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旅人

  

 俺は田舎へと帰ってきた。

 

 ふぅ、ちょっとトイレ掃除をするだけのつもりだったのに、随分と冒険してしまったものだ。もうこれからは何も余計なことはしない。この田舎でのんびり生活するんだっ!


 噂では、シギュン王女とクロイス王の婚約が発表されたらしい。このクロイス王というのはもちろん俺のことじゃなくて本物のクロイス王のことだ(よな?)。

 なんだか逃げ出してしまって申し訳ない話だが、クロイス王はとても慈悲深くそして賢い国王だ。シギュン王女と結婚するのにこれほどふさわしい相手はいない。


 シギュン王女、俺のことは忘れて幸せになってください。時々トイレ掃除をするときに思い出してくれれば十分です。


 俺は王都の方角にいる王女に向かってそう願った。


 さてと、都会での夢みたいな出来事は忘れて、さっさと田舎の生活に戻る。

 そう、俺はスコッテ村の村人クロイス。特技はトイレ掃除だ。

 今日も公共のトイレや家のトイレ、その他頼まれる村人のトイレを掃除して回ろう。


 まずは俺の家からトイレ掃除だ!


 俺は玄関近くにあるトイレへと入ろうとした……のだが。


「クロイスよ」

「あ、村長さん」


 これから掃除、というところで突然の来客だった。


「何がご用ですか?」

「うむ、実はなクロイスよ。お前に旅人の相手をしてもらいたいんだ」

「旅人、ですか?」

「つい先ほどここを訪れた旅人だ」


 ここは首都から遠く離れた僻地だ。北の山脈を超えれば魔王国という魔族の国があるんだが、国交を持っていない国だから人の往来もない。

 ここが故郷ある俺と違って、一般の人間が来ることはめったにないのだが……。レベッカ教授みたいに研究者なのだろうか?


「ずいぶんと汚い身なりをした旅人でな。あまりにも不潔で放っておくわけにもいかず……」

「村長さん、なんで俺に声をかけたんですか?」

「お前の名前をしきりに叫んでいるんだよ。『クロイスううううううう! クロイスうううううううううう』とな。知り合いじゃないのか?」

「え……」


 なんだその頭のおかしい変人は。まったく心当たりがないのだが。

 しかしその叫び方……どこかで……。


「うううううううううううううっ!」


 突然、背後から何者かの声が聞こえた。


「そ、村長さん? 声が」

「おお、ここまで追いかけてきたようだな。この男が話をしていた旅人だよ」


 そう言って、村長さんは背後に視線を移す。その先には――


「クロイスううううううううううううううっ! おのれえええええええええええ、クロイスううううううううううっ!」

「へ、陛下」


 そこには、元国王アウレリウス=レギオス……すなわち陛下がいた。

 ま、まさかあのエルフたちとの戦場からここまで歩いてきたのか?


「あんたのせいであたしたちはこうなっちゃったのよ? 何か言うことがあるでしょう?」


 隣にはその娘――エリーゼ=レギオス。

 かつてこの国を指導する立場にいた二人。だが当時の面影が全くないほどに汚れた服と肌。俺をトイレの清掃員だと馬鹿にしていた二人だけど、今やトイレより臭うようなひどさだ。


「喜べ、田舎者どもよ。王であるわしがこの村に泊まってやろうというのだ。このような辺境の地の村には、あまりにも贅沢すぎる出来事であるな? 泣いて喜ぶがよい」

「そうよそうよ、もっと歓迎するべきじゃないかしら?」


 汚い身なりの二人だが、口調は城にいるころと全く変わらない。

 なんというか……ゴキブリの生命力を見ている気分だった。


 ぎゃあぎゃあと喚き散らす二人から距離を置いて、俺は村長さんと話を始める。


「クロイスよ。本当にすまない。わしでは手に負えなくてな。申し訳ないが相手をしてやってくれ。泊るようなら村はずれの納屋を使ってもいいぞ。追い出すなら人を連れて来よう」


 二人は……王族だった。

 だから本来であれば、この村長の発言は不敬だったかもしれない。納屋に泊めるなどとは、王族言ってはならない言葉なのだから。

 だが、もはや彼ら二人が王族と主張しても全く説得力はない。村長さんも先ほどから苦笑いして頷いているだけだ。おそらく気の触れた人間のたわごとだと思っているのだろう。

 

 だが俺はこの人たちが元王族であったことを知っている。二人はほら吹きなのではなくまぎれもなく事実を言っているのだ。


 だけど……と俺は思う。


 どれだけ高貴な人だったとしても、『元』王族なのだ。俺はさんざん馬鹿にされたし、他の国民からもよい噂を聞いた試しがない。


 それに比べて今のクロイス王は素晴らしい。四民平等を唱えて俺のようなトイレ清掃員でも普通の人間として扱われている。

 もはやこの国は安定してしまったのだ。元陛下を敬う理由などどこにもないのだ。


 だけど……。 


「ま、まあ、その。さすがに見捨てると目覚めが悪いですし。追い出すというのはあまりにも……」


 昔の王族だった時代を知っているだけに、今の二人があまりにも……あまりにも哀れで……。

 ついつい、肩を持つような発言をしてしまった。


「そうだな、じゃあ納屋に……」

「そうですね。そのように話をしてみます」


 いくらこの人たちが元城住まいだったとしても、これほど汚れている状態なんだ。何日も野宿をしてきたに違いない。だったら屋根のある建物だったら喜んで泊ることにするだろう。


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