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クロイスの逃亡


「俺はクロイス王じゃないんだっ!」


 婚約を迫るシギュン王女にとうとう真実を伝えてしまった俺。


「本当のクロイス王は同じ名前の別人なんだ。俺はただのトイレ清掃員! 今まで騙していてすまなかった! 許してくれ……」


 ああ……俺はなんてことを。

 デュール王は俺が王であると信じていた。それをだましてここまで連れてきたんだ。殺されてしまってもおかしくない。


 俺の発言を聞いた二人は……。


「はっはっはっ、これはご冗談をクロイス王。ただのトイレ清掃員は我が国の正規軍をあそこまで追い詰められるわけがない。ご謙遜も大概にしてください」

「ふふふ、あなたってとてもユーモアのある人なんだね。私が奴隷になってここに連れてこられたもの、きっとあなたのような素敵な方に会うためだったんだね」


 うっとりと顔を赤めるシギュン王女。


「う、嘘じゃない! 本当なんだっ! 信じてくれっ!」

「はっはっはっ」

「ふふふふふ」


 だめだこいつら、俺が本当に国王だと思ってる。何を言っても信じてくれない。いやむしろ謙虚な王だと言って好意的にとらえてしまうかもしれない。

 いったい、どうすれば……。


「テイラー大臣っ!」


 次に俺はテイラー大臣へと詰め寄った。


「あの二人に本当のことを伝えてやってくださいよ! 俺はこの国の王じゃない! そうでしょう?」

「たとえ身分が違えど、相手を想う心は一つ」

「……は?」

「王か平民かなどとは些末な問題ですよクロイス殿。シギュン王女の想いは本物。この場では意味のない話です」


 いやその話題から逃げてるのはあんた自身だろ。俺が王じゃないとばれたら和平がなくなるかもしれないからそんなことを言ってるんだろ?

 とはいえテイラー大臣は私利私欲でこんな話をしているのではなく、間違いなくこの国を思っての行動だ。だとすればそれは大臣としては当然のことであり、俺のようなただの平民が非難すべきことではない。


 でも、このままでは俺は身分を偽装して結婚することに。

 あとでばれたら大変なことになるぞ? 

 いやしかし、断ればこの国が大変なことに……。


「う……」


 俺は……。

 

「う……」


 俺は……。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 俺は逃げ出した。


「あっ」

「く、クロイス王!」

「お待ちください、クロイス王!」


 俺は猛烈な勢いで逃げ出した。

 この地下は俺の庭のようなもの。追っ手を振り切って完全に逃げ切ることはたやすいはずだ。


 許してほしい。

 王女と結婚なんて、ただの平民の俺には荷が重すぎる。

 ましてや身分を偽ってだなんて、心が折れてしまうかもしれない……。

 帰ろう……。

 やっぱり俺には田舎でスローライフするのが似合ってるんだ。

 そうだよな?


 

 *************


 クロイスが逃げ去った後の地下室は沈黙に包まれていた。

 彼に求婚を申し出たシギュン、そしてそばにいたデュール王とテイラーもしゃべらなかった。クロイスのあまりの逃げっぷりに、反応することができなかったのだ。


「私、ふられちゃったのかな?」


 そういって目を潤ませるシギュン。

 

 テイラーは言葉をかけなければならないと思った。それが『クロイス王』という偽りの存在を生み出しこの悲劇を引き起こしてしまった彼の責務。


「シギュン王女。クロイス王はあなた様を嫌ってはおりません」


 テイラーは慎重に言葉を選んだ。下手に突き放すことはもとより、過度に期待させるような言葉も厳禁だ。この場を収めることが最優先事項。

 

「しかしクロイス王はまだお若い。婚約、結婚という言葉に実感がわかなかったのでしょう。少し時間をおいてみてはいかがでしょうか? 後日、私が責任をもってクロイス王にメッセージを……」

「いっそのこと先に婚約を発表してしまえばいい。クロイス王には覚悟を決めてもらわなければ困る」

 

 テイラーのやんわりとした発言は、デュール王によって遮られてしまう。

 怒っているのか、とテイラーは肝を冷やしたが、デュール王は冷静そのものだった。むしろその表情はうっすらとではあるが笑みを浮かべているようにすら見える。


「あの方と我が娘が婚約する。こんな素晴らしいことはない。シギュンがこれほど愛しているのだから、将来的に結婚するのは当然。卵が先か鶏が先か、些末な問題であろう」

「お父様……ありがとうございます」

 

 傷心のシギュン王女はデュール王にもたれかかった。


「それでよいな? テイラー殿」

「いえ、あのしかし、王に確認を……」

「良いな?」


 瞬間、テイラーはすさまじいプレッシャーを感じた。

 デュール王は魔法を使ったわけではない。殴りかかってきたわけでもない。しかし一流の魔法使いとして前線に立つこともあるこの王は、文官のテイラーと違って歴戦の猛者なのだ。その気になれば一瞬でテイラーをひねり殺すこともできるだろう。


 子供なら……否、気の弱い大人ですら泣き出してしまうかもしれない。そんな恐るべき圧迫感だった。


「あ……は、はい」


 思わず、テイラーはそう頷いてしまった。


(クロイス殿、どうか許して欲しい。私には止められそうにない)


 これから起こることを想像すると、テイラーの胃痛は増すばかりだった。


 後日。

 クロイス王とシギュン王女の婚約が正式に発表された。


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