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モラルのない魔族

「ここが次のトイレか……」


 最初のトイレを立ち去ってから、俺はしばらくいくつかのトイレを掃除した。

 どこもかなり汚かったのだが、俺の清掃技術をもってすればその程度の掃除は問題にならなかった。

 

 さて、ここもピカピカにするか。

 

 まず俺は大便器の個室に入り、便器を掃除することにした。

 どこのトイレも使い古した汚い感じだ。新しいものに買い換えようとは思わないのだろうか? 

 まあ、金がないというならそこで話が終わってしまうんだけどな。

 設備の問題は俺にとってどうでもいい話だ。俺はただ掃除をするだけ。


「ふぅ……」


 便器、清掃完了。

 もはや経年劣化でどうしようもないように見える便器ですら、俺の手にかかればこんなにもピカピカに。その技はまさに芸術。

 トイレもきっと喜んでいるに違いない。


〝ありが……とう〟


 ん?

 今、何か声が聞こえたような?


 はっ、まさかこれかこの前聞こえた便器の声か? 俺の清掃技術はとうとうトイレの精霊にまで届いて……。

 

 などと変な妄想をしていたまさにちょうどその時、入口の扉が開かれた。


 む……。


 個室トイレで掃除をしている俺だから、そのままでは姿を見られることはない。俺が掃除しましたとアピールするにはまだ全然できていない状況だ。ここでわざわざ姿を現す必要はないだろう。


 大便器の個室は二つあるのだが、入ってきた魔族はどうやら小便器の方に用事があるらしい。こちらに近づいてくる気配はなかった。

 

 ドバッ、と液体の撒かれるような音が聞こえた。


 え……量、多くね?


「くっせえええええええっ! これめっちゃくっせぇわ! 賞味期限十日切れがもはや飲み物じゃねええええええええええっ! こんなくっせぇ牛乳見たことねぇわ」


 え……。

 こ……こいつ、まさか……。


 腐った牛乳を、小便器に流しているのか?


 う……うーむ。

 確かに牛乳をトイレ掃除に使うという話は聞いたことがあるが。俺の代わりに掃除してくれるのか?


「っと、次はこっちだな。半年分賞味期限が切れたサラダ油……、重いわぁ」


 ドボドボドボ。


 と、緩やかに何かの流れる音が響いた。


「はぁ~流れろ流れろ! 川の魚がこの油で脂乗っておいしくなるぞ~」


 なるわけねーだろ!


 こ……こいつ。信じられない。食用油を……トイレに流しているのか?

 なんて奴だ! 詰まるぞ! よくも俺の目の前でそのような悪行を……。い、今すぐ殴り飛ばしてやりたい……。


 お、落ち着け。落ち着け、俺。

 相手は仮にも魔族。ここで怒りに任せて飛び出してしまえば、機嫌を損ねて殺されてしまう危険もある。

 俺はトイレ掃除で伝説を作るためにここに来たんだ。どこかの勇者みたいに魔族を倒して名声を得ようとは思っていない。

 

 だから落ち着け。深呼吸だ。

 流れてしまった油は仕方ない。忘れるんだ……。


「(クチャクチャクチャ)」


 なんだ、この音。ガムか何かを噛んでるのか?


「ぺっ!」


 ペチッ、と何かが引っ付くような音がした。

 今の音、まさか……。

 

 しょ……小便器にガムを吐き捨てた……だと?


 し、信じられない。大便器に捨てることすら許されないのに、よりにもよって小便器にガムを吐き捨てる奴なんて見たことない。あのマナーに問題あったレギオス王国の貴族ですら、ゴミは大便器に流していたのに……。


「やっべっ! 勢いで吐き捨てちまった」


 勢いってなんだよっ! 馬鹿にしてるのか!


「まっ、いいか。汚なくて拾えねーし。ほっときゃババアが掃除すんだろ」


 拾わない……だと。


 数々の狼藉。

 トイレの中にいる俺は、すべてを知ってしまった。

 堪えなければならないことはわかっていた。ここで怒って説教でもしたら、友好なんて夢のまた夢。


 でも、これが許せるか?

 こんな悪行があっていいのか?

 ここは人間の住処じゃなくて魔族の城だ。味方の公共施設なら、もう少し気を遣うべきなんじゃないのか?


 ……もう殺す。


 俺の中で……何かがブチ切れた。


「おまえええええええええっ! いい加減にしろよ! さっきから聞いてれば、トイレをゴミ箱か何かと勘違いしてるんじゃないか? 中で詰まったら掃除が大変なんだぞ! 掃除する人のことを考えて、少しはモラルのある使い方をしろっ! 少し考えればわかる話だろっ!」


 怒りに震える俺はそのままの勢いで個室から出て、小便器の前にいる魔族へと声を荒げた。


「な、なんだ貴様は!」


 焦った魔族が顔をこちらに向けた。


「え?」

「は?」


 その顔に……俺は見覚えがあった。

 顔を知っている魔族なんてほとんどいない俺だったが、その魔族の顔は良く知っていた。

 そう……この城の至る所に配置されている……あの胸像そのもの。

 つまり……こいつは……。


「え、ええいっ! なぜ人間がこのようなところにいる! 門番は何をしているのだっ! あの愚か者めっ!」

「え……お、お前が……魔王?」

「曲者めっ! 余の居城で何をしているっ!」


 魔王。

 小便器に散々ゴミを捨てていたのは、この城の主……魔王であった。


「な……何って……トレイ掃除を」

「冗談も大概にしろ。勇者の命でこの城を調査しに来たスパイ……おそらくそんなとこだろう?」

「いや……俺は本当にトイレ掃除で世界中を幸せに……」

「はっ、愚か者め。トイレ掃除ごときで誰が幸せになれるというのだ! そんなものは女の使用人に任せておけば良いのだっ!」


 こ……こいつ……。


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