後編
一か月後。
俺たちは再び、あの桜の木の下へと集まった。
ただし。
各々が荷物を持って。
「ごめんなさい。私たち、飲み物しか用意できなくて・・・・・・。」
「いいよ。それよりも、重くなかった?」
「? 全然平気よ?」
そう言って綺桜が目の前に差し出したのは、日本酒の入った一升瓶。
「これより向こうに置くと、滑って池に落ちちゃうからね?」
一本は、少し離れた桜の木の下に。
そしてもう一本は蓋を開けると、一緒に持ってきたであろう桜の花の焼き印がついている檜でできた升4つに、並々と注ぎ始めた。
「私は、こっちにはお湯が入っていて。インスタントの味噌汁と緑茶のティーパックなの。その・・・・・・時間がなくてごめんなさい!」
此花は、そう言うと肩に背負っていた大きな魔法瓶2つをドサリと、敷布の上へと置いた。
そして、紙コップへインスタントの味噌汁の中身を入れ、ホカホカと湯気の立つ熱いお湯を注いでいく。
「まあ、二人とも忙しいからな?」
そう言って虎白が出したのは、お寿司の入った重箱であった。
1段目は“かっぱ巻き”のみ入っており、池のそばギリギリに供えた。
「これ以上行くと、滑って危ないからな。」
そう言いながら、他の段は俺たちの目の前へと並べていく。
「これは、俺らの分!」
2段目には、かっぱ巻きの他にも鉄火巻にサラダ巻や具だくさんの田舎巻。
3段目には、卵やサーモン、イクラやカニ身などカラフルで色とりどりの、手毬寿司が入っていた。
「じゃあ、俺も。」
そう言って出したのは、やはりお重。
1段目は、2種類の桜餅を同量詰めてあり、綺桜が置いた日本酒の瓶の横へと供えた。
「そして、こっちは俺らの分。」
2段目は、2種類の桜餅に、桜にちなんだ和菓子を5種類ほど足しておいた。
3段目は、漬物とか胡麻和え、鶏の唐揚げにだし巻き卵を入れておいた。
「これで、一緒に祝ってもらえればきっと、花見ができるはずなんだが・・・・・・。」
そう。
今日は、“花見”をするために来たのだ。
もう桜の花は散ってしまい、葉桜のみとなったこの桜の木の下で。
寿司屋の跡取りで、来年から家業を継ぐ予定の虎白が作った“かっぱ巻き”と、和菓子屋の跡取りで、同じく来年から実家を継ぐ予定の俺が作った“桜餅”さえあればきっと大丈夫なはず。
「かっぱ巻きの胡瓜は、うちが有機栽培で育てた、超おいしい胡瓜だし、桜餅に使われている桜の葉っぱは、わざわざ伊豆地方で生産されている、やわらかくて毛が少ない大島桜のを取り寄せて、塩漬けにしてあるものなのよ?超エリート農家な我が家が育てた最高級の素材たちを使っているんだから、美味しいに決まっているでしょう!!」
綺桜は、もうすでに酔ってきているらしい。
10年も勉学に励みながら、厳しい修行に耐えた俺たちへのねぎらいが、1mmもない。
「どちらもとても美味しいんだけれど、どうして桜餅は2種類にしたの?」
「多分、こっちだから本当は“道明寺”だとは思うんだ。でも、“長命寺”もおいしいから、どうせなら食べ比べてほしいかな?って思ってさ。その方が桜天狗様も、楽しめるだろう?」
「ふふっ。それもそうね。」
なぜか緑色をした味噌汁で桜餅を食べている此花も、たぶん、いやきっと酔っている。
二人とも、アルコールには弱いのかな?
「綺桜、俺のかっぱ巻きは最高だろう?このために俺、修行頑張ったんだぜ?しかも、名残河童様のお墨付きは頂いているはず!!」
突然、自信満々にそう叫ぶ虎白。
あれ?
お前もアルコール、弱かったっけ?
「虎白、お前何でそんなことが言えるんだ?」
「え? そ、それは・・・・・・。」
急に眼がキョロキョロと泳ぎ始め、首を左右にせわしなく動かして落ち着きがない。
そんな中。
「だって虎白は、時々ここにきては、かっぱ巻きお供えしてたんだもーーーん!!」
突然、綺桜が大声で叫んだ。
「え?」
とんだフライングじゃねーか!!
「だってさ、オレ、失敗したくなかったし・・・・・・。」
俺も同じ気持ちですが。
「綺桜に、いいとこ見せたかったし・・・・・・。」
だから、俺もだっつーの!!
ただし、此花にだけどな!!
「予行練習は、大事じゃん?自信なきゃ、こんなんできねーよ!!」
激しく同意ーーーーーーーーーーー!!!
「ってゆ~か、お前、成功したの?」
あの自信満々な言い方は、もしかして・・・・・・。
「多分・・・・・・。オレ、見たし・・・・・・。水面いっぱいの桜の花びら・・・・・・ほら、今みたい・・・・・・に・・・・・・・・。」
虎白に言われるがまま、視線を向けた先である、月明りに照らされた池の水面には。
「わあ~。綺麗~。」
確かに、桜の花びらが水面いっぱいに広がっていた。
「あら? 桜の花びら・・・・・・。」
そして、俺たちのいる場所の頭上からは、ヒラヒラと風にゆられて舞い降りる、桜の花びらが。
言い伝え通りに、桜の花が全く咲いていない時期に、桜の花びらが舞い、地面と水面を淡い紅色で覆いつくそうとしていた。
「これが、桜天狗と名残河童の“花見”なのね。」
此花は目をキラキラと輝かせ、両手を振りかざしながらとてもうれしそうにこの光景を眺めていた。
古くからこの辺りに言い伝えられているという、『桜天狗と名残河童の花見』という昔話がある。
その昔。
この桜の木に、桜が大好きな山の守り神の天狗様が住んでおりました。
しかし、桜の花が咲くのはほんの一時。
いつも天狗様にお世話になっている、池に住む河童たちは考えました。
“桜の咲いてない時期も、天狗様を楽しませたい!”
と。
そして彼らは考えたのです。
毎年、池に落ちる桜の花びらを自分たちの甲羅に付けて、いつでも天狗様に桜を愛でて楽しんでいただこう! と。
それから河童たちは、天狗様が桜の咲いていない時に来られた際には、常に自分たちの甲羅のみを水面いっぱいに浮かべて、楽しませたのだということです。
名残河童とは、地面に舞い降りて散り残っている桜の花びら=名残の花を甲羅にたくさんつけたことから、そう呼ばれるようになったとのこと。
この季節外れの“花見”ができた夫婦は、一生幸せに暮らせるという伝説がある。
桜天狗からの祝福は、天狗の団扇からハラハラと舞い降りる“桜吹雪”、そして名残河童からの祝福は、池の水面いっぱいの桜の絨毯だという。
「これで私たち、ずっと幸せな夫婦生活が送れるんだね~。」
「やったーーーーーーー!!これで何度も間違って池に落ちたかいがあった!というもんだ!」
突然、虎白がとんでもないことを叫びだした。
「え?」
まさか・・・・・・・。
この前、制服を着た女の子たちが話していたことって。
そういえば、ここ数年で出来上がった怪奇現象だって聞いてたけど。
“池に引きずり込まれて、二度と姿を現さない・・・・・・”
って、まさか・・・・・・。
まさか、“引きずり込まれた”んじゃなくて“滑って落ちた”の間違いなんじゃ・・・・・・。
「流石は、寿司屋の跡取りと、和菓子屋の跡取りなだけあるわ~。うちの超高級食材だけじゃどうにもならなかったのに、こうも簡単に・・・・・・。」
「え? 綺桜、それどういうこと?」
今度は綺桜が、とんでもないことを口走る。
「だって、私の作った桜餅を持ってくると、桜の木の上から大量の毛虫が降ってくるし、かっぱ巻きを持ってきたときなんか、蛙が大量に池から私めがけて飛んできたのよ~。もうびっくりして、その度に池に滑って落ちて、大変だったんだからぁ~~~。」
お、お前もか!
しかもそれって、両方ともマズ・・・・・・ってことか?
お気に召さなくて、逆に怒りを買ったのか?
お前、どれだけ料理下手なんだ?
「虎白、お前、料理だけはあいつに任せるなよ?」
「多分、お前もだと思うぞ?佐久也・・・・・・。」
「・・・・・・。」
大きな桜の木の下では、こうして幸せなカップルが、誕生しまくりなのだそうです。
「あのさ、町外れに古い神社があるじゃん?」
「うん、あるね?」
「その奥に大きな桜の木と池があるんだけど。」
「うん、あるね。」
「そこで季節外れの“花見”をすると、一生幸せな結婚ができるんだって。本当らしいよ?」