陛下との再会
突然、エルフが頭を下げてきた。
訳が分からない。
さっきまで俺に魔法を使って攻撃してきたりしていたのに、この変化はいったい……。
「いや……ど、どーしたんだあんた。そのハエに何か言われたのか?」
「そのハエなどと失礼なことを言うなっ!」
突然、エルフが怒り出した。
確かに金色のハエで珍しいとは思うけど、ハエはハエだろ? 『ハエ様』なんて呼べばいいのか?
「……この方はただのハエではなく」
「ブブブブ」
「え……言ってはダメ?」
やっぱりこのエルフ、みぃちゃんと同じようにハエの言葉が分かるのか?
ただのハエじゃないなら一体何なんだ? スーパーハエとかハエキングとかそんな種族なのか? 正直ハエの中の上下ランクなんて俺全然興味ないんだが……。
「と、とにかく我が間違っていた。先ほどの無礼はすべて先の戦争が原因。あなた様の個人的な恨みは全くありません。ああ……大変失礼しました。まだお名前を聞いていませんでしたね。どうか愚かな我にお名前をお聞かせください」
「えっと、俺の名前はクロイスだ」
「く……クロイス?」
な、なんだ? エルフがめっちゃ驚いてるぞ。
「ま、まさか、このたびレギオス王国で新たに即位したとされる新王クロイス=レギオス。あなた様のことだったとは……」
ああぁ……。
そういえば新王の名前は俺と同じだったな。しかも年齢まで似ているという話だった。
「あのですね、それは俺のことではなくて別人で……」
「身の上を隠して民のために単身でこの地に……。死を覚悟しながらも、祖国のために大軍を前に仁王立ち。なんと素晴らしいお方だ……」
「…………」
なんだか俺がものすごい聖人国王みたいなことになってるぞ? ただトイレ掃除をしに来ただけなんだが……。
「大体あんたらはトイレを覗きにきた変質者なんじゃないのか?」
「は? 覗き魔? 変質者? その話をどこで……」
「え……いやだって……」
「我らは先の戦争の復讐戦をしかけるためレギオス王国に進軍中。あなた様のおっしゃる変質者とは人違いでは?」
「…………」
え、いや、テイラー大臣が……。
いや、言ってた奴らと人違いってこと……か……?
えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!
こ、こいつら本当に遠征軍だったのか?
いや冷静に考えれば、このエルフレベルの強さはちょっとおかしい。その前の兵士ぐらいならどこにでもいるかもしれないが、あの魔法は規格外だった。
ハエと話ができるなんてもはやただものじゃないよな。
「あなたのような素晴らしい王ならば、交渉の余地はある。ここに王二人がそろった奇跡は、きっと女神ヨハンナが生きとし生けるものに与えた恩寵なのでしょう。これまでのわだかまりや憎しみを捨て、今後の両国の歩みについて是非会談を開きたい」
「あの、だから俺は……」
……ま、待てよ。
どうやらこの男は俺が王だと勘違いしている様子。しかも例のハエの一件のせいでなぜが俺にぺこぺこ頭を下げている状態だ。
このエルフたちはテイラー大臣から聞いていた痴漢軍団とは違って、本当の軍隊だった。つまりは本当に戦争を仕掛けるために俺たちの国へと向かっている最中だったんだ。
ここは素直に勘違いさせたままでいた方がいいんじゃないだろうか?
黄金ハエのおかげで俺の話を聞いてくれる。交渉とか会談とか言っている。
俺が王のふりをすれば、戦争を回避できるかもしれない。
国王のつもりはないんだけど、このまま国に攻めて来られたら困る。国も俺の田舎も大混乱だ。それだけは何としても避けなければ。
「と、とりあえず俺は外交に疎いから、ここに大臣を連れてきてもいいか? 会談とか交渉は彼と……」
「即位したての身では国家間の交渉は難しい、と。確かにあなた様がどれだけ優秀であろうと、周りの愚か者たちに諭すことは骨が折れるでしょうな。ならばここにその大臣を連れて来ていただきたい。交渉はその方を交えて」
やった。
これで戦争が回避できるぞ!
「ええい! 何をしておるか愚か者どもが!」
と、安心していた俺の耳に聞こえたのは、何者かの抗議の声だった。
「いつになったら前に進むのじゃ! レギオス王国の軍に怖気づいたか!」
ん……。
この声、どこかで。
大軍を割るようにして出てきたのは、一人の老人だった。彼はデュールを探していた様子で、こちらに向かって猛烈な勢いで走ってくる。
老人が近づくにつれ、その姿が露わとなる。
この人は……。
「……き、貴様はっ! クロイスっ!」
「へ、陛下?」
現れた老人に、俺は見覚えがあった。
アウレリウス=レギオス。
かつてレギオス王国の王として君臨していた男であり、俺を追放してトイレを詰まされ最後には自分も追放されてしまった愚かな老人。今は王宮から去っていく当てもなくさまよってる……と聞いていたのだが。
しかしなぜこの人が、亜人たちと一緒に進軍を?
まさか漏らした腹いせに隣国の軍を祖国に引き入れたのか? いや……いくら陛下が愚かでもまさかそこまでのことは……。
「クロイスうううううううううううううううううううっ! 貴様あああああ、よくもよくもよくもおおおおおおっ! 絶対に許さぬ! 許さぬぞクロイスっ!」
「あ……あの、陛下? なんでそんなに怒ってるんですか?」
冷静に考えて俺が陛下にこれほど恨まれる筋合いはない。
俺を追放したのは陛下で、トイレを詰まらせたのも陛下たち貴族。つまりほとんど自業自得と言ってもいい。唯一俺の良心が痛むことといったら、漏らした陛下をそのまま無視して立ち去ってしまったことだ。
「あの……お漏らしの始末しなかったこと、そんなに怒ってるんですか?」
「こ、この愚か者めがっ! やはり底辺低学歴の下級市民とは話をするだけでも疲れる。よりにもよってなぜこのような男にわしは……」
……お漏らしの話じゃない?
じゃあ一体何なんだ?




