助手のカール
俺はカラッテ村へと向かうこととなった。
奇病が蔓延、というだけあって、道中の人通りはかなり少なくなっていた。街道で病がはやっているわけではないが、向こうへ向かう人間が少なくなれば自然と人は減ってくるからな。
そして、俺はカラッテ村へとたどり着いた。
「えっと……」
レベッカの助手はどこにいるのだろうか?
カラッテ村に来たのはこれで二度目。一度目は何年も前に王都へと向かったときのことだ。一度泊まった記憶があるから、全く知らない村というわけではない。
広場があった場所に大きな木造の建造物が立っている。いかにも最近建てたといった感じの建物で、入り口の前には警備員のような男が立っている。
担架に担がれた男性が、建物の中に入っていくのが見えた。
あの建物の中で患者を治療しているのかな?
「すいません」
「む、君は……」
声をかけたのは、近くを歩いていたメガネの男。レベッカと同じように大学の服装をしている。
「ここは重傷患者の治療施設だ。一般の方の立ち入りを禁止している。悪いが軽症患者は一般の診療所に……」
「すいません、レベッカ教授の頼みでこちらに来たクロイスという者です。助手のカールさんという方に取り次いでいただけますか?」
「教授の? 助手のカールというのは僕のことだ。要件を聞こう」
「この薬を……」
俺はかばんの中から薬の入った瓶を取り出し、男に渡した。この前彼女を治療するのに使った、例のパイプジェルだ。
「おお……さすがはあの若さで教授になるだけのことはある。もう薬を完成させるとは……。これ一瓶だけかね?」
「今持ってるのはそうですね」
「むっ、それは困ったな。せっかく薬が完成したというのに、数が揃えられなければ暴動がおきるぞ。せめて調剤方法だけでも伝えてくれたら……」
「大丈夫です。その薬、俺が作ったものなので。作り方も教えますよ」
「何っ! 君が?」
教授が作ったものと思い込んでいたらしいな。まあ、俺みたいなどこの誰かも知らない青年が、こんな薬を作れるなんて想像もできないか……。見た目ただの旅人だからな。
「こんな素晴らしい薬を生み出すことができる研究者この国にいたとは……。君は大学でも見たことのない顔だね? 地方の学生かね? どの教授の研究室だい?」
「あ、いえ、俺、研究とか大学とか、そういうの経験なくて」
「え?」
「田舎だったんで、勉強は中学校までです。あとは王都に出稼ぎで、トイレ清掃員として働いていました」
「…………」
なんだろう。
カールの俺を見る目が変わったような……。気のせいか?
「はぁあああああああああああああ」
突然、カールが盛大にため息をついた。疲れているから、というよりは俺に見せつけるためのわざとらしい感じだ。
これは……。
「君ねぇ、勝手にこういうことをしてもらっては困るんだよ」
「え……」
「いいかい。僕たち研究者は毎日まじめに勉強して実験して計算して、そうやって必要な答えを導きだしているんだ。君のような底辺低学歴が賭博や風俗におぼれている間に、僕たちは着実に人生のスキルアップを成功させていた」
「はぁ……」
いや俺は賭博にも風俗にもおぼれてないんだが。なぜ勝手に決めつけるんだ?
「分かるかい低学歴君。薬というのはね、とても繊細で難しいものなんだ。それを生み出すのは、何年も専門的な勉強を続け、経験と実績を積み重ねてきた僕のような研究者や医者だけ。君のような田舎の清掃員が、なんとなくまぐれで作った薬を使うことは危険極まりない。どんな副作用があるか分からないからね」
「で、でも……患者は死にそうなんですよね? だったら副作用なんて心配するよりも、今すぐ命を救うことの方が大切だと思うけど」
「低学歴のくせに口答えするなっ! 文句があるなら論文の一つでも書いてからにしろっ!」
こいつ、ガレインみたいな奴だな。
俺のこと見下して、馬鹿にして。思うのは勝手なんだけど、こんな病人が近くにいるところで大声出さないでほしい。聞こえたらどうするんだ?
「見ろ」
カールは乱暴に建物のドアを開けると、中に入っていった。
俺もそのあとに続く。
「うう……」
「苦しい……」
「助けてくれ」
そこには、青い顔をしてベッドで寝込んでいる病人たちがいた。
詳しく調べたわけではないが、おそらく……レベッカと同じ症状だろう。
「病気は深刻だ。君の薬にもしも不備があれば、それだけで死んでしまうかもしれない。君にその責任が取れるのか?」
だから病人の前で声を荒げなくても……。
でも、この人たちほっといたら死んでしまいそうだ。それをこのまま見殺しにしてしまっていいのか?
やっぱり、薬あげないとダメだろ……。
「君、何をしているんだ。患者に近づくのはやめたまえっ!」
「このままじゃあこの人死んでしまうだろ! そこで黙ってみ見ていてくれっ!」
「やめたまえっ! こらっ!」
俺は呻き声をあげる患者のそばに近づいた。
「俺の作ったパイプジェルです。これで病気が治るはずですから、飲んでみてください」
「ううぅ……ううぅ……」
しばらくすると、レベッカの時と同じように病人の体調が改善した。
「こ、これは……」
飲んだ方も、まさかこんな薬でよくなるとは思っていなかったらしい。
「あ、ありがとう。あんたのおかげで少し良くなったみたいだ。……あんなに調子が悪かったのに、もう終わりだと死ぬつもりだったのに。本当に助かった。あんたはすごい名医だよ」
「俺は名医じゃなくてただのトイレ清掃員だった男ですよ。こんな薬、すごくなんてありません」
「ははっ、ここには何人も医者や研究者が来たけど、誰もこの病気を治せなかった。そこのメガネの坊やもね。あんたはすごいよ。患者の俺が保証する」
カールの主張が間違っていたとは思っていない。彼は彼なりに自分の経験と理論に基づいて俺を批判しただけだ。
でも、いま必要なのは俺の薬だ。
議論をしている暇なんてない。
「頼む、その薬を……俺にも……」
「お願いだ……早く」
全快を目の当たりにした他の病人たちが、一斉に俺の薬を求めてくる。
もう手持ちの薬はない。新しいものを作らないと。
カールも薬作りを手伝ってくれるかな。
「て、低学歴のくせにいいいいいいいいいいいいいいいいいっ! 覚えていろ! そんなどこの誰とも知らぬ馬の骨が作った薬なんて、毒薬に決まってる! お前ら全員後になってみんな毒で死ぬっ! 全部そこの低学歴のせいでなっ! はははっ、自業自得だ! あとで泣きさけんでも知らないぞっ!」
「あの……カールさん。少し落ち着いてもらえますか。体調の悪い患者に響きますから」
「五月蠅いいいいいいいいいいいいいいいいっ! 僕よりも無能を選んだ愚か者たちなんて、さっさと死んでしまえばいいんだ!」
捨て台詞を残して、カールは建物の外へと出て行ってしまった。
「あーあ、行ってしまった」
悪気はなかったんだけどな。どうして分かり合えなかったんだろうか。
「に、兄ちゃん……早く薬を」
「こっちは死にそうなんだ……早く」
「はぁ……はぁ……は……」
いけないけない。
学歴がどうとか言ってるあのカールとかいう研究者よりも、こっちの今にも死にそうになっている人々の方が優先だ。