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伯父の話。

 このお話、ぜんぜん面白くないし、オチの無い話です。笑えるところは一つもナイので、もしあなたが笑いたくてこれをお読みになっている時は、飛ばしてください。


 このお話を知っている人たちは、年をとって天寿をまっとうして、あの世へ旅立って行きました。

今でもおぼえているのは、ほんの数人だと思います。もし可能なら、原因を知りたいと思って、ここに書きます。もしも仮説を思いつく方がいらしたら、ぜひ教えてください。


 伯父の話です。

仮に名前を「マサキ」とします。

マサキ伯父は、私の母の兄です。

幼かった私がうっすらと記憶しているのは、黒縁の眼鏡をかけた真面目そうな伯父です。中肉中背ですが、ガッチリした体格でした。

けして裕福とはいえない家庭で育った伯父は、中学校を卒業してから大工になりました。

家を建てる現場で見習いから職人になり、小さな実家にタイル貼りのお風呂を増設したり、古いテーブルを再利用して、天井に物置棚を作ったりする人でした。


 伯父と話した記憶は、ありません。もともと無口な人だったそうですし、当時4歳だったわたしとは、共通の話題もなかったと思います。

一つだけおぼえているのは、伯父が近所のボタ山に連れていってくれたことです。


石炭を掘りだした後にできる「ボタ」でできたボタ山は、石炭のクズボタでできた小高い山です。

自然発火した火が、そこここで煙を上げています。地質が脆いので足を取られると埋まってしまって、動けなくなります。実際、遊んでいて埋まって死ぬ子どもが、後を絶ちませんでした。

そんな危険な場所に、どうして私を連れていったのか? おそらく伯父なりに私と遊んでくれようとしたのでしょう。手を取って引っ張ってくれたり、足を取られて動けなくなった私を軽々と抱き上げて助け出したりしながら、伯父はボタ山を登っていきました。


怖い者知らずの子どもだった私でさえ「これは、シャレにならん! 置いていかれたら、死ぬ!」と危機感を感じました。伯父は私を、ボタ山の頂上まで連れていってくれました。

頂上と言っても、高さは100メートルくらいです。田んぼしかない田舎ですから、登ったところで何が見えるわけでもない。

「あんなに怖い目にあったのに、なんにもおもしろくなかった」というのが、私の感想でした。


伯父は真面目に働き、酒もギャンブルもせず、毎日を淡々と過ごしていました。

そんな伯父がどこで彼女と出会ったのか、私は知りません。伯父は彼女と恋に落ち、何もない田舎で逢瀬を繰り返して、愛を深めていきました。

伯父はコツコツと貯めた貯金で、彼女のために真珠のネックレスを買いました。そして明るい満月の夜に、珍しく背広を着こんで、そのネックレスを携えて、ボタ山の向こうに住む彼女に求婚をしに行きました。

時は五月。田植え前の水が張られた田んぼには、美しい田毎の月が映る夜でした。


伯父はその夜、帰ってきませんでした。

翌日。帰って来ない伯父を心配して探しに出かけた人たちが見つけたのは、満々と水が張られた田んぼでうつぶせになって事切れた伯父でした。死因は、溺死。ほんの数センチしかない田んぼの水で、溺れて死んだのです。

田んぼには、一晩中歩き続けた伯父の足跡が、一面に残っていました。

足跡は、あぜで区切られた一枚の田だけに集中していて、他の田には足跡がなかったそうです。まるで結界を張られて、そこから出られなくなったかのように、無数の足跡が残っていました。


彼女は伯父の来訪をずっと待っていたのですが、伯父は訪ねてこなかったそうです。伯父の背広からは、真珠のネックレスが出てきました。財布も無事で、警察は物盗りの可能性はないと判断して、この一件は打ち切られました。


話は、これだけです。

死因は溺死ですが、田舎の人たちは「狸に化かされて死んだ」と、昔ながらの大らかな理由付けをして話を片付けてしまいました。狸に化かされて死んだなんて、あんまりカッコ良くないですね………。


彼女の家に伯父が現れなかったのは、複数の人が証言しています。だからおそらく、訪問前に事切れた。強盗などでもないし、伯父は薬物も酒も一切していなかった。

心身ともに正常だった伯父がどうして田んぼから出られなかったのか、どうして溺れて死んだのか、理由は誰にもわかりません。


もし何かご存じでしたら、どうぞ教えてください。





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