ドラゴンに遭遇
前方、右の道を進んでいくクロイス。
その後ろにいるガレインは、ずっとその様子を見ていた。
にやり、と唇が吊り上がっていく感触をガレインは覚えた。
思い通りに行き、嬉しさを堪えきれなかったのだ。
「団長、もういいっすかね」
「ああ、頃合いだ。元に戻せ」
配下の言葉に頷くガレイン。
兵士は立て札を引き抜き、今度は逆になるように設置した。
すなわち矢印が左から右になるように。
「へへへ、トイレの奴とんだ災難だったな。まさかあいつが最初にここを通りかかるとはな」
本当にドラゴンの目撃情報があったのは、右の道だ。そもそも左の道は森を抜ける街道となっているが、右の道は地元の人間が山菜や薬草を集めるために使うだけのただの山道。クロイスのように通りすがりの人間が足を踏み入れる理由のない場所だった。
「これであの男がドラゴンに遭遇すれば、すべて予定通りですね」
「ああ」
兵士の言葉に頷く。
ガレインは王国騎士団の団長だ。これまで王の命令を受け多くの獣を屠り、隣国の兵士を切り伏せてきた。
だが、そんな彼をもってしてもドラゴンと戦うのは初めてだった。
伝説通りであれば、並みの人間が勝てる相手ではない。ガレインは自分の強さに自信は持っているが、かといって無謀な戦いをするつもりはない。
ドラゴンの姿、攻撃方法、敵意の程度を測っておく必要がある。
クロイスはそのための当て馬だ。通りすがりの旅人に、ドラゴンがどのような反応をするか? それを見て奇襲の有効性や戦術を組み立てていくつもりだった。
むろん、当て馬のクロイスは無事では済まないだろう。下手をすれば死んでしまうかもしれない。
だが……それでいい。
「犠牲者の出た方が、俺たちの活躍に箔がつくってもんよ」
死者が増えればそれだけドラゴンの危険度が認識され、王からの報奨金やガレイン自身の名声が増えていく。
ガレインにとって何の価値もないクロイスの死で利益が得られるのなら、むしろ喜んで背中を押したいほどだ。
「ま、あんな底辺の無能が死んだところで、誰も損はしねーし悲しみもしねー。感謝しろよお前ら。俺様は優しいからな。かわいい部下は犠牲にしたりしねーぜ」
森の中に、ガレインたちの大笑いが響いた。
*************
ええっと、こっちの方でいいんだよな?
俺は立て札に従ってこっちに来たはずだ。
でも本当にこの道は正しいのだろうか? 足跡が全然ないし、周囲の木々も密度を増していくばかりだ。人里に続いているというよりは……むしろ森の奥深くへと導いていくような……。
「……?」
不意に、何かの音が聞こえた。
今の、猛獣の声みたいだったのよな?
……まずいな。道を間違えたか? 危険生物の生息地帯にまぎれこんでしまった?
「…………」
俺は走り始めた。
ここにいては危ない。なんとなくそんな気がしたからだ。
しばらく進むと、少しだけ開けた平地のような場所に出た。
「……っ!」
そこに、ヤツがいた。
身の丈は俺をはるかに超え、巨木にも等しいサイズ。加えて緑の鱗はまるで宝石のように光沢を放ち、ナイフの刃でも通らないように見える。
俺なんて簡単に噛み殺せそうな巨大な牙。口からは炎でも吐けるのだろうか、白い煙が漏れ出している。
尻尾と翼をもったその巨大生物の名は……。
ど、ドラゴン?
「くくくくく、旅人か」
ど、ドラゴンがしゃべった。
「あ、あんた、しゃべれるのか?」
「いかにも。我は龍族の中でも高位の存在……エルダードラゴン。はるか創生の時代より知恵を持つ我の頭脳をもってすれば、人語を介することなど容易いことよ」
横柄な口調。
そしてこちらを睨みつけるその姿、初対面なのに明らかに敵意がこもっている。
俺は何か恨みを買うことをしたのか? あるいは俺でなく、人間自体に敵対心でも?
「不運な旅人よ。我が牙に貫かれ……死ぬがいい」
こ、こいつ……俺を殺すつもりか?
ドラゴンが話せるなんて知らなかったけど、言葉が通じるならまだ希望がある。
俺はすぐさま頭を下げた。
「す、すまなかった。あんたの住処を荒らすつもりはなかったんだ。俺はすぐここを立ち去るから、どうか怒りを鎮めて許してくれないか?」
何を怒ってるのか分からないから、殺されそうなのに理由を尋ねるわけにもいかない。俺はただ頭を下げることしかできなかった。
「くくく……これは身勝手なことを言う。適当に謝れば許してもらえると思っているのか?」
「なぜ俺に敵意を向けているんだ? 俺が何か悪いことをしたのか?」
「お前たち人間は先日、ガルド連邦王国に攻め入ったそうではないか? 神より授かった勇者の力で亜人を蹂躙し、奴隷とし殺した、数百年人類の功罪を眺めてきた我であるが、これほど身勝手な蛮行を見るのは初めてだ」
「…………」
俺じゃなくて、王国全体の話か。
「恥を知れ人間よ! 強者に踏みつぶされる恐怖を、貴様らも味わうのだっ!」
もはや聞く耳持たない、とでも言いたげにドラゴンが咆哮を上げた。
背後は足場の悪い森、走って逃げることは不可能。
お、俺、ただのトイレ清掃員だぞ? 騎士でも何でもないのに、ドラゴンと戦わなきゃいけないのか?
武器は……。
くそっ、このトイレブラシしかないっ!
こんなものでどうやって戦えと?
やべぇ、敵が来た。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ!