ハザンとの遭遇
こうして俺は村のトイレを次々と綺麗にしていった。
最初は嫌がって攻撃してくる魔族さんたちも、俺の誠意ある対応に心打たれたみたいで、最後にはおとなしく俺の掃除を見守るようになっていた。
そんなこんなで五つ目の村を掃除し終えた俺は、さらに北へと向かっていた。
「……うーん、これは」
今まで、俺は五つの村を訪問した。
国境沿いということもあり、村はどこのいかにも田舎といった感じの場所だった。畑があって、安っぽい家があって、働く農民がいる……そんなところだ。
だけど今俺が訪れているここは、これまでの農村とは明らかに異なっていた。
城壁のような壁。
大きめの門と門番。
そして都市の中に見える背の高い建物群。
ここは田舎の農村なんかじゃない。明らかな都市だ。
とうとう本当の意味で魔族の領域に突入したようだ。
こんなに大きな町だ。汚いトイレもいっぱいあるに違いない。
いよいよ、俺の本領発揮だな。
「止まれっ!」
俺に声をかけてきたのは門番、軍人風の魔族だ。
おそらく、これまでの農民みたいなやつらと違って戦うための訓練を受けた魔族。魔王に使える正規軍だろう。
でも大丈夫。
俺は敵じゃないからね。
「貴様、人間か? どこの村のものだ?」
「俺はレギオス王国から来たトイレ清掃員だ。この町のトイレを掃除させてほしい」
「貴様ふざけているのか?」
やれやれ、気の短い門番さんだ。
「本当ですって。ほら証拠にこんないい匂いのするトイレ芳香剤を」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「えぇ……」
俺がちょっと消臭剤を嗅がせたら、なぜか魔族さんが悲鳴を上げてしまった。
門番魔族は悲鳴を上げたまま地面に倒れこみ、泡を吹きながらがくがくと体を震わせている。
「た、隊長おおおおおおおおおお!」
「て、敵襲だああああああっ!」
「貴様一体何をしたっ!」
目をぎらつかせた魔族たちが、一斉に俺へと詰め寄ってきた。
「あわ……あわわわわわわわ」
俺たち、分かり合える……よね?
「あの……俺はトイレ清掃員で」
「何がトイレ清掃員だ馬鹿馬鹿しいっ!」
「ただのトイレ清掃員がこんな猛毒を持っているはずがないっ!」
「殺せ! この人間は人類圏のスパイだ! 破壊工作だっ!」
「「「「「殺せ」」」」」
あわわわわわわわわわわわわ。
もう駄目だ。話をしてどうにかなるレベルじゃないぞこれ。俺ここで殺されちゃうのか?
伝説まで……あと一歩だったのに。
「何事だ騒々しい……」
門の奥から現れたのは、一体の魔族だった。
ザリガニみたいな姿をした、筋肉質な魔族だ。なんだかとても偉い奴らしく、この場にいる奴らが全員緊張している。
「ハザン様っ!」
どうやらハザンという名前らしい。
「この人間がゼツタ隊長を……」
「ほう……」
ゼツタ隊長、というのはさっきまで俺と話していた魔族なのだろうか? 俺が倒したみたいな言い方はやめてほしい。
「奴を倒せるとはなかなかの強者。ただの人間ではあるまい。名を名乗れ」
「俺の名前はクロイス。トイレ清掃員のクロイスだ」
「何、クロイスだとっ!」
あ……しまった。
つい本名を言ってしまった。
こいつのこの反応は……きっと。
「ふははははははははははははははは、これは運がいい。まさかターゲットの勇者が、のこのこと我らのもとへと訪れるとはな。ようこそクロイス王っ!」
「あ、あのー、俺はそのクロイスとは違うんです。別人なんです」
「くくくくくくくく、バカな男だ。ただの旅人になりすまし、このハザンの寝首をかこうとしたのだろう? 愚か者め! 我が配下の優秀な兵士が、貴様の正体を見破ったのだっ!」
いや別に正体見破られたわけじゃないと思うんだが。なんだかよく分からない怪しい人程度にしか思われてなかったと思うんだが……。
しかしこれでますます友好関係を築きにくくなってしまたような……。一体どうすれば。
「死ねえええええええええっ!」
魔族ハザンがハサミ型の手をドリルのように回転させながら迫っていた。そのすさまじい速度。避けることは難しい。
「う、うあああああああっ!」
焦った俺はトイレブラシで受け止めることしかできなかった。
だが……。
「うぎゃああああああっ!」
さっきの隊長魔族みたいにのたうち回るハザン。よく見るとハサミ状になってた手が破裂して、殻が周囲に散っていた。中の肉が見えてちょっと痛々しい。
……脱皮したてで皮が弱かったのか?
「お、おのれ、おのれえええええええっ! 勇者め。俺は、こんなところで……終わるわけには……く、くそ」
「ハザン様あああああああっ!」
「て、撤退だ! 撤退しろ!」
「ハザン様、どうかご無事で」
手を破壊されて瀕死の状態になったハザンは、担架のようなもので運ばれてこの場からいなくなってしまった。
それについていくようにして、軍人っぽい魔族たちも一斉に退避していく。
「ひぃ……」
「お、終わりだ……終わりだぁ」
「い、命ばかりは……、なんでも差し上げますから、どうか……」
ふむ……。
どうやらこの都市の住人は、あの魔族に脅されていたようだな。
あいつらがいなくなった途端、こんなに従順になってくれた。
やはり俺たちは仲良くなれる!




