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光の玉


 ――世界同時凶作。


 突如として現れた黒い雲は世界中を覆い、災厄をもたらした。

 凶作だ。

 太陽の光がなければ多くの作物は育たない。水はあるからもやしのような作物は育てることができるが、それだけでは多くの栄養素を賄うことができない。


 デスキュロスが星を覆いすでに二週間が経過していた。多くの人々が……この雲が異常なものであると気が付き始めている。だがそれがまさか魔族のせいだとは思っていないだろう。

 

 知らず知らずのうちに、世界は……滅亡の危機に瀕している。


「クククク……」


 デスキュロスは笑った。

 すべてが……うまくいっているからだ。


「聞こえる、聞こえるぞ。太陽の光をなくし苦しんでいる人間の声が」


 人は太陽の光がなければ生きていけない。

 彼らにとって太陽は作物を育む母であり、光をもたらす聖火であり、すべをつかさどる神なのだ。


「我が体は全生物最大。あの神話の聖獣であるミョルミルスすらも超えているだろう」


 かつて創世の女神ヨハンナは大地を創造した。


 そうして世界――すなわちこの星を生み出したときに、不要となってしまったゴミ。大気圏の中で果てしない時の中循環……そして凝集され、ついには一つの個体として意思を持った。

 その創世のゴミこそがデスキュロスであった。


 人間はもとより長寿のエルフなどとも格が違う。創世の時代を生きた女神と比べられてもおかしくない、それほどの身分であると自覚している。


 デスキュロスは最強だ。

 

 そう、この時までは思っていた。


「む?」


 ふと、デスキュロスはあるものに気が付いた。


「な……なに……?」

 

 最初に見えたのは、小さな光の玉だった。

 遥か遠くの地表から生まれ出たその小さな玉は、ゆっくりと……しかし確実にこちらに向かって昇ってきている。。


 米粒よりも小さかったはずの光が、やがては大豆のように大きくなりそして……。 


「う……うおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 デスキュロスは生まれて初めて狼狽した。

 世界創世の残滓により生まれ出て以来、デスキュロスは攻撃というものを受けたことがなかったのだ。その身体はあまりにも巨体であり、そして生き物の生存圏から離れすぎている。


 しかしその神話級の魔族――デスキュロスは今、恐怖に駆られていた。


「熱いいいいいいいい、熱い熱い熱い熱い!」

 

 光の玉は、あまりにも暑かった。

 遥か遠くにある太陽とは違い、今、ここに向かっている光の玉はデスキュロスとかなり距離を詰めている。この光の玉が太陽よりも熱いとは思えないが、しかしだからといってデスキュロスにとって無視できるものではなかった。


「あ……あ……ああ……あ……」


 デスキュロスの意識が混濁し始めた。

 光はデスキュロスの黒い雲を霧散させ、完全に消滅させようとしている。しかし巨体であるデスキュロスにこの光を避けることは難しい。


「こ……れ……は……」


 もはや死を覚悟したデスキュロスは、己の追い詰めたその光の玉を凝視した。


「太……陽?」


 限界まで近づいた光の玉は、まるで……太陽のように燃え盛っていた。


 

 こうして、デスキュロスは倒された。



 ********


「うーん、最近暗いよな」


 俺はついそんな独り言をつぶやいてしまった。

 なんだかめっちゃでかい雲がずっとずっと空を覆っていて暗いのだ。このままでは凶作になること間違いなし。


 などと考えながら俺は公園のトイレを掃除していた。


 ここは村の中にある小さな公園の小さなトイレだった。ここを含め公共のトイレを掃除することが俺の数少ない村での仕事だった。


 ん、あの旅人は?


「クロイス君っ!」

「レベッカ教授?」


 トイレの前を通りかかった旅人は、なんと……レベッカ教授だった。

 かつてこの地を襲った奇病を研究していた教授だ。


「会いたかったよクロイス君。王都に会いに行ったのだがね、すれ違いになったみたいで……」

「レベッカ教授、近い、近いです」


 キスしてしまいそうなほどに顔を近づけてきたレベッカ教授を、俺はゆっくりと突き放す。


「す、すまない。つい興奮してしまって」


 落ち着いたレベッカ教授は、改めて俺の後ろにあるトイレへと目線を移した。


「ここは……トイレかな? 随分と中が明るいね。こんな昼間からランプでも焚いているのかな?」

「ああ、これはですね……。中を見てもらえばわかると思います」


 太陽の光が当たらないというのは困ったものだ。

 作物は育たないのはもちろんのこと、大地が乾きにくくじめじめした日が続いている。

 こうなると水回りはカビだらけになってしまうのだ。


 そのために俺は、一つの対策を打っていた。


「男子トイレの方か……。私は……」

「ああ、大丈夫です。清掃中なので中には誰もいませんから」

「ふむ」


 レベッカ教授が中に入っていった。


「こ、これは?」


 トイレの中心、その天井に存在したのは、小さな光の玉だった。


「俺が錬金術で生み出した――人工太陽です」


 そう。

 これでトイレのカビやその源を一掃しようという作戦だった。


「これは……火系統の魔法の一種?」

「原理はそう変わりませんが、水分を飛ばすことが目的なので熱を持つ光自体を放出しています。多少距離があっても届きますね。あ、触らないでくださいね。中ではものすごい温度になっていますから」


 まあ天井近くにあるから手を伸ばしてジャンプしないと届かないと思うけど。


「き、君は本当にすごいね! これほど凝集された熱を放つ物質を、長時間宙に浮かせたままおいておけるなんて……。聞いたことがない」

「ははっ、たいしたことありませんよ。魔力を凝縮して太陽っぽい光の玉を生み出しただけです。核になる物質は錬金術で生み出しましたけどね」

「君のことを学会で発表したら、教授たちから是非会いたいとせがまれてね。いつか時間のあるときに首都にきてくれないか? ぜひ話を聞かせてほしい」

「ああ……いや、俺はもうこの村の住人なので……」

「みっ!」


 ん?

 みぃちゃん?

 突然窓の外からにょっきっと生えてトイレに入り込んだみぃちゃん。


「あっ……」


 天井高くまでにょきっと伸びたみぃちゃんが、なぜが俺の生み出した人工太陽に向けて体当たりをした。


「お、俺の人工太陽が……」


 人工太陽は窓の外に突き飛ばされ、そのまま風船のように空へと昇って行ってしまった。


「だ……大丈夫かな? あとで消すつもりだったのに、熱を出したまま上に昇っていって……」

「ふむ」


 レベッカ教授が考えるしぐさをしている。 


「我々の住むこの地上は、常に大地を覆う大気からの圧力を受けている。いわゆる『大気圧』というものだ。クロイス君の高出力魔法が、大気圧の呪縛から解き放たれる。それはとても恐ろしい結果をもたらすかもしれない。体積が増大し、場合によっては爆発してしまう可能性も……」

「あわ……あわわわ……」


 俺のせいで世界が滅ぶ?


そしてこの話の最初へと繋がる。

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