濃厚な接触者の 記録 （旅行後日譚）
これを読んでいるあなた様は、連日の旅行記に飽きたと思います。でもこれだけは、お伝えしたい……！ 後日譚です。旅行の後も、濃厚でした！
そして朗報！ 実在の作家さんから、エッセイに実名を出してよいとお許しがでました！ やすいやくしさんです！ 小学館 ジュニア文庫 「４分の１の魔女リア」シリーズ、通称「魔女リア」の作者、やすいやくしさん！ 最新刊は「４分の１の魔女リアと真夜中の魔法クラス～黒に堕ちた学園を救え……る？」が好評発売中のやすいやくしさんが、この後、実名でご登場です！ やすいさん、ありがとうございます！！
時間は旅行の終了後、Pさまからの電話着信にさかのぼります。Pさまがコロナ陽性となり、私は濃厚接触者となった瞬間です。コロナは怖いが、ネタになる！ エッセイに書くぜ！ でもその前に、私と濃厚接触した方に報告しなければ……。
一緒に旅行をしていた彼は、三島で別れてそのまま遠くへ出張に行ったから安全。
Pさまと会ったのは山の上ホテルを出た後なので、ホテルの皆さまも安全。
新幹線は３列席の窓際だったし、前後に誰もいなかったから問題なし。
私と濃厚接触したのは、お一人だけです。そう。Pさまたちと別れた後に乗り込んだ、江戸弁のタクシー運転手さん。マスクをしていたとは言え、会話が盛り上がってせまい車内で話をした。
どうしよう？
運転手さんのお名前は、バッチリおぼえています。〇〇 三〇〇さん。知らせるべきか、否か？ 悪いニュースを伝えたら、怒られるかもしれない。怒られないかもしれないが、非常に気まずいのは確か。怒られるのを覚悟でお伝えしようか？ いやでも休業補償とかで、お金を要求されたらどうしよう？ いま本当に、お金ないのよ！ お支払いしたくても、お金がない！ じゃあ、黙っておく？ フツー、タクシーの運転手さんのお名前はおぼえてないでしょ？ 連絡できなくても、仕方ないよね？ でも私、おぼえてる……。でもお金ない……。それに怒られたくない……。
かなり悩みました。怒られたくないし、お金払えとか言われたら困るから。でもやっぱり……。
私はノロノロとスマホを検索しはじめました。東京の個人タクシー協会を探す。事務局に伝えて、事務局から三〇〇さんに伝えてもらおう……。やっぱ東京、すごいですね。個人タクシーの協会やら連盟やらが、複数ある。仕方ない。三〇〇さんが所属しているか、聞いてみよう。
最初に目についた協会に、電話をしてみます。時間は１８時。電話から流れるアナウンスは、１７時までの受け付けと言っています。そっか。時間外か。
どうしよう？ 明日まで待って電話をかけるとしても、その間に感染者が増えるかも。今できることは、何だろう？ それにしても、気が重い……。こんなイヤな事、やりたくない。
不貞腐れた顔で、三〇〇さんの名前を検索します。一件ヒットしてしまった！ 住所と自宅の電話番号が掲載してある。住所を見ると、東京の下町です。話し方から下町にお住まいと推理したけど、やっぱり下町にお住いの方だったらしい。住所表記から、一軒家とわかる。東北から上京してタクシーの運転手になって個人タクシーの事業主になって、苦労して家を買ったのでしょう。年齢からして高度成長期の真っただ中に購入した家だから、同じ家が立ち並ぶ建て売りの家。他の家には屋根付きのガレージなんかないけど、三〇〇さんの家には後付けの小さな屋根付きガレージがあって、洗車するための水道栓があるはず。だって車、ピカピカだったもの。って、妄想で現実逃避しても仕方ない。同性同名って可能性もあるし。この方に電話してみて、違う人物だったらあきらめよう。そうしよう。違う人だったらいいなぁ～！！
ドキドキしながら電話をかけます。コール音は鳴ってるけど、誰も出ない。出てくれないほうが、ありがたい。このまま、出ないでくれ！
……はい、もしもし？
出てしまった（涙）。
私：突然すみません。〇〇（本名）と申します。あの……〇〇様は、個人タクシーの運転手さんでいらっしゃいますか？
三：はい。そうですが、なぜですか？
ビンゴだよ……。人生で一番気が重いビンゴ……（涙）。
私：先日、タクシーでお世話になった者です。
三〇〇：そうですか。 お乗り頂いたなら、ありがとうございました。（← 警戒している口調）
私：神保町から東京駅まで乗せてもらって、宮様や大使館の馬車の話を聞かせていただきました。
三〇〇：おお！ もちろん、おぼえていますよ！ あなたですか！ あの時は、たいへん楽しゅうございました！ 無事に滋賀へお帰りになられましたか！？
三〇〇さん、めっちゃ嬉しそうです。ごめんなさい！ 今から悪いニュースなんです！
私：おかげさまで無事に帰ったのですが、すみません！ 先ほど、コロナの濃厚接触者と判明しました！ 三〇〇さんに、ご迷惑をかけてしまう可能性があります！ ごめんなさい！
三〇〇：え…………………………。
長い沈黙が続きます。ごめんなさい！ 車内でせっかく楽しいお話をしてくださったのに、ご迷惑をかけてしまう！！ 個人事業主さんだから、休めば収入に響く！ もし感染してたら、どえらい金額の損失だ！ 家のローンは終わっているだろうけど、あのピカピカの車の型式から見て、車のローンはまだ終わっててないはず！ ごめんなさい！！
三〇〇：あなた……。
私：ほんとに申し訳ありません！ 自分が濃厚接触者と知らなくて！ ついさっき知ったんです！ 知っていたらタクシーに乗らなかったんですけど、知らなくて！ すみません！
これから浴びせられるであろう罵詈雑言に身構えます。ガラっぱちの江戸弁でまくし立てられたら、怖いだろうなあぁ～！ 言い訳できないから、黙って聞くしかないよなあぁ～！ 補償のことを言われたら、どうしよう！？ とりあえず弁護士さんに相談かなあぁ～！ でも弁護士さんに相談するお金がナイんだよなあぁ～！ （※焦っていたので忘れてましたが、貧乏なので弁護士さんに無料相談できる法的な扶助はあります。あなた様がもめた時は、法テラスにご相談ください）
スマホを持つ手に、汗が流れます。こんな電話、しなきゃよかった！！！
三：あなたは、素晴らしい方だ！
私：えっっっ！？
三：行きずりのタクシー運転手のことまで気にしてくれる人は、そうそういやしねぇ！ それなのにあなたはちゃんと教えてくれたじぇねぇか！ 大丈夫でさぁ！ こちらとらプロのタクシー運転手だ！ ちゃんとコロナ対策もしてるし、お気にすることありませんぜ！ あなたは本当に、素晴らしい方だ！
誉められた！？ 怒られると思ったのに、褒められてるっっっ！？
三：あたしゃ、嬉しいですよ！ 血も涙もないヤツばっかと思ってたのに、こんなにイイ人がいるなんて！ よくぞ教えてくださいました！ でもご心配には及びません！ コロナにならない対策もしてますし、よしんばコロナになったとしても、想定内でさぁ！ あたしゃ、プロの運転手ですから！
私：うぇ、うぁ、あの、私もまだ検査してないので、陰性かもなんです。だから〇〇さんに、伝染してない可能性もあって……！
三：どっちにしたって、嬉しいことには変わりありませんや！ お電話ありがとうございます！ こっちは大丈夫ですから、安心してください！
私：すみませんが、お知りおきください……。
三：わかりました！ ありがとうございます！ 本当に、ありがとうございます！
なんか、感謝された……（涙）。良かった……（涙）。
そうこうしていると作家仲間のやすいやくしさんから、おかえりメールが届きました。やすいさんはとてもお優しい方なので、私は窮状を訴えます。誉められたのは嬉しいけれど、濃厚接触者という事実に変わりはない！
私：打ち合わせで東京へ行って、コロナの濃厚接触者になってしまいました！
やすいさんは優しく慰めてくださいます。私の心配な気持ちに寄り添って、優しく受け容れてくださる。やすいさんとお近づきになれただけでも、作家になった甲斐があった！ お優しいメールに感動していると、知ってる編集さまのお名前が出てきた。その編集さまはやすいさんと電話で、丁々発止のやり取りをしたらしい。え！？ なんで！？ この編集さま、濃厚接触者のはずだけど！？ バリバリ仕事してますやん！ もちろんリモートだから、他の人に伝染す心配はないです。でもご自身が濃厚接触者って知っていたら落ち込んでしまって、バリバリ仕事するのはムリじゃないの！？ 私ならムリですけど！？ さすが編集さま！ プロ意識がハンパないわ……！
私は仕事はムリなので、やすいさんに慰めてもらいます。優しいやすいさんの優しいメールを読んで心洗われていると、「ソウマチさん、ネタの引き寄せ体質ではないですか？ 作家にとってはおいしい運命の持ち主かも♡」という一文が……。 お優しいから油断していた……。見た目たおやかで触れたら折れそうに華奢な方だけど、めちゃめちゃ優しくて繊細な方だけど、この方も筋金入りのプロだわ……！！ コロナさえネタにする！！！
プロの恐ろしさに震え上がっていると、コミカライズの編集長さまからメールが届きました。こちらの編集長さまとは小学館ビルでご挨拶をしただけで、ランチはご一緒していません。ゆっくりお話したかったけど、お忙しい方なので話す時間がなかった。
編集長さま：この度は弊社の社員がご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございません。
なんてこと！ Pさまのコロナ陽性に責任を感じて、私にお詫びのメールです！ どうぞお気遣いなく！ お互いさまですから！ 編集長さまだって濃厚接触者なのに、なんというご配慮！
お気遣いに恐縮しながら読み進めると「そんな折でございますが、『姫さまですよねっ！？』コミカライズのネームができました。修正点がありましたら、ご指摘ください」
…………仕事の鬼や…………（涙）。コロナとか、関係あらへん（涙）。お詫びは単に、時候のご挨拶やったんや…………（涙）。編集長さまも私もコロナかもしれんのに、そこは大きな問題じゃないんや……（涙）。締め切りのためなら、コロナとか関係ないんや……。これがプロの仕事か……！！
ここまでプロの方々の仕事を見せつけられたら、やるしかありません。プロの怖さに打ち震えながら、ネームを拝見します。今は私は元気だから大丈夫ですけれど、たとえ私が死にそうでも、仕事はやり遂げないといけないのでしょう。健康第一！ 病気とかせんように、死ぬほど（！）気を付けよう！！
そして２日後、検査キットが届きました。ビックリしたのは検査キットが、宅配の手渡しで配達されたことです！ 自宅待機が決定してから届く他の宅配荷物は、持ってきてくださる業者さんに配慮してドアに「濃厚接触にて自宅待機中。 ご用の方はブザーを押したら、ドアから離れてください」ってメモ書いて貼ってたんですけど、じっさい他の業者さんは荷物を置いてブザーを押したらめっちゃ離れてめっちゃ遠くから「どうぞお大事に～！」って手を振ってくれていたんですけど、まさか検査キットが手渡しで届くとは思ってなくて、警告メモを貼ってなかった！ ってかメモが無くても、荷物にデカデカと「コロナ検査キット」って書いてあるから、一目でわかるじゃん！ 手渡しする必要ないじゃん！！ ボロアパートの薄いドア超しに「検査キット、ここに置いておくよ～！」って言ってくれたら、すぐわかるから！ その仕事、めちゃめちゃ危険なお仕事ですやん！ 佐川急便！ ちょっと考えてあげてください！ 配達してくれる方が濃厚接触者と接触しなくていいように！！ 殺し屋よりも危険な仕事やん！ そんな仕事、させんなよ！！
ビックリしながら、検査キットを開封します。なんか色々、書いてある。私、元気だからちゃんと読むけど、熱があったら理解できないと思う。もうちょっとカンタンでわかりやすい文章にしてほしい……。ってかIKEAの家具の組み立て説明書みたいに、ぜんぶイラストにしたらどうや？ ブツブツ言いながら、綿棒を鼻にツッコミます。グリグリグリ……反対の鼻の穴も、グリグリグリ……。検査液に綿棒を浸して、液を反応シートに数滴落とす。待つこと１５分。陰性のところにラインが出ている。うん。なんとなく、わかってた。旅行で疲れてるからダルいけど、他の症状はなかったから。
すぐに東京の三〇〇さんに電話します。
私：おかげさまで陰性でした！ 〇〇さんにも伝染してないです！ ご心配をおかけして、すみませんでした！ でも陰性でしたので、ご安心ください！
三：そりゃあ、良かった！ おめでとうございます！ 何度でも言いますがあたしゃ、プロですから！ お客様から伝染する可能性は、ちゃんと折り込み済みでさぁ！ 良かった！ 良かった！
東京でタクシーに乗せてもらった時は、二度と話すことはないだろうと思っていたのに、縁って不思議なものです。怒られると思っていたのに感謝されて、さらにおめでとうって言ってもらう（涙）。
三〇〇：ところで一つ、お訊きしたいんですが。
私：なんでしょう？
三〇〇：どうして私の自宅の電話番号を、ご存じだったのですか？
私：タクシーに乗せてもらった時に、お名前を拝見しておぼえていました。そしてインターネットでお名前を検索したら、お電話番号とご住所が出てきました。おそらく電話帳に掲載されている内容が、そのままネットで公開されているかと……。
三〇〇：そうですか！ お客様から自宅に電話があったのは初めてで、驚きました！
フツー、一回乗っただけの運転手さんのお名前は、おぼえてないと思う。私だっておぼえていた自分にビックリでしたもの。一時はおぼえてた自分に後悔したけど、結果オーライ！ また東京での再会を約束しつつ、電話を終えました。
………………。東京に、お友達できた！ コロナが結んだヘンなご縁だけど、お友達できた！
そして数日が経過しました。以前と変わらず、家から一歩も出ない生活を送っています。考えてみたら、濃厚接触者で自宅待機していた時も、まったく同じ生活でした。でも好きな時に外出できるけど出かけないのと、とにかく一切出ちゃダメなのは、気持ちの持ちようがまったく違います。健康第一！ 健康が一番！
ここまでお読みくださって、ありがとうございました！ おかげさまで今日も元気です！ あなた様が元気でお過ごしくださいますように！
