中編
「少し、早かったかな?」
4月初めとはいえ、まだ少し肌寒かった。
冷たい風が、頬に刺さる。
そんな中。
桜の木は、満開を迎えていた。
薄紅色の花びらが、所狭しと咲き誇って月明りに照らされている様は、まさにピンク色の雲のようである。
夜風にユラユラと揺れ、そのたびにハラハラと、桜の花びらが一枚、また一枚と地上へと舞い降りる。
桜の木の下は、一面が桜の絨毯のように淡い桜色に包まれていた。
そのすぐ近くにある池にも、水面いっぱいに桜の花びらが浮かんでいて、どこからが水面なのかが分からないくらいだ。
「綺麗だな・・・・・・。」
その美しい光景に、しばし見惚れていると。
「早かったじゃな~い。」
という元気な声と共に、3つの人影がこちらへとやって来た。
声の方へと視線を移せば。
シャベルを地面に落とし、ズルズルと引きずりながら、両手に1つずつ持って歩いてくるのは、虎白。
さっきの声と共にこちらに手を振っているのは、綺桜。
その綺桜の後ろからもう片方の手を繋いでやってくるのは・・・・・・。
「久しぶりだね、佐久也君。」
「ああ。久しぶりだな此花。元気そうで何より。」
「うん。お互いにね。直接会うのは、15年ぶりだもの。」
にっこりと微笑む彼女と目が合ってしまい、思わず視線をそむけてしまう。
「ああ。そうだな・・・・・・。」
久しぶりだからなのか、緊張しているからなのか。
普段通りに喋れたつもりなのに、それ以上は言葉が出てこない。
月明りで見る、15年ぶりの彼女。
あの時よりも、想像以上に綺麗になっていて、正直どうしていいのか分からない。
「まあ、ひとまず、掘るべ?」
気が付けばすぐ目の前にいる彼女にそれ以上何も言えないでいると、桜の木のそばから虎白の声が聞こえてきた。
「ああ、そうだな。」
虎白の声に我に返ってすぐ、シャベルを手に取り、一緒に桜の木の下を掘り始める。
「いよいよだね~。」
綺桜は、とても楽しそうだ。
此花と一緒に、少し離れた場所で寄り添うように、ちょこんと座っている。
5分くらいして。
“カツン・・・・・・”
という音と共に、何かがシャベルの刃先に当たる感触があった。
「あった・・・・・・。」
そこからは、虎白と共に手で土をかき分けると、古びたお菓子の缶が一つ、姿を現した。
「意外と錆びてないものなのねぇ~。」
いつの間にか此花と共にすぐ近くまでやってきていた綺桜が、お菓子の缶を手に取りながら、此花の前に見えるように持ってくる。
「そうね。このお菓子の缶、懐かしいな~。」
そう言うなり、缶の蓋をゆっくりと開ける。
そこには、4通の手紙が入っていた。
“青山 虎白殿へ”
“黄池 綺桜のヤローヘ”
“赤城 佐久也君へ”
“桃瀬 此花様”
と、封筒にはそれぞれの名前が入っていたので、それぞれがその手紙を手に取った。
「え~っと、ナニナニ~?“浮気したら、ぶっ殺すからな!バカヤロー!これからもよろしく?”はあ~?なんだよコレ~!オレ、信用無いのかよ~。綺桜~!」
手紙を読むなり、涙目である。
「“ずっと、あいしてるよ~”って、あんたバカぁぁぁ~?しかもこんなに汚くて便箋いっぱいのデカい文字!10歳のくせに生意気-----キーーーーーーーッ!!」
顔を真っ赤にして、ポカポカと虎白の背中を叩いている。
「“これからは、ずっとそばにいてね。そしていつの日か、一緒に花見ができたらいいな。大好きです!”うん。そうだね。そのために俺、修行頑張ったから。ありがとう。すっごくうれしい。」
あまりの嬉しさに、思わず涙目になる。
「“これからは、ずっと一緒にいて下さい。今までもこれからも、ずっとずーーーーっと大好きです。”うん、私こそありがとう。すっごくうれしい。」
此花が涙声でそう言った途端、俺の背中がふわりと温かくなった。
「これで私たち、来年には結婚できるね!」
そう。
15年前。
親の転勤の関係で急遽、此花が海外に引っ越してしまった前日である今日。
お互いの想いを書いた手紙をお菓子の缶に詰めて、この桜の木の下に埋めたのだ。
何故この桜の木の下だったのか?
この桜の木には、言い伝えがあるからだ。
昔。
お互いを思いあっている若いカップルがいた。
しかしお互いの村同士の仲が悪く、二人の仲は引き裂かれそうになる。
そこで、二人は夜遅くに、駆け落ちをすることにした。
しかし、途中で見つかり、双方の村のものが松明の明かりをかざして追いかけてくる。
つかまりそうになった時、二人は桜の木にお願いをする。
“どうか、私たちを逃がしてください。そしてずっと一緒に添い遂げさせてください”
と。
すると突然、ゴーッという轟音と共に、桜嵐が起こったかと思うと、その大量の桜の花びらで二人を覆い隠し、そのまま二人は姿を消してしまったのだという。
そして追いかけてきた村人たちはというと、沢山の花びらで地面がよく分からなくなっていた為、底なし沼があるとも知らず、そこへと足を踏み入れてしまい、二度と帰ってくる事は無かったのだそうだ。
15年後。
桜の花が盛りを終え葉桜となり、月明りが暗闇の中でそっと照らし出す、そんな綺麗な月夜の晩。
一組の壮年の夫婦が、桜の木の元へとやって来た。
“あの時は、ありがとうございました。私たちは今も幸せです”
そう言うと、かっぱ巻きと桜餅をその場に供え、手を合わせたのだという。
すると。
桜の花びらが一面に舞い、美しい光景を見せてくれたのだという。
まるで、二人を祝福するかのように・・・・・・。
この言い伝えから、この桜の木の下で告白すると、幸せな結婚ができると言われていた。
だから。
4人で、15年前に誓ったのだ。
15年後も、変わらぬ想いを伝えよう・・・・・・と。
そして約束が果たされた時には。
「さあ! はよう!!」
綺桜は、手紙を右手に握りしめ、左手を虎白の前へと突き出した。
「分かってるって! 来年からは、俺の店も手伝ってくれよな!若女将さん!」
「じゃあ、料理の方も・・・・・・。」
「え? いや・・・・・・コレはコレ、ソレはソレということで・・・・・・。」
そう言うと虎白はなぜか脂汗を流しながら、ダイヤの付いた指輪を綺桜の左手薬指へとはめた。
「うん!ピッタリ!!」
満足そうに、満面の笑顔で自分の左薬指を眺めている綺桜に対し、虎白はとても疲れているように見えた。
“ビッグイベント、やっと終了”的に安堵しているであろう虎白を見て、次は自分だと奮い立つ。
「じゃ、じゃあ、オレも・・・・・・。」
コートのポケットに入っていた、白い箱を取り出した。
「え?あるの?」
「も、もちろん・・・・・・。」
俺はビックリしている此花の左手を取り、そっと左薬指にダイヤの付いた指輪をはめた。
「え・・・・・・、サイズがピッタリ!何で?」
此花は涙を流しながら、その可愛らしい大きな瞳をさらに大きく見開いて、指輪のはまった指を眺めている。
「き・・・・・・企業秘密でしゅ!」
緊張のあまり、思わず噛んでしまったのが悔しい。
正直、締まらないじゃないか!俺の馬鹿!!
なんでスマートにかっこよく出来ないんだよーーーーーーーーーーーーーー!!
自分のふがいなさにその場に座り込み、頭を抱えて身悶えていると。
「あとは、来月だな!」
急に大声を出す、虎白。
なんでだろう? やけくそ気味な気がするんだが・・・・・・。
「ああ、そうだな。俺たちの修行の成果を見せる時だな!」
少しの違和感を感じつつ、同意する。
「がんばってね!」
「私、手伝おう・・・・・・」
「イヤ、キラハナニモシナクテイイカラ!これは、俺と佐久也の仕事だから!!」
来月は絶対に、成功させてみせるぞ!
大きな桜の木の下で、心に強く誓うのであった。