魔王城到着
陛下が閉じ込められた檻の近くに設置されていたのは、イベントのスケジュールだった。
陛下、園内で何かのショーをやってるのかな?
あの文句を言うだけで偉そうで何一つ仕事をしていなかった陛下が、こんな魔族だらけの場所でしっかりと生きようとしてるなんてな。
俺はちょっと感動してしまった。
陛下、たくましく生きてください。俺はもういなくなりますので。
〝ご来園の皆さまに、お知らせいたします〟
突然、園内放送が聞こえてきた。
〝間もなく、うんこ人間によるおトイレタイムーーメスガキが始まります」
え?
〝ご覧になるお客様は、園内東、人間エリアのうんこ人間檻へお越しください〟
お、おトイレタイム?
ど、どういうことだ? 陛下の見世物って、〈糞紋〉の影響でうんこを漏らすあれなのか?
いやそんな汚いものを見て誰か喜ぶ人がいるのか?
などと考えていた俺が甘かったことはすぐに理解した。
このアナウンスを来た様子の魔族の子供たちが、わらわらと陛下の檻に集まってきたからだ。
俺は隣の檻に隠れながらその様子をうかがうことにした。
「あー、うんこ人間だ」
「ぎゃははは、きたなーい!」
「はやくうんこしないかなぁ~」
魔族の子供たちは目を輝かせながら陛下のことを見ていた。まるで珍獣か何かを眺めているかのようだった。
「な、なんじゃなんじゃ! なぜ魔族どもがわしのもとに……」
どうやら陛下は自分のアナウンスがあったことに気が付いていないようだ。うんこ人間なんて呼ばれていることを知らないのか?
まあ自分では自分の看板は見えないし、陛下は例の〈糞紋〉のせいで記憶のおかしいところがあるからな。そんな風に判断できなくなってしまってもおかしくない。
困惑する陛下をよそに魔族たちがどんどん集まってきている。うんこ人間はこの動物園の中でもかなり人気があるようだ。
「「「うんこ人げ~ん!」」」
陛下、魔族の子供たちに大人気らしい。
「何がうんこじゃ、下品な。やはり魔族は人間とは違い品位に欠ける愚か者どもじゃな」
陛下、一応捕まってる状態なんだからあまり暴言を吐かない方が……。
「おっおっおっおっ」
あ……。
この状態は……。
陛下の〈糞紋〉が発動しようとしている。
またあのおしりミルク~、とかいう気持ち悪い叫び声を聞かされるのだろうか? 正直勘弁してほしい。
「お゛っ♡ お゛っ♡ お゛っ♡ お゛っ♡ お゛っ♡ お゛っ♡」
へ?
あまりにも予想外なその声を聞いて、俺は立ち去ることをすっかり忘れてしまった。
陛下、何言ってるの?
あれ、おかしいな。
俺の知ってる漏らし方と、何かが違うような。
「ざ~こ♡ ざこ♡ ざこ♡ ざこうんこ♡。よわよわうんこ♡ 絶対負けるわけないのじゃ♡ おほぉっ♡」
ブリュリュブリブリチブリュブリュブ! ブボボボボボボッ! ブリュルルルルルルルッルルルルルッルルルルルッルルッルッ! ブリュルルルルルルルルウウウウウウウウウウウウウウッ! ブボボボボボボボボッ! ブリィッゥ! ブリッリ、チッブリブリブリブリブリブリブリブリリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!
…………負けてるじゃん。
本当にざーこざこだったのは陛下の肛門でしたね。ご愁傷様。
「「「ざーこ! ざこざこ! ぎゃははははっ!」」」
ま、魔族の子供たち、めっちゃ嬉しそう。
俺たち人間が珍獣の食事やトイレ姿を見て喜ぶように、魔族たちもまた人間のこういった姿を見て喜ぶのかもしれない。
でもこれだけ人気なら陛下の身も安泰だろう。むしろ追放されて野宿とかしてた頃よりもましな生活を送っているんじゃないだろうか?
少し安心したな。
こうして、陛下の様子を見終えた俺は、すぐにその場を立ち去った。
そして動物園の責任者と仲良くお話して、掃除をさせてもらえることになった。
もちろん俺のトイレ掃除に抜かりはなかった。
そうして動物園を過ぎ去った俺は、いよいよこの地にたどり着いた。
イングリッド魔王国……首都、魔王城だった。
俺はかつてレギオス王国の王宮でトイレ清掃をしていた者。同じく首都の城である魔王城を掃除する資格もある。
……と思っていたのだが。
なぜか俺は今。牢屋の中にいた。
「あのーすいません」
番人らしき槍を持った魔族の男に声をかける。
「俺はただのトイレ清掃員なんですー。これは何かの間違いです。今すぐここから出してトイレ掃除をさせてください」
「黙れこの愚か者がっ!」
などときつい感じで叱られてしまう。
俺が一体何をしたっていうんだ?
「魔王城は魔王様の住処。人間族は立ち入り禁止だ! どこの田舎者かは知らないが、しばらくその中で反省していろっ!」
……と、いうことらしい。
まさか人間が立ち入り禁止だなんてな。それじゃあ一体どうやってトイレ掃除をすればいいんだ?
殺される心配はなさそうだが、このままここでぼんやりと過ごしているわけにはいかない。
俺にはトイレ掃除という崇高な使命があるんだ。ここで伝説の掃除を生み出し、歴史に名を遺す存在になってみせる。
時間が惜しい。
少し強硬策になってしまうが、ここから脱走することにしよう。




