《今週の、“隼人”君》
佐木 隼人は憤って在た。週明け、月曜日の事だ。やっと停学明けた友が登校して来た。が、やはり友は隼人と共には登校しなかった。家には行った。けれど当然の様に既に友は居なかったのだ。不満気なままの隼人はその足で珍しくもその隣宅迄訪れてみたのだが、其方も当然の様に又居なかったのだ。その日の時間は、隼人にしては珍しくもそれ程迄は遅い時間では無かったのにーーだ。鳴らしたチャイム虚しく、美津原家はしんとして在た。
諦めた隼人は仏頂面とも云うべき台無しな顔で登校したのだった。そんな訳で当然時間に余裕等有る訳無く、朝、友には会えなかった。朝、友の教室迄行けなかったと云う事は必然的に敦之にも会えなかった。つまり月曜日の朝、和希の顔を見る事も無かったのだ。ホームルームも一限も終わったが、隼人は席を立つ気に成れなかった。気付くと二限目が始まって在た。だらだらと時も過ぎ、いつの間にか昼だったのだ。やっと重い腰を上げた隼人は友に会いに行った。けれど友も敦之も、そして和希も居なかったのだ。
肩透かしを喰らった隼人はすぐには教室へは戻らずに、意味も無くぶらぶらと校内を歩いた。そしてふと、
いつの間にやら音楽室の近くにいたのだった。無意識だろうが、人の本能は恐ろしいとも思った。隼人の本能が好みの異性に会いたいと思い、赴いたのだろうと。音楽室の扉を何とは無しに眺めた隼人は更に虚しく為って、立ち去ろうと思ったのだ。けれど。
ふと気持ちが動いた。一目惚れ位に音楽の教師の事が気に為って在たからだ。隼人にしては意外にも思えるその音楽教師は、童顔と云うのか、幼げな顔をしていた。いいや、実際若いのだろう。25にも成っていない、新米だった。隼人が何故此の彼女が気に成ったのかを云うならば、“音”だった。先日の事だ。音が聴こえたのだ。ピアノの調べだった。覗いた教室の中で柔らかな表情で音を奏でて在たのは、音楽教師の“彼女”だったのだ。隼人にしては珍しい惚れ方だった。大概隼人は“容姿”に惚れるからだ。中身は“大人”っぽい“物分りの良い女”なら、彼はそれで良いのだ。どうせ長くは“続かない”のだからーーと。続かない理由は、考えていなかったのだ。億劫がって。
けれど今の隼人は“今迄”を後悔していた。出来る事ならば過去を消したいと思い始めた。馬鹿げた考えだと理解したうえで。そして隼人は“後悔”した。その考えもだが、早急に立ち去らなかった己の愚かさ加減をーーだ。“見えた”のだ。中の“様子”が。いや、違う。“目撃した”のだ。隼人は出来心とでも云うべきやましさで扉を開けてしまったのだ。そっと、だが。
それで十分だった。ほんの数センチで。声が聴こえて彼の世界が立ち止まった。“女”の囁く声。愛しい相手を求めて堪能する様な、甘ったるいそんなあれだ。声は言ったのだ。“カズキクン”ーーと。
そして勿論見えたのだ。いいや。隼人は敢えて確かめたのだ。甘い声で呼ばれたその相手を。隼人の良く知るあの男だった事を。欲しそうに強請る彼女に応じる様に、無表情な男は彼女の要求に答えを出して在た。甘い声と音が響いて在た。とても静かに流れた音達は、浪漫とは掛け離れた調べだった。いつまでも聴いている訳にもいかない隼人は扉を閉めて立ち去ったが、理由も解らずにその足が重いのを感じた。そんな“事”自体初めてでも無い隼人は、憤るつもりも無かった。和希がふしだらな輩な事位、良く知って在たからだ。地味な顔とは裏腹に、その四肢は鍛え上げられて織り、隼人から見たって魅力的なのだ。美しいとすら、云える。和希の努力の賜物な事位、隼人にだって理解った。地味だ地味だとは云うが、和希の容姿とは決して崩れている訳では無く、単に余り主張を示さないだけなので在る。“欲”が無いのだ。女に対する欲望と云うのか、普通の年頃の男子の持つ、“もてたい”主張が一切“無い”のだ。あの男には。それが逆にもてた。欲の無い和希の“優しさ”が、異性の“欲”を掻き立てた。音楽教師の彼女も、多分“そう”なのだろうと隼人は諦めて立ち去ったのだ。酷い顔のままで。××××
隼人が和希を嫌いなのは、彼がもてるせいでは無い。和希当人の“無欲さ”の方だった。
“ーー欲しがれよ”
隼人はそう思ったのだ。“そうじゃなきゃ俺の想いが報われ無いだろう?”と。“毎回毎回何なんだっ”と。
ーーーーーーーーーー
橋本 和希は、音楽室を後にした。彼は気付いて在た。“隼人”に。態とだったのだから、そうで無いと彼とて困るのだ。故に“首尾通り”なのだ。××××
「お前さ、阿呆だろ?」
和希は待ち構えていた敦之にそう問われた。流石に面食らったので、言い返した。
「阿呆では無いよ。自分でも若干“不感症”だとは、思うけど、ね。」と。敦之の表情を見るに、呆れると云うよりは、
「心配有難う、敦、君。君こそ大分“阿呆”だよね。“嫌い”じゃ無いけど、さ?“やめな”よ?」と、和希は返した。
「………誰が“お人好し”だよ。人聞きの悪い。おまえこそ“やめろ”や…………っ」と、敦之は言った。
因みに照れた敦之が和希の頭をぐっと“掴んだ”のだが。ーー此れがいけなかった。と、判明するのは後からの事なのだが。“目撃者”が在たのだった。故に“美津原、橋本を虐める論”が、着々と定着して行ったのだった。気にしない彼等には“後日談”だったのだが。××××
そもそもの誤解の論点が、橋本 和希は敦之や“隼人”より強いのだと知られていない事なので、最早どうしようも無かったのだが。何故なら和希に云うつもりが無かったからだ。ましてやプライドの高い隼人が其れを態々暴露等する訳も無かったので、余計にだったのだ。敦之は“虐めっ子”の評価等如何でも良い様な性格なので、誤解を解こうとすら思わなかったのだが、強いて云うならば。
敦之は“此れ”を和希の“思惑かも”とは、思ってはいたのだった。その方が都合が良いのならば、態々訂正する必要も無いだろうと。だからこそ和希は“お人好し”と言ったのだが。
云う迄も無いだろうが、和希が音楽教師を“絆した”のは、訳が在った。勿論“隼人”に害を成す存在だから、阻止したのだが、和希が気付かねば敦之が其れをやったろうが、やはり二人共隼人に伝える気等無かったのだ。教えてやる位ならば、嫌われた方が余程良いと考えて在たのだから。だから二人共其処迄は考え至らなかったのだ。真逆だった。隼人が“無断外泊”したのだ。つまり“家出”したのだ。
月曜日、帰らなかった隼人は火曜に登校しなかったのだ。
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「結構馬鹿だよね、彼奴。」
「…………、青、」
「“夏美さん”に、心配掛けるなって、話なんだよな。」
「…………、敦、…………」
“何?”と敦之は言ったのだった。その服の裾を海が引っ張った。“如何した?”と問われて海は問い掛けた。隼人は家出したのか?と。
「…………居場所分からないの? 陸兄ちゃんに捜して貰う?」と。小さな海が言った。敦之は“大丈夫”だと答えた。“なんで?”と問う海に、
「陸君の“優秀なる部下”が、捜索中だからだよ。つうか居場所判明済だから心配すんな。」と敦之は答えたのだ。海は又問い掛けた。“そのひとは、誰?”と。
にやりとふっの、中間位に。敦之がニヒルな笑みを浮かべた。代わりに言ったのは友だった。
“彼奴は陸兄の部下の前に”と。「友兄ちゃん?」小さな海が不審そうにそう言った。
勿論、友は続きの言葉は己の中に飲み込んでしまった。海に聴かせない“為”だった。顔を顰めた海へと、敦之は言った。「何でも無えよ」と、抱き上げて。青に“抱き癖つくから下ろして”と苦言されたが、敦之は聞かなかった。海が死ぬ程不安そうな顔をしていたからだった。“僕のせいかな………”と海が小さく不安げな声で言ったのだ。
「…………隼人兄ちゃんに“意地悪”したから…………かな? お菓子、もっとあげれば良かった?」と。しゅんとしていたので、今度は青は止めなかったが、本心を云えば青は自分で抱き上げたいだけだと知っていたので、敦之は態と海を下ろさなかったのだ。今海を手放すと恐らくだが。
青は海を上手く言いくるめて外へ“連れ出す”だろうと。“隼人”に反省“させる”為に、海を“使う”だろうと思った敦之は、陸や陽藍に云われ無くとも、海の“見張り”をしていたのだ。
“海”とは謂わば“陽藍”と“友”とが持ち切れなく成った“エネルギー”の、産物だった。陽藍や友が持て余して在た“エネルギー”が何を起こしたかと云えば、
“暴走”だった。力が身体に納まり切らずに逃げ出して。副作用の様な反応で、
友や陽藍は此の星では無い場所迄飛ばされた事が在ったのだ。
そして其れは。本人達が努力し、力を上手く操れる事に至る事で解決したかにみえたのだが、そうでは無かった。周囲の親しい人間。つまり“和希”や“敦之”に又副作用的に“作用”したのだった。要は当人達では無く“彼等”が飛んだのだ。“他の星”へ。
其の際に何も知らなかった和希や敦之は悪夢の様な現実を体験して来た。そして、
解決を求めて彼等は自らの身を“神”の仲間、つまり神に“成る”修業をする事で解決に導いたのだ。あの日の悪夢の方が余程ましだなと言いたい位の、過酷な日常がやって来たのだ。けれど堪えた。何故なら。
“世界”を壊す訳にはいかなかったからだ。“二人”共だった。敦之も和希も、友も、青も。陽藍や隼人の両親も。他の事情知る皆全員が、出来る事ならば隼人には“其れ”を避けて欲しいと願っていた。
隼人に其れをさせない為の、手っ取り早い方法に、“封印”が在る。けれど其れにはリスクも伴った。隼人程の力量の封印には其れに見合うエネルギーが不可欠で。例えば陽藍や友が其れを実行すれば、出来無くは無いが、不都合が生じる。例えば陽藍ならば恐らくだが確実に“寿命”に影響が出るのだ。ただでさえ短命な宿命の陽藍の僅かな寿命が更に減る。其れは誰しもが嫌だった。そして、
友ならば恐らくは。
友自身に掛けられて在る“封印”が崩壊するのだ。だから出来なかった。それは青も知っていた。だからこそ、
隼人を“安定”させる為には“自分が遣るしか”と青は考えて在ると、敦之は思った。見掛けによらず無鉄砲なのだと。××××ただ、
青では恐らく圧倒的に“エネルギー”が足りないのだ。青は隼人の力を安定させる為の、結界を施せるだけのエネルギーを有してはいないのだ。何故なら、
青とは担当区域が多過ぎるのだ。空と海。そして“冥府の主”迄も管轄としていた。中々無謀な男なのだ。それでもキャパオーバーしないのは、青の器用さの賜物だった。
敦之は思い切って、従兄弟に苦言した。
“青、海をーー”「連れ出すなよ?」と。瞳を細めた青は言った。「する訳無いだろう」と。
“海を利用するなんて”ーーと。つまり海を側に置いて置けば、“出来”て“しまう”のだ。恐らく隼人を緩和してやる“結界”を、難無くーーと。“海”とはそれ程の存在だった。当人は未だ何も知らないが。不思議そうに此方を見ている海を抱えて在る敦之でさえも、じわっと“力”が伝わるのを、感じて在るのだった。ーーーー海は隼人には“抱っこ”をさせない。理由は知らないが、敦之は今も此の瞬間も、ずるをしている様で和希や隼人に後ろめたさを感じて在たのだ。けれど、
不安そうな海を見ていると、やめれなかった。抱え直して背中をぽんぽんと優しく叩いたのだった。“心配要らない”と。
勿論その頃の隼人ならば本当に心配等要らなく、優秀な部下こと橋本 和希ならば、“佐木 夏央”及び“華月 陽藍”へと、報告していたのだった。“様子見します”と。つまり隼人ならば、
街で適当に出会った酔狂な優しさの“おねえさん”に、ついて行ったのだ。泊めて貰う為に。酔狂なおねえさんが悪人では無いと調べ上げた和希は、様子見の報告をあげたのだった。隼人が悪い訳では無く、自分の“失敗”のせいだと彼は報告したのだ。“依頼主”に。だから、咎めず“見守って”やって欲しいと。
服装乱れた気怠げな隼人は、“こんなものか”と思っていた。酔狂な優しいおねえさんの作った食事も、“美味い”と思った彼は、火曜日をただ何もせずに過ごして、水曜日には学校に行った。意外な事に誰にも何も言われなかった彼は、同じ様なそんな行為を週末、つまり金曜迄繰り返した。金曜日、つまり“和希”が“囲まれて在る”のを、見付ける“迄”は。
そんな週だったのだ。