通じる外国語! 2
(愛する読者さまへ 今日はそんなに、面白くないですよ……。笑うところは、ナイと思います。笑いたい時は、今日のは読み飛ばしてください)
男性: 今度、仕事でまた日本に来るんだ。その時に、キミと二人で会いたい。
えっと……。この方は、戦争でお父様を亡くしたオランダの方で、私はそのお父様を死なせてしまった日本の人間で、今はヘタな英語で通訳をしている最中で、ええ……? これって、デートのお誘いですよね? ええ???
混乱しながら答えます。
ソウマチ: 私、好きな人がいます。だから、二人で会うことはできません。
男性 : 好きな人がいるのなら、ボクのこともきっと好きになるよ!
男性は金髪を揺らしながら、青い目でにっこり笑いかけます。ええ? そうなの??
ソウマチ: えっと、あなたは何歳ですか?
男性 : ボクは、〇〇歳だよ♪
ソウマチ; 私の父親と、同じ年やないかい!! ムリ! ムリ! ムリ! ムリです!!
男性 : ボクは、気にしないよ♪
ソウマチ: 私が気にします! ムリです!
男性 : そうなの? じゃあ気が変わったら、いつでも誘ってね♪
オランダ人、強えぇ……! 敵国の人間でも、気軽に誘う!!
その後は、世間話に終始しました。なんせ私の英語力がぜんぜんなので、難しい話はできない。
昔ながらの仕出し料理を食べながら「これは何?」「オニギリです。ライスボールです」「これは?」「てんぷらです。野菜に粉を付けて、フライにしました」とかいう程度。
でも私は、どうしても伝えたいことがありました。
会が終わり近づいた頃、8人のメンバーに頭を下げました。
ソウマチ: みなさんのお父様のこと、私はごめんなさい。
ヘタな英語で謝ります。日本がオランダに対して戦争責任をどう処理しているのか知らないけれど、私個人はオランダの方に対して、してはならないことをしたと思っている。お父さんが恋しかった頃にお父さんがいなかったのは、戦争や日本のせいだと思う。お父さんに色々なことを相談したくてもできなかったのは、不安だし淋しかったと思う。お父さんという大事な存在を奪ってしまったことに対して、日本人の私は悪いと思っている。許してもらえるとは思わないけれど、悪いことをしたからごめんなさいだけは、どうしても伝えたかった。
私には、父も母もいます。両親が、二人そろって私を育ててくれた。でも父と母には、父親がいません。どちらも幼い頃に父を亡くして、父親の思い出は何一つ持っていない。戦争で亡くしたわけではないけれど、父のいない家庭で育った私の両親は、事あるごとに心細い思いをしたと言います。そして私も、父親がいない家庭で育った私の両親の不安や戸惑いを、感じて育ちました。
「こういう時に、父親ならどうするのだろう?」という答えを、私の父は知りません。お手本を持たないまま、私の父親になってしまった。それは母も、同じです。「父親が、こうしてくれた」という経験がないので、横で見ていて正解なのか間違っているかわからない。いつでも根底に流れている「これで、いいのだろうか?」という両親の不安を、私はずっと感じながら成長しました。
私の両親が何度となく感じた「お父さんが、いてくれたらなぁ!」という淋しさを、この方たちも同じように持っている。だから大変な思いをして父親の墓を探して、はるばる日本まで来た。お墓を参ることはできたけれど、それで淋しさが埋まるものではない。大人になったこれから先も「お父さんがいてくれたらなぁ!」と感じることは、たくさんあるはず。戦争がなければ……と考えても、何も変わらない。
私は何もできませんが、私の感じている不安よりもっと大きな不安を抱えている方たちに向けて「私は、悪いことをしたと反省しています。ごめんなさい」と伝えたかった。
もっと上手に英語が話せたら、もっと上手に謝ることができたけれど「ごめんなさい」という気持ちは、本当です。ごめんなさい。
私の親と同じ世代の方たちは、何とも言えない顔をしました。困ったような、泣きたいような。きっとたくさんの想いが湧いたのだと思います。父親がいなくて不安だったことや、悔しい思いをしたこと。戦争で大変な思いをしたこと。きっと日本のことを恨んでいるでしょう。恨んでいなくても、良い感情は持ってないはず。そして日本人が、目の前でごめんなさいと謝っている。
ご婦人が口を開きました。
ご婦人: ……私のお父さんが戦争に行ったおかげで、オランダは色々と保障してくれたの。おかげで大学にも行けたし、外科医と結婚して大きなダイヤをゲットしたわ! 今は、幸せよ!
男性 : それにマチちゃんは、まだ生まれてなかっただろ? マチちゃんが生まれたのは、戦争が終わったずっと後だ。君が謝ることなんて、一つもないんだよ。
ご婦人: いろいろあったけど、今日逢えたことを喜びましょう!
男性 : そうそう! 理由はどうあれ、ボクたちは出会うことができた! 今は、それが一番だ!
ご婦人: 今日の出会いに、乾杯しましょう!
一同 : 乾杯!!
私は泣きそうになる気持ちを、お酒と一緒に飲み込みました。ここで泣いていいのは、私じゃない。ここにいる皆さんのほうが、ずっと泣きたいはず。大学に行かせてもらったって、大きなダイヤモンドをもらえたって、大事なお父さんの替わりにはなりません。それなのに私の気持ちを思いやって、優しいウソをついてくださる。私のせいじゃないと、慰めてくれる。
戦争は、しちゃいけません。人が人を殺めて、大事な家族を奪うのは、絶対にいけない。大事な家族が一緒にいられるように、二度と戦争はしちゃいけない。およばずながら、尽力します。いついかなる時でも、戦争はいけないと声を張り上げます。声が枯れても、張り上げます。肺が潰れても、出ない声で戦争に反対します。戦争は、しちゃいけません! みんなが幸せになるために、人同士が殺し合ってはいけません! 今はどうしたらいいかわからないけど、いつかそれを伝える人になります! なれるかどうかわからないけど、なる努力をすることは約束します!!
時間はあっという間に過ぎて、お別れの時間になりました。出会った時はかつての敵国で、言葉も通じない他人同士だったのに、別れる時は何度もハグをして別れました。お互いの身体のあったかさで、私が会っていたのは言葉の通じない異邦人ではなくて、色々な思いを共有している同じ人間だとわかりました。皆さんに良いことがありますように、いつでもお祈りしています。
後日、男性からお手紙をいただきました。
「父が亡くなった日本を訪ねることができて、私はとても嬉しかった。あなたと会えたことで、私の内面に変化が生じた。今まで日本を良く思っていなかったけれど、これまでとは違う感情で、日本について考えることができるだろう。あなたに会えたことは、神のお導きであると考える」
それは、何よりです。私も皆さんに会うことができて、良い変化が生まれました。悲しい出来事を、無駄にはしません。たくさんの人に「戦争はいけない!」と伝えるために、努力を重ねます。そして何らかの成果を出します。今はどうしたらいいかわかりませんけれど、いつか何かの形にします。
涙で曇る目で、手紙を読み進めます。
「だから今度、二人で会おう! 二人の出会いを、大切にしよう!」
だからそれは、ムリだってば!!!!!!!!!
おしまい。
補足: ここでは「戦争で父親がいなくなった一人親家庭」のことを書きました。戦争で親がいない家庭になるのは、私は断固として反対します! 間違えてほしくないのは「戦争」で一人親家庭になるのは許せない! だから戦争反対! と言っているのであって、他の諸事情で一人親家庭になることには、何の不都合もありません。もし家庭で父親(母親)の暴力があるのなら、大事なお子さんを連れて逃げてください。その結果、父親(母親)という存在がいなくなっても、私は良いと考えます。両親がそろっていれば良いこともあるのでしょうけれど、いないほうが良い場合もたくさんあります! そこは、間違えないでください。お願いします。