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大ミミズのみぃちゃん


 清掃員をクビにされた俺は、この城から立ち去るため身支度を整えていた。


 ここは王宮地下にある洞窟だ。

 暗くじめじめしたその空間の隅に建てられた、木造の倉庫みたいな建物。これが王宮トイレ清掃員である俺に割り当てられた住処だった(家賃あり)。

 近くにはトイレの下水を流すための菅が配置されている。詰まったときはあのあたりを処理する必要があるんだよな。


 建物の外は少し臭うのだが、中は案外快適にできている。俺が調合した除湿剤や消臭剤のおかげだ。


「よし、これでいいかな」


 身支度、といってもそれほど持っていくものは多くない。

 清掃員としてのなけなしの給料は衣食住へと消え、高価な家具や調理器具なんて存在しない。身近なものを大きめのかばんに詰め込んだだけでもう終了だ。

 俺の私物なんてトイレ用品がほとんどだからな。


 王都から俺の田舎までは歩いて七日程度。

 金がないから野宿は避けられないだろうな。ま、俺ならなんとかなるだろう。


「これで……この家ともさよならか」


 ドアを出て、地面の土を一歩踏みしめる。


「みぃ」

「お、みぃちゃん」


 土の中からにょきっと姿を現したのは、ミミズだった。

 ミミズといってもただのミミズではない。下半分が土に埋もれた状態でも、俺の下半身ぐらいまで高さがある。太さだって大人の腕ぐらいあるから、蛇よりも大きい生き物だ。『みぃ』なんて鳴いたりするけど、口がどこにあるかよく分からない。

 詳しい種族はよく知らないが、姿かたちはミミズそのものだ。大ミミズ、なんて種族があるのかどうかは知らないが、きっとそんな名前の動物だろう。


 俺はこの子のことをみぃちゃんと呼んでいる。


「みぃちゃん……俺、この仕事クビになっちゃんた」

「みぃ?」

「みぃちゃんともお別れだな。俺の次はエルフの王女様がここに来るらしいから、仲良くしてくれよ?」

「み……みぃ……」


 頭部をたれ下げるその姿は、悲しさにうつむいているようにも見える。

 俺との別れを悲しんでくれているのか? 友よ。


「とにかく、今までありがとな。この城で俺と仲良くしてくれたの、みぃちゃんだけだったからな」


 みぃちゃんはミミズのくせにものすごく頭がいいらしく、俺の言葉が理解できることはもちろん、文字を読んだりチェスをしたりキャッチボールをしたりプレゼントをくれたりと、ほとんど人間とそん色ないようなレベルの友人だった。


 それだけに、この別れは悲しいものだった。

 

 俺はみぃちゃんに背を向けて、洞窟の外へと歩き始めた……のだが……。


「み……みぃ、みぃいいいいいいいいいいっ!」


 突然、みぃちゃんが俺の足に絡みついてきた。

 この軟体のどこにそんな力があるのかは知らないが、俺の動きを止めてしまえるほどの強さだ。


「みっ! みっ! みぃいいいいいいいいいいっ!」

「くっつくなって。俺だってさ、悲しいんだよ。でも王様の命令は絶対なんだ。みぃちゃん、本当にごめんな」

「みいいいいいいいいいいいいいいっ!」


 泣き叫ぶ(ように見える)大ミミズを振り払い、、俺は洞窟の外へと駆け抜けていった。



 洞窟の外へと出た俺は、通行人に時々悪口を言われながらも、なんとかして都市の外へと出て行った。

 ここは道中の森だ。


 とりあえず、北の田舎に帰るか……。 


 王都の外には、自然が広がっている。

 中でも北側は広い範囲でレギオス王国の領地であり、道中は山あり谷ありの大自然。俺の田舎は山の合間にある小さな平地にあり、人口もそれほど多くない。

 

 道は長い。そして休憩できる場所も限られている。

 

「ふぅ」


 広い城をトイレ清掃員として歩いたり拭いたりしていたわけだから、それなりに体力はある。が、もちろん兵士や傭兵みたいに筋肉があるわけではないから、長旅は重労働だ。

 天気が悪くないのは幸いだ。これなら野宿の心配も減る。


 それにしても、やっぱり一人旅は寂しいよな。

 ついさっき別れた友達のことが、頭を掠める。


「みっ!」


 一瞬、幻聴が聞こえたのかと思った。

 しかしよくよく地面を見てみると、そこにはにょきっと上半身を生やした大ミミズ……みぃちゃんがいた。


「みぃちゃん。俺のこと追いかけてきてくれたのか?」

「みっ!」


 ……俺、そんなに遅く歩いたつもりはなかったんだけど、あの洞窟からもうこんなところまで追いついてきたのか?

 みぃちゃんって意外とすごい? 普通のミミズは、土の中どころか地上や水の中でもこんなに早く動けないよな。


「みみみっ! みっ!」


 みぃちゃんは俺の隣に立ち、俺が前に進むのと一緒のタイミングで前方へ移動する。どうやら……俺の帰郷に同行してくれるつもりらしい。


「そうだな、せっかくだから一緒に旅をしようか。俺の田舎は自然豊かで、土もきれいだからさ、きっとみぃちゃんも気に入ると思うぞ」

「みみみみみっ! みっ!」


 仲間ができるというのは、これほど心が温まるものなのだろうか?

 低学歴、無能と蔑まれてきた俺にとって、みぃちゃんは唯一心が癒せれる友だった。

 

「あんれー、お前、トレイじゃん。なんでこんなところにいるんだ?」


 前方から、野太い声が聞こえてきた。


 騎士団長のガレインだ。

 後ろには五十人程度の王国騎士団を引き連れている。どうやら仕事か何かで遠征中だったようだ。


 いつの間にか、みぃちゃんが地面に潜っている。見つかるといろいろとめんどうだから、気を使ってくれたのかもしれない。


「清掃員も出張するのか。お前がいなくなったら城のトイレは誰が掃除するんだ?」

「……俺はトイレ清掃員をクビになった。今は田舎に帰るところだ」

「はっはっはっ、クビになったのかよ。まっ、誰にでもできる底辺の仕事だからな。代わりがくればそうなるだろうな」

「…………」


 俺だってまじめに働いてるのにな。底辺とか誰にでもできるとか、軽々しく言わないでほしい。

 俺レベルのクオリティを維持するのは大変なんだぞ?


 こいつと話していても不快になるだけだ。さっさと立ち去るのがベストだろう。

 俺は会釈をしてすぐにこの場から立ち去ろうとしたが、ガレインが腕をつかんで引き止めてきた。


「知ってるかトイレ、最近この辺りにドラゴンが出現していてな」

「ドラゴン?」

「俺は討伐に駆り出されたんだが、うまく見つけられなかった。報告のあった地域は、この先の立て札に記してある。殺されたくなければ、絶対にそっちには行くな。お前みたいな無能でも、死んだら目覚めが悪いからな」

「はあ、ありがとうございます」


 驚いた。

 このガレインという男は、いつも俺のことを見下し馬鹿にする発言をしていた男だ。正直なところ、『お前なんてドラゴンに食い殺されてしまえ』なんて言われてもおかしくないと思えるほどに。


 ガレインが俺の手を離したので、兵士たちを置いて前に進む。

 騎士団の背後はすぐに分かれ道になっていた。 正面から向かって左と右、二方向に分離している。


「えっと、左がドラゴンの生息域だから……俺は右を進めばいいってことだよな」


 こうして、俺は右の道へと進むことになった。


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