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ピカピカトイレロード


 スコッテ村、公園にて。

 今日も俺はトイレ掃除に勤しんでいた。

 

 といっても、中の便器掃除はすでに終了した。あとは外の窓を拭いたり掃き掃除をしたりといったトイレとは関係のない掃除だけだ。


「みっみっみっ」

「ヴヴヴヴヴヴ」


 俺の友人、みぃちゃんとそのお兄さんが一緒になって掃き掃除をしてくれている。

 みぃちゃんのお兄さんも村に馴染んできたな。

 このまま平和に過ごせればいいんだけど。


「クロイス殿ぉー」


 と、少し離れたところから俺を呼ぶ声が聞こえた。


 ……あの人、見覚えがある。

 おそらくこの近くの村に常駐している兵士なんだと思う。アンケート用紙やテイラー大臣からの伝言をいつも持ってくる人だ。


「テイラー大臣より手紙を預かっています。どうぞご覧ください」

「…………」


 テイラー大臣の使者、という話を聞き、俺は警戒した。

 前回のことを思い出してほしい。俺はトイレ掃除にいっただけなのに、気が付けばエルフの王と戦っていた。もちろん大臣に悪気はなかったと思うんだが……、そもそもあんな依頼を受けるべきではなかったのかもしれない。

 

 確かにトイレ掃除は大切なことだ。だが俺以外ができないというわけではない。もしこの前のように遠征トイレ掃除の依頼だったら、やんわりと断っておくことにしよう。


 俺はゆっくりと手紙に目を落とした。


 

 クロイス殿へ。

 突然このような手紙をお渡してして申し訳ありません。どうしても、クロイス殿にお頼みしたい案件があるのです。

 近年、前王アウレリウスの悪政によって、この国は荒んでしまいました。高い税金に民は苦しみ、無駄な戦争で他国の恨みを買い、そしてクロイス殿のように不当に差別されていたものもいます。

 以前清掃していただいた国立公園を例にしてもらっても分かると思いますが、多くの公共のトイレが放置され荒れ果てています。我々はこの状況をどうにかしたいとずっと考えていましたが、先日、ようやく光明が差したように思えます。


 街道沿いの公共トイレを清掃、整備する計画です。


 始まりは我らがレギオス王国。 

 そして北に向かい、クロイス殿の住むスコッテ村を経由し、遥か遠くの魔王国までトイレを整備したいのです。

 我々はこの偉大な計画を『ピカピカトイレロード』と呼んでいます。 

 


「ピカピカトイレロード?」


 俺はその単語に釘付けになってしまった。


 う……嘘、何その超かっこいい名前。

 いやいや名前に騙された駄目だ。外に出ればまためんどくさいことになるに決まっている。俺はこの村で平和に暮らしたいだけなんだ。

 それに魔王国の領地なんて魔族の巣窟じゃないか。そんなところに行ってしまったら俺が殺されてしまう。



 そう思いながらも、俺は手紙の続きを読むことにした。



 クロイス殿。

 今、『面倒だ』とか『魔族が』とか思いましたね?

 確かにあなた様の考えは否定しません。

 しかし、歴史というものは、常にそういった困難に立ち向かった偉人たちによって生み出されてきたのです。

 あなのた清掃技術で、『伝説の歴史』を生み出してみませんか?



 で……伝説?

 れ……歴史?


 あ……ああ……ああああ……あびゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!

 ……しゅ……しゅごい。俺のトイレ掃除が歴史に、伝説に。あまりにしゅご過ぎて脳がおかしくなっちゃうよぉ。


「クロイス殿、実はテイラ―大臣はその手紙の返事を聞くため、近くの村までいらしております。お時間があるのなら、ぜひ直接返事を」

「あひぃ、俺は伝説の清掃員ですぅ」



 兵士に連れられ、俺は近くの村――すなわちカラッテ村までやってきていた。

 歩いているうちに若干冷静になってきたのだが、本当にこのままで良いのだろうか?

 いやがんばれ俺! 歴史が! 伝説が俺を待っているんだ!


 少し広めの建物。おそらくは役所か何かなのだろうか。

 木造の……会議室のような部屋の奥に、テイラー大臣が座っていた。


「おお、これはお久しぶりですクロイス殿。こうしてここまで訪れていただき、本当に感謝しております」

「顔を上げてくださいテイラー大臣。大臣なんかに頭を下げられたらこっちが緊張してしまいます」


 相変わらず平民を差別しない人だ。そういうところはとても好感が持てる。

 だけどこの前ひどい目にあったことを忘れていないぞ?


「テイラー大臣、お話いただいた魔王国のトイレ清掃に関してなのですが」

「ありがとうございます! クロイス殿なら受けてくださると信じていました! 本当にありがとうございますっ!」

「え、あ、あの……」


 ものすごい勢いでお礼を言ってくるテイラー大臣。

 な、なんだか逆に不安になってきたなぁ。今更断りにくいけど。


「あの、テイラー大臣。魔王国に行くという話ですが、本当に大丈夫なんですか? 俺なんてただのトイレ清掃員ですよ? 魔族に殺されでもしたら……」

「…………す、すでに魔王国からは清掃に関する許可をもらっています。問題ないのです」

「そうなんですか?」


 魔王国とは互いに勇者と魔族で戦い合う殺伐とした関係だと思っていたんだけど、しっかり国家間の交渉ができていたんだな。


「ただ魔王国とて一枚岩ではありません。可能性は低いのですが……万が一にも襲われる危険がないとは言えないでしょう」

「……ならやっぱりこの話は」

「いえいえ御心配には及びません! そんな野良魔族はたいしたことのない魔族ばかりなのです。クロイス殿でも十分倒せるほどなのです」


 た、倒せるって。

 仮にも魔族だぞ? 確かにこの前俺が村で会った魔族はすぐに逃げ出したけど、あれはたまたま消臭剤がアレルギーみたいな感じで効いたからだ。

 普通、魔族は人間に倒せない。俺はエリーゼ王女から女神の力をもらったから多少戦えるかもしれないけど、それでも戦闘技術は皆無だ。


「テイラー大臣。やっぱりトイレ清掃はこの国の領地だけということで……」

「クロイス殿おおおおおっ!」


 突然、テイラー大臣が叫んだ。


「あなた様のトイレ清掃技術は世界一なのです! 魔族もあなたのトイレ清掃を見れば必ずや改心し、友好的に接してくれるでしょう! あなた様は魔族と人類を結ぶ希望の星! どうか魔王国にもトイレ掃除へと出向いていただきたい」

「……でも」

「クロイス殿おおおおおおおおおおっ! あなた様に聞こえませんか? 魔王国で、心無い魔族たちの手によって汚物扱いされる便器たちの悲鳴が! 叫びが! 便器があなた様を呼んでいるのです! さあ目を瞑り、どうか便器の声に耳を傾けていただきたい!」

「え……」


 べ、便器の声?

 俺は目を閉じ、便器の声に耳を傾けた。


「助けて……」「汚いよぉ」「暗い、暗いよ「ずっと……このままなのかな?」「虫が……」「体が……割れて……」「水を流してよ」「クロイス殿……僕は便器だよ」「ほんとだよ」「蹴らないでよ」「ゴミを捨てないで」「痛い……痛いよぉ」「


 う、嘘だろ。

 便器たちの声が……聞こえた! 今、聞こえたぞ!

 俺は……こんな助けを求める声を無視して……村でのんびり過ごそうとしてたのか?

 そんなことは……できない!


「テイラー大臣! 俺、やります! トイレを清掃します!」

「おおっ! クロイス殿! あなた様はやはり伝説の英雄! その言葉をお待ちしておりました!」


 こうして、俺は魔王国までトイレ清掃に行くこととなった。


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