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王立大学教授、レベッカ


 俺はすぐさまカバンの中から調剤用具を取り出した。

 薬を作るためだ。


「水、クリアの実に毒切草の葉。それから…………材料は少ないけど、ぎりぎり足りるな」


 かばんの中には城にいたとき使っていた材料の余りがある。数は少ないけど、今この人を救うのには十分だ。

 俺は材量を集め、必要な機材を地面に置いた。


 これは王宮勤めの時に俺が独学で身に着けたトイレ清掃術の一つ……『錬金術』である。

 錬金術、とといっても巷で騒がれているように金を生み出したり火薬を発明したりといった大事は俺にはできない。

 俺の錬金術はちょっとした掃除道具や消耗品を作るだけのものだ。大学で専門の勉強をしている人間から見れば鼻で笑ってしまうレベルかもしれない。


 今回はそれを応用して薬を作る。なに、それほど難しいことじゃない。トイレ用の薬剤を体に優しい材料へと変えるだけだ。


 実や葉をすりつぶし、液体に混ぜて沸騰。さらに周囲に魔法陣を描きこみ魔法の反応を促す。


「できたぞ、パイプジェル…………」


 本来は管の内部のヌメリを取るドロドロの液体である『パイプジェル』。これを人体用に調整したことによって、体の内部に留まる毒素を汗などによって排出できる仕組みだ。


 医者から見れば稚拙な治療薬かもしれないが、今、この人の命を救うためには十分なはずだ。


「さあ、飲んでください」

「うう……それ……排水管のヌメリ取りの……」

「大丈夫です! 人間用ですから飲んでください!」


 違うんですって! 人間用なんですって。


 命に係わるかもしれないことなので、俺は女性に無理やり薬を飲ませた。

 どろどろした液体だから、のみにくかったのかもしれない。健康時なら嫌がって吐き出したかもしれないが、今、この人の体力はだいぶなくなっている。藁にも縋る思いで薬を飲んでくれたようだ。


 しばらくすると、見る見るうちに女性の顔色がよくなっていった。

 俺の考えていた通り、順調に毒素が体から抜けてくれたようだ。


 気が付くと、女性がこちらを見ていることに気が付いた。


「すまなかった。君が来なければ、私はきっとここで動けなくなり、死んでいただろう。恩人の名前を聞いてもいいかい?」


 満足に会話できるほどに回復したらしい。


「俺の名前はクロイスです。えっと俺なんてどこにでもいるただのトイレ清掃員ですよ。薬も大したものじゃありません」

「王都のどんな医者もさじを投げたこの奇病を、一瞬で治してしまうなんて……。謙遜もいいところだ。君はこの国の、いや世界を見ても類のないほどの素晴らしい技術を持っている。私でも見たことがないほどに」

「薬に詳しいんですか?」

「私の名前はレベッカ。レギオス王国王立大学で医学部の教授を務めている」


 教授?

 言うまでもなく、大学で研究をしているお偉いさんだ。しかも王立大学というのは、首都にのみ存在するこの国の最高学府。

 この若さで教授なのか。学生の服を着ていたから勘違いをしていた。

 

「き、教授だなんて知りませんでした。俺、大学も出てない素人なのに勝手に薬を作って、申し訳ありませんでした」

「いいや、それはいいんだ。私自身も治せなかった病気だからね。あれがなければ死んでいたよ。人助けに学歴や身分なんて関係ない。君は私を救ってくれた、その事実だけで充分だ」


 ガレインや他の奴らとは違い、この人は俺に対して敬意を払ってくれているように見える。

 別に富や名声が欲しいわけじゃないけど、馬鹿にされるよりはずっとその方がいい。まともに話ができるだけでうれしいことだ。


「ここから先にあるカラッテ村でね、私と同じ奇病に苦しんでいる村人がいる。私は彼らを救うために王都からここまで赴いてきたのだが……現地で調査をしているうちに同じ病にかかってしまった。まあ、あの毒ではいずれそうなってしまうことは目に見えていたんだがね……」

「カラッテ村ですか……」


 俺の田舎はスコッテ村という名前で、このカラッテ村の北側に位置している。

 距離は少し離れているが……病気が蔓延しているというなら他人事じゃない。というか帰るにはカラッテ村を通らないといけないから、このままだと先に進めなくなってしまう。


「君が調合してくれた薬を、すぐにでも現地の村人に渡さなければ。私と一緒に来てくれないか? 安心してくれ、患者たちは毒の少ないエリアに運んでいるから、君が病に伏せることはないだろう」


 レベッカは勢いよく立ち上がろうとした……のだが……。


「う……」


 レベッカは再び倒れこんだ。

 無理もない。さっきまで死にそうになってたんだから……。


「無理しないでください。まだ体に毒が残っています。俺の薬でしばらくしたら排出させるはずですので、今はまだ安静にしていてください。薬は俺一人で届けますから……」

「うう……すまない。私の助手……カールが現地にいるはずだから、その薬のことを伝えてほしい。大学の名に賭けて、報酬は必ず払うから心配しないでいい。助手に私の名前を伝えればよいはずだ。私も後でそちらに向かうから、頼む……」

「分かりました、あとは俺に任せてください」


 レベッカは地面に座り込んだ。

 まだ体力が回復してないんだ。


 俺は彼女を近くの旅人たちに預け、カラッテ村へ向かうことにした。


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