらいならあるが……そういう抵抗が無意味ということを知っている。
多くの村人たちが、似たような空しい努力をしたのだから。
魔物を倒すのは勇者と決まっているのだ。
モレリ! モレリなら私を助けてくれる!
私の『ドーン・ストライド』ならそういう展開になっていいはずだ!
モレリはどこだ? 大剣片手に、颯爽と現れる救世主モレリは?
魔物はまた一歩近づいてくる。
モレリ? ……モレリ、どこだ?
しまった!
モレリは墓の下だ! 私はそう選別してしまったのだ。
私の文字が恐怖に歪む。
急がねばならない。 私は急いでペンを走らせる。
選別し、選別し、選別する。
モレリの墓は空だ! 奴は生きている! モレリ! ここに来てくれ!
私は書いて書いて書きまくった。急げ急げ!
魔物はすぐそこだ。
モレリ! 助けてくれ!
「努力するのだ、息子よ」
モレリがいつも言っていた台詞。それが耳元で聞こえた気がした。
違う! 私はおまえを作った!
私はおまえの父であるべきだ!
それに対して、モレリの笑い声が聞こえた。
モレリはいつも多くのことを知っていて、その行動は読者の予想を越えるのだ。
モレリ! おまえの死という事実を消してやる! おまえの墓は空だ!
私を助けろぉ!
魔物は窓へと手を伸ばした。窓には鍵がかかっている。
よし、わずかな時間を稼げそうだ。その間に選別することができる。
「息子よ、俺の墓は常に空であり、そして常に空でないのだ」
モレリがつぶやいた気がした。
そして――窓は何の抵抗もなく開かれた。
私は口をあんぐり。
魔物の妖気や殺気、匂いなどが部屋へとなだれ込む。それを彩色するのは粉雪と、厳しい寒さだ。
窓には確かに鍵がかかっていた!
こんなことがあってたまるか!
魔物は部屋に上がり込んでくる。長身だ。
……そうか。
分かった。
私は理解してしまった。
あるいは、初めから気付いていたのに、認識するのを拒んでいたのか。
二種類の窓があったのだ。
鍵のかかった窓と、鍵のかかってない窓。
そして、かかっていない方の窓が選別された。
私の仕業ではない。私の力は現実には及んでいない。
だとすると……。
そうだ。
私は物語の神ではなかった。そもそも神とはなんだ? この言葉は不適だ。まぎらわしい。
私はよく言っても……せいぜいきっかけ。
選別を通じて『ドーン・ストライド』が成長する単なるきっかけでしかなかった。
私は……私は選別を行うことで、『ドーン・ストライド』を操っていると思っていた。
違った。
違ったのだ。
私が選別するということが、選別されていたに過ぎなかったのだ。
途端に世界の構造も見えてくる。
私たちの現実世界を作った、いわゆる神がいることは確かだが、その者も選別の結果に従ってこの世界を作ったにすぎない。
私たちを作った神というのも、作られた存在に他ならない。
そして、その神にとっての現実にあたる世界も、神の上位にあたる者が選別で作ったのだ。
そして、その世界も。
全ては選別が作っている。
万物は選別に支配されている。
いや、万物という言葉でも足りない。まだ存在しない、無限の存在が選別を待っているのだから。
全知全能というものは、全ての選別を司る者を表すにふさわしい。
私のような人間が選別をするのを上から見て、その選別が可か否か決定する者。
選別の選別者。
あるいは、究極の読者と呼ぼうか。
モレリの墓が空か、そうでないのか。それを決めるのは究極の読者であって、私ではないのだ。
私はいまや究極の読者に祈り、懇願している。
肯定し、同意し、承認し、賛美している。
この高次の存在を信仰している。
あなたを満足させ、選別していただくには、どのような選別をすればいいのです?
私は問う。
そして、答えは得られない。
魔物はかっとその顎を開く。いまなおモレリは現れない。
モレリの墓が空なのか、そうでないのか。いまなお明らかにならない。
それでも私は祈り続ける。
祈りが聞き入れられることを祈る。捨て鉢な祈り。
祈りが聞き入れられ、モレリが助けにやってくることを選別する。
私の選別は選別されないだろう。
だが、他に何ができる?
私は選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選別し、選




