クロイス王の即位式
レギオス王国王都にて。
日ごろから人の多く活気にあふれたこの都市であるが、今日はいつにも増して騒がしい。
それもそのはず、今日は十年あるいは二十年に一度あるかないかというレベルの記念すべき日である。王都は一種の祭り状態だ。
レギオス王国第二十一代国王、クロイス・レギオスの即位式であった。
王宮へと続く大通りを豪華な馬車が進んでいる。ゆっくりとしたその動きに、百人の近衛騎士たちが護衛として付き添い、さらにその周囲を見物する国民たちは五千、あるいは一万人を超えているかもしれない。
「クロイス王おおおおおおおっ!」
「おめでとうございますうううううっ!」
「お顔を見せてくださいいいいいっ!」
前王アウレリウスはそれほど評判が良くない。その血筋と娘であるエリーゼによって支えられただけの愚王だ。
国王が始めたガルド連邦王国との戦争は、勇者の力によって圧勝に終わった。しかしその過程で死んでいった兵士たちも決して少なくなく、その恨みは少なからず下々の国民たちの間には残っていた。
つまりたとえ誰が即位したとしても、前王以外であればそれなりに祝福される状態であった。
と、こんな国民の祝福する声を聞きながら、馬車の中で身を潜めるその人物は……もちろんクロイスではない。
「…………」
テイラー大臣である。
当然ながら、ここにクロイスはいない。
すべては女神の命令を遂行するためであった。即位式を強行し、この場にいなくても無理やり王にしてしまおうという作戦だった。
だが、さすがにこれでクロイスを王にできたとは思っていない。
確かに名前だけはクロイスという王になった。しかしその中身はテイラーがでっち上げた架空の王なのだ。たとえクロイスのことを思い浮かべながらクロイス王と主張したとしても、この場にいない彼が王になるというのは暴論過ぎる。
王都にいない、本人も知らない、城に住まず何の命令もしない名前だけの王。こんな状況では女神も認めるはずがない。
だがテイラーにはさらなる考えがあった。架空の王クロイスを、現実の王として機能させるための仕掛けを……彼は用意していたのだ。
城の前に馬車を止めると、テイラーはゆっくりと外へと出た。
中から出てくるのがクロイス王であるのを期待していたのだろうか、観衆は一斉にどよめき始めた。
「静まれっ!」
よく響くこの声は、演説用の魔法によって強化されている。観衆はまるで叱られたかのようにぴたりと雑談をやめてしまう。
平民、学者、兵士、貴族。すべての人間が固唾をのみながら……テイラーの言葉を待っていた。
「慣れない行幸によってクロイス陛下はひどくお疲れの様子。このたびの即位式は簡略化し、私が代理としてこの場に立っている」
ざわざわと、再び観衆たちがざわめき始めた。
「クロイス王の勅令を伝えるっ!」
テイラーは原稿用紙のような数枚の紙を広げた。そこにはクロイス陛下からありがたいお言葉が……書いてあるわけもなく、事前にテイラーが書き記しておいた原稿であった。
「余はクロイス、クロイス=レギオスである。」
本物のクロイスは自分のことを余などとは言わない。
「悪王アウレリウスは民から富を奪い、勇者の力を利用し隣国に戦争を仕掛けた。全くもって愚かしい行為である。余は即位する以前、庶民としてトイレを掃除し、賃金の五割を税として納めていた。その生活は苦しく、多くの民と同様に悲観に暮れる日々であった。余が王となったからには、このような悲劇を繰り返してはならない。よって、このたび国民に課せられた税を三割へと減額する」
税三割。
これこそ、クロイスから返ってきたアンケートに記載されていた事実であった。
自らがトイレ清掃員であるというくだりも、戦争で大変だったというくだりも、すべてアンケート用紙の記入欄に書かれていた内容であった。
つまりこの勅令は、紛うことなきクロイスの意志なのである。
そしてもちろん、アンケートの内容は税に関することだけではない。
「余は卑賎の身なれど、数奇な運命と女神の恩寵に支えられて王となった。しかし今にいたるまで、トイレ清掃員として様々な理不尽を受け、陰口を叩かれた。もとより人の肉体、血、そして魂は崇高なる女神様の下に平等である。女神ヨハンナ様がこの大地を生み出した時、一体誰が貴族であったのだろうか? 余はここに宣言する。貴族、兵士、学者、そして平民は本質的に平等であり、あらゆる出自を問う暴言は罪であると。四民平等である!」
これもまた、クロイスのアンケート用紙に記載されていた内容であった(誇張あり)。
テイラーは次々と勅令を読み上げていった。
それらは、すべてクロイスから返ってきたアンケートに記載されていた内容であり、彼の意志そのものであった。
そしてもちろんこれは口だけの出まかせではない。
今や実質的にこの国を指揮しているといっても過言ではないテイラーによって実行される、王の勅令にも等しい内容なのであった。
テイラーはクロイスの意志を確認し、それを政治に反映させる。
そう、クロイスはこの国の王なのである。
「税を下げる? 国民平等?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! クロイス王! クロイス王万歳!」
平民であったクロイスが唱える施策は、多くの平民たちにとってとても耳障りの良いものだった。あちこちで歓声が聞こえてくる。
その反動で割りを食ったのは貴族であるが、そちらはテイラーがねじ伏せればいい。
こうして、テイラーは女神の命を全うしたのだ。
「こ……このような仕上がりでよろしいですかね? 女神様?」
〝まあ、及第点ということにしておきましょう〟
女神の返事は、テイラーの耳に届かなかった。




