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イングリッド魔王国

 レギオス王国北方。

 高く険しい山脈を越えたその地は、人類や亜人の勢力圏外。魔族と呼ばれる絶対強者に支配される国が存在する。

 イングリッド魔王国である。

 魔王と呼ばれる魔族の王を頂点に、数多くの魔族たちによって統治されるこの国。魔族は人間に比べ魔力も体力も著しく高い種が多く、女神の加護を受けた勇者でなければまともに戦うことすらできない。

 

 魔王国の遥か北に位置する首都には、魔王の住処が存在する。

 ここは魔王城……と呼ばれている。


 おどろおどろしいドクロによって装飾された部屋は、人間の感覚であればありえないほどに不気味で恐ろしい。

 元国王、アウレリウス=レギオスはとうとうこの地にやってきてしまった。

 あの日、クロイスの村を追い出されて以来、アウレリウスはずっと北に進んだ。もちろんこの地が魔王領であることは承知している。

 娘のエリーゼはさすがにアウレリウスを止めようとした。しかし帰るところがないというのは事実であり、結果としてこの地にやってくることしかできなかった。

 

 人間の骨を彷彿とさせるようなデザインの玉座に、一体の魔族が腰かけている。


 魔王。

 紫色の肌と顔を覆うような巨大な角、そして鋭い牙は人よりもむしろ獣や想像上の生き物に近いかもしれない。

 あらゆる魔族たちの頂点に立つ王。それはレギオス王国の王であったアウレリウスとは違う――種族の王なのである。


 魔王は玉座からこちらを見下ろしている。

 

「くくく、人の王よ。魔族の国に何用か」

「わ、わしはレギオス王国の王! 魔族の王よ! わしを助けるのだ!」

「ほう?」

「わしはレギオス王国の正統な王! しかし心無い者たちの卑劣なクーデターにあい、国を追われてしまった悲劇の王じゃ」

「かわいそうだから助けてほしい、とでも言いに来たのか?」 

「むろん対価は用意しよう! レギオス王国を救ったとものなれば、たとえ魔族といえど恩人。国を奪還した暁には多くの金銀財宝、そして領地を明け渡すことを約束しよう。悪いは話ではあるまい」


 と……アウレリウスは言い終わった。その顔は自信に満ち溢れている。自らの提案が素晴らしいものだと感じているようだ。

 だが……魔王の答えは決まっている。


「ふはははははははははっ!」


 魔王は盛大に笑った。


「な、何がおかしいのじゃ?」

「愚かな人間よ。余が知らぬとでも思ったか」

「な、なんじゃと!」

「元国王アウレリウス=レギオス。国民どころか貴族にも見放された愚王。城の清掃員を追放したことが原因で自らも追放されたと聞く。これを笑い話と言わずなんと言おうか」

「わ、わしは見放されてなどおらぬ! すべてはあの男……クロイスの責任なのじゃ!」

「この地に娘と二人でやってくる時点で、すでに愚か者であることは疑いない。あの国の財宝も領地もお前のものではない。そして新しい国王のものでもない。この……余のものである」

 

 交渉失敗。

 娘のエリーゼはこのことを予想していたのだろう。ここに来た当初と同じように暗い顔のままだった。

 しかし元国王アウレリウスは絶対の自信があったらしい。目に見えて動揺していた。


「あぁ……ああああああぁ、ああぁ、なぜじゃ? なぜわしばかりいつもいつも! どいつもこいつも愚か者ばかりじゃ! 許せぬ……許せぬぞおおおおおおおおおおおおおお゛っ♡」


 ブリブリブリチブリュブリュブリリリリリリリリ! ブリュルルルルルルルッルルルルルッルルルルルッルルッルッ! ブブッチブリュルルルルルルルルウウウウウウウウウウウウウウッ! ブボボボボボボボボッ! ブリィッゥ! ブリリッリリリリリリ、チッブリブリブリブリブリブリブリブリリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイボッ!


「お父様……」


 エリーゼが呆れたように呟く。

 だが魔王は常人とは感覚が違うらしい。


「くくくく……これは面白い。まさか国王でありながらあの呪われた紋を持とうとは……」


 魔王が軽く指を鳴らした。

 すると、背後から黒い影のような形をした魔族が現れた。


「この男を例の場所に連れていけ。面白い見世物になる」

「女の方はいかがしましょうか?」

「力を失った勇者に興味はない。ついでに例の場所に送っておけ」

「かしこまりました」


 黒い影のような魔族は、元国王と王女を抱きかかえるように包み込むと、そのまま部屋の外へと向かっていった。

 アウレリウスはもとより、女神の力を失ったエリーゼもまた逃げることは不可能だった。


「ま、待て、何をするのじゃ! わしを誰と心得る! レギオス王国の王であるぞ! ぶ、無礼な……放せええええええええええええっ!」

「……やっぱり、あの時逃げておけば……」


 耳障りな叫び声を残して、二人は玉座の間から退出した。 

 あとに残ったのは、魔王だけだった。

 

(新王クロイス……か)


 華々しい活躍をする新王クロイスの情報は、すでに魔王の耳にも入っている。確認は取れていないが、爵位を持つ魔族を倒したという報告もある。

 とてもではないが放置できる話ではない。近々人類圏を制圧しようとしていた魔王にとって、耳の痛い話であった。


〝魔王様……〟


 ふと、魔王の耳に声が聞こえてきた。

 この場には誰もない。魔法を使って頭の中に直接響いてくる類の声だった。


「その声――デスキュロスか?」

〝魔王様、此度の人類占領計画。是非我が先兵を務めたく申し上げます〟

「…………」

 

 魔王は悩んだ。

 勝敗のことを考えているのではない。デスキュロスはあまりに規格外で、そして絶対的な力をもって人類を圧倒できる。

 だがデスキュロスは人類を滅亡寸前にまで追いやってしまうだろう。人間という『資源』を活かしたいと考えている魔王にとって、それは望ましい結果ではなかった。


〝我が身は闇。この力、如何なく発揮して見せましょうぞ〟

「……これも運命か。良かろう、デスキュロス。お前に人類攻略を命じる」

〝有難き幸せ〟


 魔王は人類の滅亡を望んではいない。

 しかしその望ましい結果を捨ててもなお、警戒すべき要素が存在する。


 新王クロイス。

 爵位を持つ魔族を倒し、エルフ王主導の大軍をたった一人で止めた英雄的働き。これは従来の勇者が女神の力を使ってできる範疇を超えている。

 正面から戦えばただでは済まないだろう。魔王が負けることはないが、爵位を持つ上級魔族が何体死んでしまうか分からない。

 

(だがデスキュロスに力や技は関係ない。奴であれば確実に人類を滅ぼせる)


 魔王は窓に近寄り、遥か空の彼方を見上げた。

 そこには魔王国独特の薄暗い空が広がっている。昼夜を問わず広がるこの黒い雲は、通常の雲とは異なり延々と続いている。。


 この雲こそ、魔族四天王の一角を占めるデスキュロスの身体である。


 100年前、『百夜の凶作』と呼ばれる大凶作を生み出し、デスキュロスは人類を滅亡寸前にまで追い込んだ。実際その時に魔王が止めなければ人も動物も死に絶えていただろう。


 空に蠢く巨大なデスキュロスは、まもなくこの星を覆い……そして多くの死をまき散らすだろう。

 たとえ新王クロイスがどれほど武勇に優れようと、この巨体を倒しきることは不可能。自殺するか飢え死にするか病死するか、暗い未来しか残されていない。


 魔族の勝利に揺ぎ無し。


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