両国の平和と交流のため
俺、テイラー大臣、そしてデュール王は同じ馬車で王都へと帰還することとなった。
王を乗せているのに俺と同じ馬車だなんて非常識にもほどがある。まあテイラー大臣はこの国の副王と呼んでもいいほどに格のある人物だから、まったく失礼な待遇だとは思わないが。
「俺、いつまで国王のふりすればいいんですか?」
隙を見てそんな質問をテイラー大臣にしてみた。
「この国の平和のためですクロイス王。どうか耐えてください」
「はは……は……は」
やはりこの状態はまだ続きそうだ。
こうして、俺たちは王都へと到着した。
まさか隣国の国王が乗っているとは誰も思ってもいないのだろう。出迎えの人間は誰もいなかった。
テイラー大臣ぐらいの人物なら相応の出迎えがあってもいいと思うんだけど……。そういうのは嫌いな人なのかな?
ともかく、俺たちは目的を果たすことにする。
まずはシギュン王女とエルフ王を再会させることだ。
それほど難しい話じゃない。王女はかつての俺と同じ仕事をしているんだ。この時間に何をしているかは俺自身がよく知っている。
夜、この時間はもうすでに仕事を終えて家に戻っているころだ。
俺たちはシギュン王女が住む場所――すなわち城の地下へと向かった。
地下はかつて俺がいたころとは全く異なっていた。土だらけだった床にはしっかりとタイルが敷き詰められ、においもまるで城の中にいるかのようだった。
清掃員用のあばら家だったかつての俺の家は、しっかりとレンガの敷き詰められた人の住まいになっている。
前王時代は奴隷扱いだったシギュンではあるが、新しい王の誕生によってその扱いは劇的に改善したということだ。
今のような状態なら俺ももっと快適に清掃員生活できてたと思うんだけどな。
「あれ?」
ちょうど家を出ようとしていたシギュン王女と鉢合わせした。しばらく会っていなかったが、元気そうで何よりだ。
「お父様っ!」
「おお……シギュン……」
親子感動の再会……か。
二人は泣きながら抱き合っている。それはまるで演劇のワンシーンであるかのように、とても心打たれる光景だった。
「もう人間たちに殺されてしまったものだとばかり思っていた。まさかこうして再び出会えるとは……。おお、聖獣ベルゼビュート様に感謝を」
「私も会えてうれしいよお父様。それにしても……いったいどうやってここまで来たの?」
「すべてはこの方、慈悲深きクロイス王の行動あればこそ」
そう言って、エルフ王デュールは俺を紹介した。
お、おい。
シギュンさんには俺が王だとは言っていないんだぞ? 女神ヨハンナがそんな話をしたこともあったが、あの件はうやむやになったはずだ。
「やっぱりあなたはすごい人だったんだね。私が最初に感じた通りだよ」
……ん?
そ、そういえば、地下で再会したときに俺を王だと勘違いしてたなこの子は。あの時は否定したのだが……父親がそう言ってしまったら真に受けてしまうかもしれない。
「今日まで迎えに来れなくてすまなかった。クロイス王がこれほどの善人だと知っていれば、すぐにでも一人で駆け付けたものを。やはりあの忌まわしき前王とその娘がすべての元凶か。どうしてあのような愚か者が王としてあがめられていたのか? 全く、人間という種族は馬鹿としか……。っと、もちろんクロイス王は別ですよ」
もう俺のことは気にしなくていいよ……。
「さあ、帰ろう」
そう言って、デュール王はシギュン王女の手を取った。
「私は……帰らない」
「シギュン?」
「お父様! 私に良い考えがあるの! どうか聞いて!」
……?
帰るんじゃなかったのか?
別にシギュン王女は奴隷というわけじゃない。ただこの国に一人強制連行されてきたから、周りは敵で道もわからず、帰るに帰れない状況だった。俺の後を継いでトイレ掃除をしていたのも、そのままタダ飯食らいになるのを防ぐため以外の何物でもない。
今、帰らずしていつ帰るんだ?
「おお、シギュン。……いったい、どうしたというのだ?」
「お父様、私は王女だよ」
「う……うむ?」
デュール王は頭にハテナマークを浮かべているような状況だ。
かくいう俺も何が起こっているのかよくわかっていなかった。
「王女として、国の民に、そして世界をより良い方向に導く義務があるよね?」
「ま、まあ、硬い意見を言うならそうではあるが、しかしならばなおのこと祖国に戻るべきでは?」
「ううん、もっといい方法があるよ」
シギュン王女は突然こちらに近づくと、俺の腕を掴んで自分の胸元へと寄せた。
「私はこの方と結婚して、両国の友好の礎になりたい!」
「な、なんだとっ!」
「なんですとっ!」
「は……?」
この場にいるシギュン王女以外の三人が、思わずそんな声を漏らしてしまった。
「この城で、もう死んでしまうんだとばかり思ってた。辛くて、苦しくて、何度も自殺しようと思った。そんな時にさっそうと現れて私を助けてくれたのがこの方なんだよ」
「お……おう」
そ、そんなに大活躍したつもりはなかったんだけどな。ただトイレ掃除をしただけなんだが……。
「この方は私を助けてくれた。そして私に生きる術を教えてくれた。初めて……お父様と同じぐらい尊敬できる人に出会ったんだよ! 私はこの方のことが好き! たとえ妾でもいいからあなたのものになりたい!」
「…………」
熱烈な告白に、俺たちはただただ黙るばかりだった。
そしてしばらくすると、親であるデュール王がやっと口を開いた。
「いまだ戦争の傷が癒えぬ日々。両国民の心は荒み、憎しみ合い傷つけあうのが日常だ」
「お父様」
「我が娘とクロイス王との婚約が発表されれば、両国の民は祝賀ムードとなり、今後の国交に必ずやプラスに……。いや、こんな時に国の話をするのは野暮というもの、まずは一人の親として、娘の告白に心からの祝福を……」
「ありがとうお父様! 私……私……」
ま、まずいぞこれは。
このままでは本当に結婚という話になってしまう。
た、確かにシギュン王女はかわいい。もともと見目麗しいエルフという種族においても、その美しい金髪と顔立ちはまさに至高。数多くの貴族たちを見てきたが、人間の中でこれほど愛らしく美しい少女はいなかった。きっと求婚の申し出に困ったことはないだろう。
だが、俺には無理だ。
このまま結婚してはならない最大の理由があるんだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺は思わずそう叫んだ。
「いかがなされたクロイス王? まさか、我が娘の告白が受け入れられないと……」
「そ、その前に言っておかなければならないことがあるっ!」
一呼吸おいて、俺はその事実を告げる。
「俺はクロイス王じゃないんだ!」
言った。
言ってしまった。




