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聖獣ミョルミルス

 クロイスが立ち去った後、ドラゴンとみぃちゃんの会話が始まった。

 といっても、対等な話し合いではない。

 ドラゴンは翼を折り、地面へと座り込んだ。それはまるでクロイスが国王に示したような、格下の者が示す礼であった。


「お……お久しぶりです。百年、否二百年ぶりでしょうか。まさかこのような辺境の地であなた様に出会えるとは……。本来なら丁重にお出迎えするべきなのですが、何の準備もないことをどうかお許しください」

「みぃっ!」

「ミョルミルス様」


 聖獣ミョルミルス。

 創世神話に名を連ねる聖なる生き物だ。

 この世界はかつて女神によって創世された。無限に広がる海の中に、女神の力でまず大地を生み出した。次にその大地の上に山と森を生み出し、最後には様々な生き物を生み出した。

 聖獣ミョルミルスはその巨体で大地を支える聖獣である。ドラゴンや人間が暮らすこの大地のはるか下……海の底に鎮座している。

 

 むろん、神話は神話だ。敬虔な〈女神教〉以外の人間が、このおとぎ話のような内容を信じていることはない。

 だがこのエルダードラゴンは知っている。神話はすべて事実であると。


 聖獣とは神の御使い。創世の女神たちを除外して、この世でもっとも尊く神に近い生き物なのである。


 今、目の前に見えるミミズ状の生き物は、はるか大地に底にいるミョルミルスが伸ばした触手の一つ。本体から切れても数時間は動くことができる。そんな感覚器官の一種であった。


「しかしなぜあなた様があのような若造と……。奴隷か何かですかな?」

「みみみみみぃっ!」

「え? 奴隷じゃない? 友達? はははっ、ご冗談を。聖獣ともあろうお方が、ドラゴンならまだしも下等な人間を友人などと」

「…………」

「確かに我はあの男に手痛い傷を負わされました。しかし負けたわけではありません。本気を出せば赤子の手を捻るように嬲り殺すことができるというのに、あの男はそんなことも知らず大トカゲだの吠えるばかり。あのような汚いブラシを装備して……知性の欠片も感じませんな。ミョルミルス様の友人にふさわしくないかと……。…………ん?」


 ゴゴゴゴゴゴ、と大地が唸った。


 地震だ。


「ひぃっ!」


 エルダードラゴンは知っている。

 この世界で起こる地震は、すべてミョルミルスが起こしているものなのだ。強い感情を持った時に体を震わせているだけに過ぎない。


 揺れているうちはまだいい。

 本当にミョルミルスが激怒すると、大地に巨大な地割れが発生し相手を飲み込む。ドラゴンのように空を飛べる生き物であったとしても、触手を伸ばして絶対に逃がさない。 

 

「ももももももももも、申し訳ございませんんんんんんんんんんんっ! あの人間はすごい! 賢い! かっこいい! ミョルミルス様の友人にふさわしい方でした! 我の勘違いでした!」

「みっ!」


 納得、といった様子のミョルミルス。

 この方に逆らってはいけない。

 ドラゴンは改めてそう心に誓ったのだった。



 ********


 俺はみぃちゃんにトカゲを任せ、森の中に入った。

 あれだけミミズを怖がってるんだから、きっとみぃちゃんがうまくやってくれると思う。このまま俺以外の犠牲者がでないことを祈るばかりだ。


「よぉトイレ」

 

 背後から、耳障りな声が聞こえた。

 騎士団長、ガレインだ。

 後ろには配下の兵士たちが控えている。どうやら、俺とドラゴンのやり取りをずっと見ていたらしい。


「見てたぜ、ははっ、とんだ笑い話だ。ドラゴンだと思ってたらただのトカゲだったなんてな。トイレブラシでも倒せるわけだぜ」

「悪趣味だな。俺は死ぬかもしれなかったんだぞ? 助けてくれても良かったんじゃないか?」

「どけよ」


 ドン、と俺を突き飛ばしたガレイン。


「俺たちゃこいつの討伐依頼を受けてここまでやってきたんだ。ドラゴンがいなかったとしても手ぶらで帰るわけにはいかねぇんだ。」

「お、おい……余計なことは……」


 俺の言葉など全く耳に入れるつもりはないらしい、ガレインとその配下たちは、狭い平野の中で一斉に展開した。


「……くくく、どうやらまだ人間が残っていたようだな」


 トカゲは臨戦態勢。みぃちゃんは地面に潜っていなくなった。


 せっかくみぃちゃんが説得してくれそうだったのに、めんどくさい奴らだな。

 でもこのトカゲ、人間を襲おうとしてたわけだから、討伐しておくのが一番安全かもしれない。いくらガレインが気に入らなくても、俺は彼らの仕事を止めるつもりはなかった。


「構えっ!」


 ガレインの声に従い、兵士たちは一斉に槍を構えた。


「いまだ、一斉に突け!」


「「「フレイムランスっ!」」」


 兵士たちが一斉に声を上げた。

 炎の下級魔法を槍に付加する技―――フレイムランス。見るのは初めてだが、王国の兵士たちはこうやって集団で攻撃するらしい。

 亜人との戦闘ではいかんなくその力を発揮し、王国の領地を拡大するために貢献したとされるこの戦術。 


 だが……。

 

「な、なにっ!」

「こいつ、槍を……」

「うああああああああああああっ!」


 ある者はなぎ倒され、またある者は槍を曲げられ。炎とか金属なんて関係ない、ぼろぼろにやられてしまった。


 えぇ……。

 みんなあのトカゲに負けちゃうのか? トイレ清掃員の俺でもかなり押してたのに……。

 手加減しすぎなんじゃないのか?


「はっ、トカゲのくせにやりやがるな。お前らもう下がれ、。いつものように俺に支援魔法かけろ」


 ガレインは兵士たちを後ろに下がらせた。そして……。


「〈チャージ〉っ!」

「〈リジェネレーション〉っ!」「

「〈パワー〉っ!」

「〈ガード〉っ!」


 続々と支援魔法がガレインへと集まっていく。


「はああああああああっ!」


 叫ぶガレインの筋肉が膨れ上がる。そして『闘気』……なのかどうかは分からないが、体中が金色に輝いて見えた。


 黄金の闘気をまとったガレインは、女神の力を持つ勇者に迫るほどの実力を持つ……という話を聞いたことがある。

 これが奴の本気ってことか。


「素手だ」


 拳を突きあげながら、ガレインは俺を見た。


「お前がブラシ使って一生懸命剥がしたこいつの鱗。素手で剥がしてやるよ。そこで黙って見てな」

「ふっ」


 笑うトカゲを無視して、ガレインが突撃した。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! くらえ奥義、〈閃光烈破〉っっ!」


 おお……強そうな技だな。

 さすが王国騎士団団長だ。これなら大トカゲにも大ダメージで……。


「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 え?

 ガレインの……手が。



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