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プロローグ

 大きなものが水に落ちる音がした。


 放課後、俺は缶コーヒー片手に、学校裏の湖のほとりを歩いていた。湖の向こうの樹々はまだ青々としていたが、湖面を滑ってくる風はもうとっくに秋のものだった。暑さは過ぎ去ったが、寒いにはまだ遠い。文化祭の準備に飽きたのでサボりに来た。釣り用の露台で湖を眺めながら、コーヒーを飲んで優雅にサボるというのは、我ながら良いアイデアだと思っていた。


 しかしどうやら先客がいたようだ。この位置からでは倉庫の陰になって見えないが、釣り場の方から音は聞こえた。


 音の感じとしては、ちょうど人が落ちたような音だった。どこかのアホどもがふざけて落としたか、と思いうんざりした。回れ右して帰ろうかと思った。しかし、それにしては静かだ。ふざけ合う歓声みたいなものは聞こえてこない。不審に思い、ちょっと小走りに釣り場の方へ駆けていった。


 倉庫の角を曲がった時だった。胸の辺りに衝撃が走った。キャッという短い悲鳴と共に、俺の前に誰かが倒れた。見ると、七瀬である。どうやらカウンターでぶつかったようだ。


「あ……、ごめん」


 俺が一方的に悪いわけではないが一応そう言って、手を差し出した。しかし、七瀬は手を取る代わりに、俺を睨み上げ、スカートに着いた汚れも払わずに、逃げるようにその場を後にした。


「あッ、おい……!」


 音の正体を知ってるかと思い、呼び止めようとしたが、もう七瀬の姿は見えない。全く愛想がないことこの上ないが、子供の頃はあんなじゃなかった。


 まぁ仕方がない。俺は音のした現場へと急ぐことにした。


 だが、そこには特にこれといった事態もなく、誰もいなかった。水辺へと張り出した露台の上を、秋の風が通っているだけだった。湖面は、そんな風を受けて細かく震えている。拍子抜けはしたが、当初の予定通り誰にも邪魔されず、自分の時間を堪能できるのは良いことだ。俺は気を取り直し、露台にあぐらをかいた。


 その瞬間、俺が座った露台の下から巨大な、それはもう巨大な魚影が滑るように沖へと向かっていった。ゆうに一メートルはある。二メートル近くはあろうか。背筋が波打ち、そしてなにか、足元を掬われたような、腰が浮くような、地面を外されて宙に浮いたような、そんな感覚に囚われた。


 ゴトリと鈍い音がした。見ると、缶コーヒーを落としていた。


「あ……、」


 まだ開けていない缶は、露台を転がり、湖に落ちた。



 俺の幼馴染が帰ってこなくなった日のことで、覚えているのはそれだけだ。



 あれから一年が経った。


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