黄金ハエの怒り
戦場での元国王との再会。
それは俺にとってまったく予想外の出来事だった。
しかも陛下はなぜか俺のことを敵視しているようだ。
「一体何の話なんですか? 陛下?」
「しらばっくれるの大概にするのじゃっ!」
「いやほんとに心当たりなんですけど」
「貴様がわしを追放し、あろうことか新たな国王として即位したといいう話は聞いているっ! これが裏切り以外のなんだというのじゃ」
「は?」
俺が……国王?
「平民のくせに何を勘違いしたのか? 王は王の一族から選ばれて当然、百歩譲って王の直系が途絶えたとしても貴族から選出するのが筋じゃ。どの馬の骨かも分からぬ平民を王にするなどと正気の沙汰とは思えぬ。ましてやトイレ清掃員の貴様など……」
「いやいや陛下、それは同名の別人で」
どうやら陛下は新王クロイス様を俺と勘違いしているようだ。
どう考えたら俺が国王になるのだろうか? 少し冷静に考えれば子供でも分かる矛盾だ。きっと城を追放されたショックで考える力が低下しているのだろう。
「馬鹿にするな! 王宮にいたクロイスという平民など貴様以外誰もおらぬではないかっ! 貴様も、貴様の国も、貴様を王にした者たちもすべてわしの敵じゃ! 滅びるべきなのじゃ……」
「…………」
じゃあこのエルフたちの軍隊は陛下が呼び寄せたのか?
いや、もともと戦争中だったから自発的にこっちに来ていたのかもしれない。でも一緒についてきてたってことは、道案内程度の仕事はしていた可能性がある。
なんてことだ。
元国王として恥ずかしくないのか? 民のためを思っていろいろと決まり事を変えたクロイス王を見習ってほしい。
「ええええいっ! なぜじゃ! なぜこのようなところで軍が止まっておるのじゃ! 皆、この男はレギオス王国の人間じゃぞ! 早く始末するのじゃ!」
「ブブブブ」
「な、なんじゃこの気持ち悪いハエはっ!」
ここに来て陛下は黄金ハエの存在に気が付いたようだ。
しかし『気持ち悪いハエ』だなんて、陛下もずいぶんと思い切ったこと言うな。まあこのハエの強さを知らないなら当然か。
「アウレリウスよ。その方はただのハエではなく、とても尊きお方……」
「はああああぁ、この気持ち悪いハエのせいで進軍が止まっているのじゃな。なんと情けないことか。やはり亜人というのは低俗な愚か者じゃな! ハエを神か何かと勘違いして崇めておるとは」
ひでぇ。
確かにハエは俺もあまり好きじゃないけど、何もそこまでいうことはないだろ?
もともとが王族だから、こういう衛生に良くない虫に対して嫌悪感を持っているのかもしれない。俺もトイレのハエが出ないようにいろいろと工夫したものだ。
「ここまで黄金に近い色をしたハエは初めてじゃな。しかもこの大きさはハエとしては規格外じゃ。あああぁ、気持ち悪い気持ち悪い。夢に出てきそうじゃわい。しっしっ、さっさとあっちへ行け」
「ブブブ……」
お……おい。
なんか黄金ハエ、怒ってね? 陛下が散々馬鹿にするから……。
「クロイスっ! 殺虫剤を出すのじゃ! この汚らしい虫を殺しておくのじゃ」
「ブブブブ(怒)」
ひいいぃいいい、怒ってるよ。
「あの、陛下。そのくらいにした方が……。生き物は大切に……」
「はっ、さすがはトイレ清掃員のクロイスじゃな! こんな小汚いハエとも仲良しとは。汚いもの同士、便器を囲んでお話しするのがお似合いじゃろう! はっはっはっ」
「ブブブブッッッ! ブブブブブッ!」
人間なら怒鳴っていそうな雰囲気で、黄金ハエが翅を鳴らした。
「な、なんじゃ! このハエ」
「あ、あれは……」
怒ったハエは空中で奇妙な軌跡を描く。
ま……まさか、魔法陣か?
光り輝く魔法陣が陛下を突き刺した。
「ぐ、ぐああああああああああっ!」
「へ、陛下!」
ちょ、直撃したぞ?
まさか今の魔法で……陛下が、死んでしまったのか?
「う……うううぅ……」
「へ、陛下? 大丈夫ですか?」
「は、腹が……腹が焼けるように……痛い」
陛下は先ほど魔法を受けた腹部を押さえ蹲っている。どうやら受けたとたん即死するようなものではなかったようだ。
「ぐ……ぐぐ……あのハエめ、このわしに何を……」
陛下は己の服をめくり、腹の様子を凝視した。
「な、なんじゃこれはあああああああああっ!」
そこには、確かに魔法を受けた証拠が残っていた。
ただそれは、俺や陛下が想像していたような火傷の跡ではなかった。
一言で言うなら、う〇こ。
丸い図形の中に、ソフトクリームの上側みたいにとぐろを巻いた物体が描かれている。茶色く刻まれているからまさにう〇こだ。
これをあのハエが……刻んだのか?
主人が奴隷に刻む『奴隷紋』、あるいは発情を伴う『淫紋』などが非常に有名だ。しかしう〇この形をしたこいつは見たことも聞いたこともない。
一体何なんだこれは?
「こ……これは……」
反応を示したのはエルフの王だった。
「知っているんですかエルフの王?」
「〈糞紋〉……」
「え……」
「〈糞紋〉と呼ばれる恐るべき呪いの紋だ」
「そ、その〈糞紋〉というやつには一体どんな呪いが」
「漏らす」
「え?」
「う〇こを漏らす呪いの紋だ」
その言葉を聞いて俺は……。
「それは不幸中の幸いですね」
ちょっと安心した。
だって考えても見てくれ。陛下はいい年だがもう漏らしたことがあるんだ。二度目なら心理的抵抗も低いだろう。
おまけにここにはついさっき俺が掃除したトイレがある。漏れそうになったらそこに駆け込めばいいだけの話だ。
良かったですね、陛下。
とりあえず今のところはなんとかなりそうですよ。




