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トイレの精霊


 魔王城、トイレにて。

 トイレを雑に扱っていたこの魔族は、なんと……魔王だった。

 しかもどこかの元国王みたいにトイレ清掃員のことをバカにしている。確かに国王に比べたら偉くもなんともない存在だけど、俺たちだって社会の幸福に貢献してるんだぞ?


「トイレは大切に使うべきだ! どうしてそのことが分からないんだっ!」

「どこの誰かは知らぬが、余の城で不審な行動をしたことは万死に値する。トイレのことを考える前に、まず自分のことを心配するべきであったな。もっとも……身を案じたところでどうにかできる問題でもないが……」

「なんだと?」

「死ね」


 瞬間、魔王の姿が霞んだ。


「……っ!」


 一瞬で俺の目の前に出現した魔王。

 俺はとっさに後方へと飛んだ。


「ほう、なかなかの反応速度。やはりトイレ清掃員などとは思えんな。戦闘職の……それもかなりのレベルと見た」


 こ……こいつ、強い。

 今まで出会ってきた魔族たちとは格が違う。


「だが残念だったな。余は魔族の中でさ……さ……最強と自負している」

「言い淀んでないか?」

「うるさいっ! ともかく今のが本気ではないということだ。その減らず口……開けなくしてくれる」

 

 ひゅん、と風を切る音が聞こえたかと思うと、再び魔王の姿が消えた。


 息をするよりも、瞬きするよりも早く一瞬で俺に近づいた魔王は、俺の身体に拳を打ち付けてきた。

 あまりの速さに避ける暇がなかった。


「ぐっ!」


 俺はその攻撃を受けるしかなかった。


 激しい衝撃に耐えらえることもできず、俺はトイレの壁へと吹っ飛んでいった。

 壁にめり込むほどの衝撃。骨が折れていてもおかしくはなかった。


「ぐ……うぅ……痛い……な」


 だが俺の防御が功を奏したのか、致命傷はなんとか免れたようだ。


 あれだけの衝撃、よく命が無事だったな。本当に驚いた。


 だが驚いていたのは俺だけでなく魔王もだった。


「き、貴様本当に何者だ? 弱い人間の身体であれば百人程度肉片も残らぬレベルで粉砕する一撃だったのだが……」

「……う……ぐ……ぐ……」

「ま、まあ良い。その様子ではもはや満足に反撃もできないであろう? どこの誰か気になりはするが……様子を見るには危険すぎる耐久力だ。ここで殺しておかなければ……な」


 ま、まずい。

 この魔族、俺を本当に殺すつもりなのか?

  

 俺を牢に捕らえたあの魔族とは違う、明らかな敵意。偶然攻撃を防いでしまったことが不信感に拍車をかけてしまったのかもしれない。

 俺はただトイレ掃除を通してみんなを幸せにしたかっただけなのに。


 そういえば、女神の力があったんだったな。もっとしっかり練習しておけば、この魔王ともそれなりに戦えて……。

 いや、そもそも戦いに来たわけじゃないんだから、それも無理な話だったか。

 

 俺はこのまま……死んでしまうのか?

 ああ……死ぬ前にせめてこのトイレを綺麗にしてから死にたかったな。この魔王がゴミを小便器に流してたせいで……こんなことに。


 力があれば……。

 力さえあれば……こんな奴。


〝力が……欲しいの?〟


 幻聴、なのか?

 この場にいない誰かが、俺に語りかけているような気がする。


 正直、力が欲しいわけじゃない。

 でもいくら俺がトイレ清掃員でもこのトイレが墓標になるなんて嫌だ。生きる力がくれるというなら……頼む。


〝分かった〟


 今、確かに声が聞こえたよな?

 幻聴じゃない? 女神様の声とは違うし……あなた様は、一体?


〝僕は君が掃除してくれたトイレだよ〟


 え?

 トイレ?

 まさトイレの精霊が俺に力を?


〝君のおかげで、僕たちはとてもきれいになったんだ。みんな君のことが大好きだよ。だから、僕たちにも手伝わせて〟


 ち、力をくれるなら頼む。

 俺はこんなところで死にたくない。 


〝僕たちに任せて〟


 という声を聞くとともに、体から力があふれてくるのを感じた。

 これは……なんだ? 

 あふれ出る力の奔流に逆らうことはできず、俺は自然と立ち上がっていた。


「ほう、まだ戦う力が残っていたか?」

「う……」

「む……?」

「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 叫べ!

 

「超便合体!!!!! ダイベンジャーっ!!!」


 瞬間、俺は光に包まれた。

 そして……。


「き、貴様……その姿は……」


 光が収まり、改めて俺の姿を見た魔王が驚愕の表情でこちらを見ている。

 これが……トイレの力を借りた俺の力だ!


 俺は誇らしい気持ちになりながら、なんとなく魔王の背後のにあった鏡に目線を移した。

 

 は?


 そこに映っていたのは、当然魔王と俺。

 しかし俺の姿は、信じられないことになっていた。


 どうやらトイレの精霊は、俺に防具を授けてくれたようだ。


 胸部には大便器(洋式)の蓋。

 ま、まあこれはいい。


 肩当てになっているのは二つの大便器(和式)。

 脚にはめ込まれているこのブーツ状の物体、どう見ても壁掛け用小便器。

 そして極めつけは兜。頭にかぶっているのは、どう見ても宙に浮いてるタイプの小型壁掛け小便器。

 おまけに背中には貯水タンクっぽい白い容器を背負っている。

 

 つまり俺は全身に便器を纏っていた。


 …………。

 …………。

 …………。


 う……。

 うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!


 なんなんだよこれえええええええええっ! 

 俺は汚いからトイレ掃除をしているのであって、便器を身に着けたいほど大好きだとは一言も言ってないぞおおおおおお!

 

〝みんな君の力になれて喜んでるよ。さあ、敵をやっつけようっ!〟

「あの……これ、新品ですか?」

〝安心して、みんなあなたが掃除したピカピカのトイレたちだよ〟


 うあああああああああっ!


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