魔王国の動物園
ハザンとかいう軍人を倒した俺は、すぐに都市のトイレ掃除を始めた。
なかなか満足のいく掃除だったと思う。住民たちは大喜びだった。
そして俺はさらに奥へと進んでいった。
どうやら辺境から首都に近づいているらしく、明らかに建物の質が都会風に変化している。しかしハザンたちのような軍人はあまりいなかったので、俺の掃除が滞ることはなかった。
ここはそんな都市と都市の間を結ぶ街道だった。
しかい郊外で大きな住宅が見えないにも関わらず、道はとある施設へと続いていたのだった。
「動物園か……」
町と町との間、小高い丘の上にあったのは動物園だった。建物近くの看板にはでかでかと動物園と書かれており、門の近くには入場料を求める魔族がいた。
動物園。
当然ながらトイレも存在するはずだ。ただ公園みたいな無料の施設とは違い、入園者から金をとっているここではしっかりとした清掃員がいるかもしれない。
俺がわざわざトイレ掃除をする必要はないかもしれない。が、確認だけはしておきたいな。
俺は軽い気持ちで動物園の中に入った。以前清掃のお礼にともらったお金があるから、入園料を払って何も問題は起きなかった。
金さえ払えば人間でも問題ないのだろうか?
中は人間世界にあるような動物園とそう変わりないように見えた。
故郷が田舎である俺にとっても、珍しく見たことのない動物たちはなかなか面白いものだった。
さてと、そんなことよりもトイレは一体どこにあるのだろうか? 広すぎてよくわからないな? 案内板は……。
などと考えながらふらふらと歩いていた時、俺は……それを見つけてしまった。
「こ……これは……」
ぼんやりと動物の檻を眺めていた俺。そこで見つけたのは、常識では絶対にありえないはずの光景だった。
檻の中にいたのは……人間だった。
「うあああああああ」
「もういやだああああ、家族に会わせてくれ」
「頼む、頼むから許してくれええええ」
俺たちと同じように話をする、人間。それが珍しい動物たちと同じように……檻の中に飾られている。
こ、これは……なんて悪趣味な。
魔族にとって人間は動物の一種なのか? いや、魔王国にも人が住んでいるって聞いたんだけど。俺だって人間なのに中に入れたのに。
何かの罰で入っているとか? あるいは戦争の捕虜?
檻の前の立札には、その人の簡単な紹介がされている。
といっても動物園みたいに人種が詳しく書かれているわけではない。
兵士、だとか毛むくじゃら人間、だとか冒険者、だとか。そんな職業や身体的特徴が書き記されている。
「た、助けてくれええええっ」
さすがに、同じ人間として見れたものじゃないな。
俺の目的はトイレを清掃すること。まずはどこか別の場所で案内板を見つけて、効率的にトイレ清掃を済ませたい。あと勝手に掃除するわけにはいかないから、できればこの動物園の園長とお話を……。
「出せええええええ」
今……の声。
どこかで……聞いたことがあるような。
檻に入れられた人間たちの悲鳴が響くこの場所で聞こえたきたその声。俺にとってなじみがあるような……ないような……。
「わしをここから出すのじゃああああ!」
間違いない。
今の声……まさか……。
ここに長居をするつもりはなかったのだが、気が付けば俺はその声をつられて檻の近くに寄ってしまった。
「わしを、わしを誰と心得るかっ! 無礼者ども! 早くわしをここから出せえええええええっ!」
へ……陛下。
レギオス王国元国王、アウレリウス=レギオス。
かつて王国を支配していた老人。俺を王宮から追放し、その浅はかな考えのせいで自らも追放された愚かな王。
村の北へ逃亡したときには、魔王国方面だとは思っていたんだが。まさか本当にこっちに来ていたなんてな。しかし殺されなかっただけましな結果と言えるかもしれない。
立札にはこう書かれていた。
『うんこ人間』。
な、なんという哀れなことに。
俺を追放したあの時、陛下の暗い未来は決まってしまったのかもしれない。
「む、貴様、ま、まさか……クロイス! クロイスか!」
「お久しぶりです陛下。まさかこうしてお会いすることになるなんて……」
「何がお久しぶりじゃしらじらしい。いつもわしに嫌がらせをするために近くにおるではないか」
ああ……陛下の中ではそういう設定だったね。
「とにかくクロイスよ、わしをここから出すのじゃ」
「いや……それはさすがに」
確かにいくら陛下といえどもこんな檻に入れられて見世物にされているのはかわいそうだと思う。
しかし俺はただのトイレ清掃員。こんな魔族だらけの動物園の中から檻をこじ開けて陛下を連れ出すことなんて不可能だ。
俺がトイレ掃除をしていけば、魔族と人間の友好が深まり……いずれは陛下も解放される可能性がある。
「陛下、俺には俺の仕事があるんです。失礼します」
「待て、待つのじゃクロイスよ!」
さよなら陛下。
俺はその場から立ち去るつもりだった。
が、振り向いたときに近くにあった大き目の立札に、自然と目線が映ってしまった。
それは先ほど見た紹介の小さな立札ではなく、この檻の近くにある特別なものだった。
うんこ人間、わくわくイベントスケジュールのご案内。
10:00 おしりミルク。
12:00 メスガキ。
14:00 チー牛。
16:00 大車輪。
18:00 マジシャン。
こ、これは……。
陛下の……イベントスケジュール?




